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第一章 ウィルとアルと図書館の守人
王都ディレクトレイ王国
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「……んっ……?」
眩しい光に意識が浮上する。
ここは、どこだろう。
滝のようなものが流れる音が耳に聞えて、僕が目を開けたとき、地面に仰向けになって倒れていることがわかった。
扉から飛び出したときに着地に失敗したのかもしれない。
少し身体が痛い。
痛む箇所を手で解しながら起き上がり辺りを見渡す。
まだ頭が完全に起きていないせいもあってぼぅーとする。
だけど此処は見たことのない場所なのはたしかだ。
こんな美しい光景は記憶にはないはず。
滝のような音は本当に滝そのものの音だった。
そこまで大きくはないが、水量が多い。
頭上から勢いよく流れ落ちる大量の水。
水しぶきが顔や身体に当たって凄く冷たいけど、心地良い。
透き通るような川の水を眺めて再び辺りを見渡す。
僕が倒れていた付近には色とりどりの花々が咲き乱れていた。
見たことのない花だ。
なんという種類の花だろう。
一見、ユリのようにも思えたけど違うようだ。
風に吹かれてゆらゆらと気持ち良さそうに揺れている。
とても甘い香りが鼻を掠めていく。
とても美しい世界。
地球上にまだこんな場所があったなんて。
いや、此処はもしかしたら地球じゃないかもしれない。
なんとなくそう思った。
「さて、僕は一体どうすれば……そうだ!」
ふっと記憶が遡る、僕をこの世界に導いた張本人。
人じゃないけど。
アルマジロの、
「アル、アル! どこにいるんだ?」
「ここだよ、ウィル!」
ガサっと僕の直ぐ横の腰ぐらいある雑草の中からアルが飛び出すように顔を出した。
アルは人を驚かすことが好きなのか。
あと、どうしてそんなにビショビショに濡れているんだろう。
水浴びでもしてたのかな。
「アル、何処かへ行ってしまったかと思ったよ」
「君を置いて行くわけないさ。僕はね頼まれたんだ。君の事を」
その言葉を聞いてすぐにピンときた。
「僕の本当の両親に?」
アルは、はっきりと頷いた。
僕は手を握り締める。
「……本当の両親は、どうして僕を捨てたの?」
「違うよ、ウィル。君の両親、マックスとリリアは君を捨てたんじゃない」
マックスとリリア。
それが僕の本当の両親の名前、おそらく略称名だろう。
「それは略称名だよね。フルネームを教えてよ」
「父親の名は【マクスウェル・ジキュリディア】。母親の名は【リーリンリティア・ディアボセス】だよ」
「ははっ、凄い名前。どっかの貴族みたいな名前だなぁ」
「……そう、だね」
あれ?
貴族なんて、冗談で言ってみたんだけど……。
まだ僕の知らないことをアル、君は知っているのか?
「――さっきの続き、捨てたんじゃないなら、どうして僕を一人置いていってしまったの?」
「……君を、守るためだ」
「え?」
「君を守るために、リリアはゲートを開いて安全で平和な異世界へ飛ばしたんだ」
「守る? げえと? いせかい? ここは地球じゃないということ?」
何をいっているのだろう、このアルマジロは。
心臓がドキドキと煩いぐらい鳴り響く。
これは警告? 好奇心? 歓喜? 安心感? 不安?
すべてかもしれない。
「……種族の、考えの行き違いで、ね。自らの命をかけて、君の両親はあの世界、地球へ」
「死んだ? ……父さんも、母さんも?」
アルは苦しそうな表情を滲ませて俯く。
そしてグッ、と何かを堪えるように顔を上げ僕の目を見て言った。
「殺されてしまった……だからウィル。どうか彼らを、……恨まないでやってほしい」
必死で堪えていても、アルの瞳が涙で濡れていることをすぐにわかってしまったけど、僕は何も言わずに頷いた。
ホッと安堵したのか、アルは頬を緩ませながら口を開いた。
とても穏やかな表情で。
「それに君は、……瞳はリリアに、……お母さんにそっくりだ。髪の色はマックスに似たんだね」
このとき僕は母親似なんだということを知った。
僕と顔も知らない両親との繋がりを今から少しずつ確かめていく。
「アルは僕の両親を知っているんだね」
「……ああ。よく、知っているよ。かけがえない私の大切な、親友だ」
親友。
それはきっと今もそうだと言っているんだろう。
だって、彼は【だった】とは言ってない。
今でも僕の両親が亡くなったことを悔やんでいるのか、認めていないのだろうか。
さっきの涙も。
でも、明らかに人間じゃないアルと親友同士なんて、なんか、色々な意味で凄いなぁ。
「さぁ、ここにいても仕方ない。街へ行こう! 一先ずは私の家へ!」
「街? 異世界にも街があるのかい?」
「もちろん! 此処からだと少し歩くが景色を見ながら行けばあっという間に着いてしまうよ」
アルの表情にもう悲しみはなかった。
僕は少し安堵した。
ずっとあのままっていうのはこっちだって困るし。
「ただ、ウィル。最初に街に入るとき、君はさぞかし驚くだろうけどね」
「へ? それどういう……」
「さあ、行こう! 街に向けてしゅっぱーつ!」
うまく話をかわされた感は否めないけど、でも、僕の本当の両親が生きていた世界。
興味が湧かないわけがない。
それに、なぜ両親は殺されなくてはならなかったのか。
種族の考えの行き違いって?
謎は深まるばかりだ。
そもそも、異世界ということ自体が心揺さぶられる単語そのものだ。
一体どんな世界なのか、どんな奇妙な生物が暮らしているのか。
その生物はアルと同じように二足歩行で歩いて、僕のような人間と同じように言葉を話すのだろうか。
わくわくする。
それと同時に自分自身のことも知りたいという気持ちがさらに強くなった。
幼い頃は親に捨てられた幸薄い子供だと思っていた。
でも成長してようやく気付いた。
実際は幸薄いどころか、毎日が幸福に満ち溢れている。
どっかの誰かさんはそんな僕を不幸な子供だと言い、からかってはくるものの。
僕は今の生活、人生にとても満足している。
でも心のどこかで、本当の両親に会いたいとも思っていた。これも僕の正直な気持ち。
アルの言葉から僕の実の両親は、既にこの世にはいないとわかってしまったけれど……。
わかっただけでも、よかった。今度はその生きた形跡を辿って行きたい。
そう、心から思ったんだ。
道中、アルと僕は歩きながら今向かっている街、城下町だというディレクトレイ王国について話を聞いた。
異世界だというからある程度は覚悟していたけど……もうすでに容量オーバーになっている。
「アルは王様と知り合いなんだ。人、じゃないけど見かけによらないなぁ」
「まあ、昔、ちょっとね。君にも会ってみたいと言っていたから明日、城に向かおう。今日は色々と在り過ぎて疲れただろ?」
確かにその通りだと、僕は口には出さなかったものの、苦笑だけ零しておいた。
今日一日で、僕の世界はガラリと変わった。
アルという喋るアルマジロに出会っただけでなく、ずっと会いたいと思っていた今は亡き、両親のことも少しだけ知ることができた。
しかも、僕の両親の故郷が地球ではなく、今、僕が立っているここ、【異世界】だなんて。
いっぺんに真実が発覚して嬉しいけど、パンク寸前だ。
今日だけはもうこのままベッドに入りたい気分だ。
目を開けたら全ては夢でした、で終わってしまったらそれは悲しいけど。
でもこれは現実だ。
なんて言ったって僕は何度も自分の頬っぺたを摘んで確認したんだから。
凄く痛かった。
だからこれはすべて現実。
夢じゃない。
「街が見えてきたよ。奥には城も見えるだろ?」
遠くから見るとそれほど規模は大きくないと思って油断していた。
街に近づくにつれ、その巨大さに僕は圧倒された。
「わぁ……、本当に着いちゃったよ……」
開いた口が塞がらないとはよく言うけど。
これはまさにそれがピッタリ当てはまってしまう。
何度も思うけど、これは現実。
夢じゃない。
「ようこそ、ウィル! 我が故郷にして我が誇り、ディレクトレイ王国へ!」
ゲームでいうファンタジー世界に出てくるそのものの世界が目の前に広がっている。
ゲームの世界では人間やエルフ、獣人といった様々な人種のの生き物が共存し、城には王様やお后様、お姫様や王子様が街の平和を祈りつつ幸せに暮らしている。
そういう設定だ。
だけどファンタジー世界には切っては切り離せない悪が存在している。
魔王といった世界を支配、もしくは破滅へと導く存在だ。
この世界にもそんな魔王とかそれを倒す勇者とか存在するのだろうか?
……僕が勇者……なわけがないよね?
それは非常に困るけど。
だって僕は剣も魔法も使えないし。
レベルなんてものが存在するのか? いやいや、そうだとしても絶対、僕には無理だ。
僕は普通の子供で学生で、社会人にすら遠く及ばないヒヨッ子だぞ。
あ、でも勇者ってたしか、僕と同じ年くらいかも。
だいたいが十代だよな。
いやいや、そんなまさか、絶対ありえないって!
「ん? どうしたんだい、ウィル。顔色が悪いけど、まさか、どこか身体の具合でも悪いのかい?」
「え? あ、いや、違うんだ。僕のことはどうか、お構いなく!」
「んー、私は構うけどね。君が平気ならいいんだが。さぁ、私の家はこっちだ。観光は後回しだよ。後で私が案内しよう。ついてきてくれ。離れたら迷子になるよ?」
と、アルは冗談みたく笑いながら僕を手招きした。
いや、冗談ではなく、この広さは本気で迷子コースまっしぐら間違いなしだ。
「絶対に、離れないから!」
言いながら僕は地面を引き摺っているアルの長い服の袖をギュッと掴んだ。
アルは一瞬だけ驚いた表情を見せたがすぐに微笑を浮かべた。
「こっちだ、ついて来て」
辺りを見物して行きたい僕に合わせてくれているんだろう。
ゆっくりとした足取りで街の大通りを歩き出した。
本当に人間じゃない生き物がたくさん生きて動いてる。
「すごい人だなぁ(人じゃないけど)」
そういえば、逆に人間らしき人は見当たらないかも。
「もうすぐ神魔祭だからね。各国からの観光客も集まってきているみたいだよ」
「しんま祭……お祭りがあるの?」
「あぁ。王国も総出で大掛かりな祭りだよ。催し物や屋台がたっくさんあるから、きっと飽きないよ。その、実はね、過去の過ちを忘れないために街の住人たちが自ら主催をして開いている祭りなんだよ。神族と魔族の戦争、神魔大戦で亡くなった人々の魂を鎮める祭りでもあるんだ」
アルの表情が曇った。
何かを思い出したのだろうか。
「しんぞくって、神、神族と魔族。やっぱりこの異世界には存在しているんだ。神様も、魔王も」
でも、あれ? 今は両者共に争っていない、ということなのかな?
「アル、今はニ種族とも争っていないのかい? 平和そのものなんだ」
「ん~、そうじゃないけど、まあいずれわかるさ」
また、はぐらかされた?
う~ん、また謎が増えてしまった。
祭りを通じて少しでも何か判ればいいけど。
ディレクトレイ王国の城下町は地球でいう所の洋式風の建造物が多いようだ。
それに加え、この国の独自の文化だろうか、一見、遺跡のようにも見える。
建造物を見てるだけも毎日飽きないだろう。
その遺跡のような建物ではカフェのように飲食を提供している店や、アクセサリーといった小物や雑貨、僕が一番驚いたのが、武器と防具を普通に売っている店があることだ。
やっぱりそういう世界なんだなぁと改めて思ってしまう。
街を行き交う人々は街の住人の他にも完全武装した者や商人、そして明らかに人間じゃない人種まで普通に歩いている。
どう見ても、犬にしか見えない、けど……二足歩行で服を着て、武器まで腰に下げてる。
戦士ってやつ?
きょ、巨人までいるぞ!
喰われ、ないか
凄い、の一言。他に言葉が出てこない。
それぐらいこのディレクトレイ王国もとい城下街は様々な人種が行き交う、この城下町は行商人たちや旅人たちの交流の中心地となっているようだ。
父さんや母さんもこの街で暮らしていたのかな。
僕は先を行くアルを見失わないように足を速めた。
「この路地を抜けたところに私の家がある」
「うぅ、迷路みたいだ。もうどうやってここまで来たかわからなくなったよ」
「ははっ、慣れれば大した道筋でもないさ。ゆっくりしていけばいい」
ハッとして僕は声を上げた。
それに驚いて前を行くアルが「どうしたんだい?」と聞いてきた。
うっかりしていた。
肝心な事を聞くのを言い忘れていた。
「あまりゆっくりはしていられないんだ。向こうの世界、地球で家族が心配するから。血は繋がっていないけど、僕にとって彼らも大切な家族なんだ」
ふむ。それなら心配いらない、とアルが言った。
「向こうに戻るときにはゲートを使って此処へ来た時間まで遡ればいい。だから実質上、特に時間差はないんだ。すまない、肝心なことを言い忘れていた」
驚きから、笑顔になる。
自分でも驚くほど単純だと思う。
「つまり、こっちで数日過ごしたとしても地球では特に変わらないってこと?」
「そういうこと。安心したかい?」
「あぁ、もちろん! よかったぁ。それじゃあ、思う存分、異世界を堪能しなくちゃだね。祭りもあるし。あぁ、楽しみだなぁ~!」
「ははっ、ウィルを見ているとこっちまで楽しくなるから不思議だ。さっ、私の家はすぐそこだ」
「うん!」
アルの家は街の奥まった場所に存在した。
街の喧騒が嘘のような静けさにある住宅街。
しかも辺りを見回して見ると、塀の高く、立派な門が家と歩道を区切り、奥に見える家は明らかに屋敷という名の立派な家々ばかりで。
もしかしたらアルはお金持ちの貴族かもしれない。
アルマジロだけど。
この街に種族は関係ないということは歩いてよく理解したつもりだけど。
そうだとすればこの国の王様と知り合いという話も頷ける。
アルって何者なんだろう。
「着いたよ。此処が私の家だ」
白い大きな屋敷、広くて丁寧に管理された庭園。
噴水まであるんですけど。
「ウィル? どうしたんだい?」
「え? いやぁ、イメージしていた家と違ってびっくりして。アルってお金持ちなんだなぁって、一体何者?」
あぁ、と僕が云わんとしている事が伝わったようだ。
「私はこれでも元宮廷魔術師だったんだよ。これはそのとき世話になった礼といって国王陛下から頂いた屋敷と庭なんだ。私自身は極普通の平民の出だよ」
宮廷、魔術師……!
ということはアルって。
「アル、君は魔法が使えるのかい?!」
僕が勢いよく前に出たからアルは驚きの表情で身体を後ろへ逸らす。
「も、もちろん。じゃなかったら、どうやってゲートを開いて君のいた地球に行けたんだい?」
「あっ、そうか」
クスクスとアルが微笑した。
僕はうっかりしていてテレ隠してで頭に後ろを掻いた。
でもいつかゲームの世界で定番の攻撃系魔法というものを見てみたい。
「さぁ、上がって。もう君の部屋も用意してあるんだ。気に入ってくれればいいんだが」
「部屋を?」
「しばらくいるなら当然だろ? 私の家を拠点にディレクトレイの街を堪能するといい。私も時々なら案内できるし。それと、さっき言っていた君のご両親に合わせるという約束もあるしね」
思い出した。
初めてアルと会ったときに僕の両親に合わせてくれるって。
でも僕の両親は。
「つまりそれは」
「うん。お墓があるんだ。ちょっと複雑な事情があって、彼らが眠るその場所は私とこの国の国王陛下以外知らないんだけど。理由はいづれわかるよ。明日、国王陛下との謁見の時に話そう。君には真実を知ってもらいたんだ。そのために君を連れてきた。今の状況を打破するために。お墓の場所だけど、此処からだと少し距離があるんだ。だから街の探索と神魔祭が終わった後にゆっくり出かけよう。きっと……きっと、マックスもリリアも君に会いたがっているはずだからね」
少し引っかかった。
この世界、というよりこのディレクトレイ王国は平和そのものに見える。
少なくとも僕の目にはそう見える。
打破しなきゃならない緊迫した状況にあるなんて微塵も感じられない。
気にはなったけどそれ以上は聞かないことにした。
明日この国の国王様とやらに逢った時に話してくれるはずだ。
それに今はそういう雰囲気ではない。
気を取り直して、中庭に目を向けた。
とめどなく噴出す噴水を囲うように小さな花々が咲き乱れ、蝶がひらひらと美味しい蜜を吸いに遊びにきている。
暖かな庭だと感じた。
誘われるまま屋敷の中へ入った。
屋敷の中は以外にもシンプルで落ち着いた内装だった。
こうまで広い屋敷だと派手なイメージがあったけど、屋敷主であるアルの性格と好みによって違うようだ。
ちょっとホッ、とした。
入って正面は二階へと続く階段が左右に分かれていて、一階中央の奥と左右にも扉がある。
案内されたのは階段を上がった二階だった。
中央にはステンドグラスに女神だか天使高の絵が施されていて日の光を外から受けて色取り取りの硝子が反射して神秘的な雰囲気を醸し出していた。
通路は左右に分かれていて次に向かったのは上がって右の通路だった。
少し長い廊下が続き、突き当りの角部屋まで案内された。
どうやらここが僕の部屋のようだ。
「さあ、どうぞ。ここが君に部屋だ。気に入るかな」
「……わぁ」
入って最初の感想は広い、だった。
ワンルームになっていて、天蓋付きのベッドに椅子にテーブル。
書棚には見たことのない文字列の本が並んでいた。
右奥にはシャワールームとお手洗いだ。
大きな硝子扉を開ければ外に出るテラスになっていてディレクトレイの街を一望できた。
僕は大きく息を吸い込んだ。
「気に入ってくれたかい、ウィル」
「うん! 凄く気に入った!」
「それは良かった」
安堵したように肩を撫で下ろしアルは笑顔を見せた。
「夕食の準備に取り掛かるからウィルはその間、自由に寛いでいてくれ。誰かと食事をするのは久しぶりだから腕がなるよ」
驚いた。
こんな大きなお屋敷に住んでいるのに、いつも一人で食事をしているのか。
「使用人とかいないの?」
苦笑しながらアルは首を横に振った。
「いないよ。この屋敷には私一人だ。さあ、今日は腕に選りを掛けて作らなければ」
よほど嬉しいのか、気合いが入っている。
でもこんな小さな身体で本当に料理ができるのか。
まあ、普段一人で食事してるならできるのだろうけど、なぜか気になる。
「僕も何か手伝おうか?」
こう見えても炊事洗濯は孤児院では当たり前にこなしているから得意といえば得意なんだ。
料理するのもどちらかと言えば好きな方だし。
「駄目駄目! ウィルは大切なお客様なんだから。気持ちだけ受け取っておくよ。食事の準備が整うまでゆっくりしていてくれ。屋敷の中と庭に出るのは自由にしていてかまわないから。あ、でも外には出ないでくれ。迷子になるからね」
「はーい。それじゃあ、お言葉に甘えて」
たしかに異世界に来て早々に迷子はご勘弁。
元にいる時間は浅いがアルは頑固な一面を持っている可能性がある。
だからここはこれ以上は押さず、大人しく引き下がった。
どうやって食事の支度をするのか興味はあったけど、共にいればいずれわかることだろう。
機嫌よく台所へ向かうアルの後ろ姿を見送ってから、僕はこの待ち時間をどう過ごすかを考えた。
屋敷の中と外の庭園までなら自由に歩き回って言いといっていた。
僕はニッと歯を見せて笑った。
「しばらく此処で過ごすことになるし、屋敷の中を探索してみますか! まず手始めにあっちの扉からだ」
僕はウキウキした気分で手始めに、左の扉から探索を開始した。
眩しい光に意識が浮上する。
ここは、どこだろう。
滝のようなものが流れる音が耳に聞えて、僕が目を開けたとき、地面に仰向けになって倒れていることがわかった。
扉から飛び出したときに着地に失敗したのかもしれない。
少し身体が痛い。
痛む箇所を手で解しながら起き上がり辺りを見渡す。
まだ頭が完全に起きていないせいもあってぼぅーとする。
だけど此処は見たことのない場所なのはたしかだ。
こんな美しい光景は記憶にはないはず。
滝のような音は本当に滝そのものの音だった。
そこまで大きくはないが、水量が多い。
頭上から勢いよく流れ落ちる大量の水。
水しぶきが顔や身体に当たって凄く冷たいけど、心地良い。
透き通るような川の水を眺めて再び辺りを見渡す。
僕が倒れていた付近には色とりどりの花々が咲き乱れていた。
見たことのない花だ。
なんという種類の花だろう。
一見、ユリのようにも思えたけど違うようだ。
風に吹かれてゆらゆらと気持ち良さそうに揺れている。
とても甘い香りが鼻を掠めていく。
とても美しい世界。
地球上にまだこんな場所があったなんて。
いや、此処はもしかしたら地球じゃないかもしれない。
なんとなくそう思った。
「さて、僕は一体どうすれば……そうだ!」
ふっと記憶が遡る、僕をこの世界に導いた張本人。
人じゃないけど。
アルマジロの、
「アル、アル! どこにいるんだ?」
「ここだよ、ウィル!」
ガサっと僕の直ぐ横の腰ぐらいある雑草の中からアルが飛び出すように顔を出した。
アルは人を驚かすことが好きなのか。
あと、どうしてそんなにビショビショに濡れているんだろう。
水浴びでもしてたのかな。
「アル、何処かへ行ってしまったかと思ったよ」
「君を置いて行くわけないさ。僕はね頼まれたんだ。君の事を」
その言葉を聞いてすぐにピンときた。
「僕の本当の両親に?」
アルは、はっきりと頷いた。
僕は手を握り締める。
「……本当の両親は、どうして僕を捨てたの?」
「違うよ、ウィル。君の両親、マックスとリリアは君を捨てたんじゃない」
マックスとリリア。
それが僕の本当の両親の名前、おそらく略称名だろう。
「それは略称名だよね。フルネームを教えてよ」
「父親の名は【マクスウェル・ジキュリディア】。母親の名は【リーリンリティア・ディアボセス】だよ」
「ははっ、凄い名前。どっかの貴族みたいな名前だなぁ」
「……そう、だね」
あれ?
貴族なんて、冗談で言ってみたんだけど……。
まだ僕の知らないことをアル、君は知っているのか?
「――さっきの続き、捨てたんじゃないなら、どうして僕を一人置いていってしまったの?」
「……君を、守るためだ」
「え?」
「君を守るために、リリアはゲートを開いて安全で平和な異世界へ飛ばしたんだ」
「守る? げえと? いせかい? ここは地球じゃないということ?」
何をいっているのだろう、このアルマジロは。
心臓がドキドキと煩いぐらい鳴り響く。
これは警告? 好奇心? 歓喜? 安心感? 不安?
すべてかもしれない。
「……種族の、考えの行き違いで、ね。自らの命をかけて、君の両親はあの世界、地球へ」
「死んだ? ……父さんも、母さんも?」
アルは苦しそうな表情を滲ませて俯く。
そしてグッ、と何かを堪えるように顔を上げ僕の目を見て言った。
「殺されてしまった……だからウィル。どうか彼らを、……恨まないでやってほしい」
必死で堪えていても、アルの瞳が涙で濡れていることをすぐにわかってしまったけど、僕は何も言わずに頷いた。
ホッと安堵したのか、アルは頬を緩ませながら口を開いた。
とても穏やかな表情で。
「それに君は、……瞳はリリアに、……お母さんにそっくりだ。髪の色はマックスに似たんだね」
このとき僕は母親似なんだということを知った。
僕と顔も知らない両親との繋がりを今から少しずつ確かめていく。
「アルは僕の両親を知っているんだね」
「……ああ。よく、知っているよ。かけがえない私の大切な、親友だ」
親友。
それはきっと今もそうだと言っているんだろう。
だって、彼は【だった】とは言ってない。
今でも僕の両親が亡くなったことを悔やんでいるのか、認めていないのだろうか。
さっきの涙も。
でも、明らかに人間じゃないアルと親友同士なんて、なんか、色々な意味で凄いなぁ。
「さぁ、ここにいても仕方ない。街へ行こう! 一先ずは私の家へ!」
「街? 異世界にも街があるのかい?」
「もちろん! 此処からだと少し歩くが景色を見ながら行けばあっという間に着いてしまうよ」
アルの表情にもう悲しみはなかった。
僕は少し安堵した。
ずっとあのままっていうのはこっちだって困るし。
「ただ、ウィル。最初に街に入るとき、君はさぞかし驚くだろうけどね」
「へ? それどういう……」
「さあ、行こう! 街に向けてしゅっぱーつ!」
うまく話をかわされた感は否めないけど、でも、僕の本当の両親が生きていた世界。
興味が湧かないわけがない。
それに、なぜ両親は殺されなくてはならなかったのか。
種族の考えの行き違いって?
謎は深まるばかりだ。
そもそも、異世界ということ自体が心揺さぶられる単語そのものだ。
一体どんな世界なのか、どんな奇妙な生物が暮らしているのか。
その生物はアルと同じように二足歩行で歩いて、僕のような人間と同じように言葉を話すのだろうか。
わくわくする。
それと同時に自分自身のことも知りたいという気持ちがさらに強くなった。
幼い頃は親に捨てられた幸薄い子供だと思っていた。
でも成長してようやく気付いた。
実際は幸薄いどころか、毎日が幸福に満ち溢れている。
どっかの誰かさんはそんな僕を不幸な子供だと言い、からかってはくるものの。
僕は今の生活、人生にとても満足している。
でも心のどこかで、本当の両親に会いたいとも思っていた。これも僕の正直な気持ち。
アルの言葉から僕の実の両親は、既にこの世にはいないとわかってしまったけれど……。
わかっただけでも、よかった。今度はその生きた形跡を辿って行きたい。
そう、心から思ったんだ。
道中、アルと僕は歩きながら今向かっている街、城下町だというディレクトレイ王国について話を聞いた。
異世界だというからある程度は覚悟していたけど……もうすでに容量オーバーになっている。
「アルは王様と知り合いなんだ。人、じゃないけど見かけによらないなぁ」
「まあ、昔、ちょっとね。君にも会ってみたいと言っていたから明日、城に向かおう。今日は色々と在り過ぎて疲れただろ?」
確かにその通りだと、僕は口には出さなかったものの、苦笑だけ零しておいた。
今日一日で、僕の世界はガラリと変わった。
アルという喋るアルマジロに出会っただけでなく、ずっと会いたいと思っていた今は亡き、両親のことも少しだけ知ることができた。
しかも、僕の両親の故郷が地球ではなく、今、僕が立っているここ、【異世界】だなんて。
いっぺんに真実が発覚して嬉しいけど、パンク寸前だ。
今日だけはもうこのままベッドに入りたい気分だ。
目を開けたら全ては夢でした、で終わってしまったらそれは悲しいけど。
でもこれは現実だ。
なんて言ったって僕は何度も自分の頬っぺたを摘んで確認したんだから。
凄く痛かった。
だからこれはすべて現実。
夢じゃない。
「街が見えてきたよ。奥には城も見えるだろ?」
遠くから見るとそれほど規模は大きくないと思って油断していた。
街に近づくにつれ、その巨大さに僕は圧倒された。
「わぁ……、本当に着いちゃったよ……」
開いた口が塞がらないとはよく言うけど。
これはまさにそれがピッタリ当てはまってしまう。
何度も思うけど、これは現実。
夢じゃない。
「ようこそ、ウィル! 我が故郷にして我が誇り、ディレクトレイ王国へ!」
ゲームでいうファンタジー世界に出てくるそのものの世界が目の前に広がっている。
ゲームの世界では人間やエルフ、獣人といった様々な人種のの生き物が共存し、城には王様やお后様、お姫様や王子様が街の平和を祈りつつ幸せに暮らしている。
そういう設定だ。
だけどファンタジー世界には切っては切り離せない悪が存在している。
魔王といった世界を支配、もしくは破滅へと導く存在だ。
この世界にもそんな魔王とかそれを倒す勇者とか存在するのだろうか?
……僕が勇者……なわけがないよね?
それは非常に困るけど。
だって僕は剣も魔法も使えないし。
レベルなんてものが存在するのか? いやいや、そうだとしても絶対、僕には無理だ。
僕は普通の子供で学生で、社会人にすら遠く及ばないヒヨッ子だぞ。
あ、でも勇者ってたしか、僕と同じ年くらいかも。
だいたいが十代だよな。
いやいや、そんなまさか、絶対ありえないって!
「ん? どうしたんだい、ウィル。顔色が悪いけど、まさか、どこか身体の具合でも悪いのかい?」
「え? あ、いや、違うんだ。僕のことはどうか、お構いなく!」
「んー、私は構うけどね。君が平気ならいいんだが。さぁ、私の家はこっちだ。観光は後回しだよ。後で私が案内しよう。ついてきてくれ。離れたら迷子になるよ?」
と、アルは冗談みたく笑いながら僕を手招きした。
いや、冗談ではなく、この広さは本気で迷子コースまっしぐら間違いなしだ。
「絶対に、離れないから!」
言いながら僕は地面を引き摺っているアルの長い服の袖をギュッと掴んだ。
アルは一瞬だけ驚いた表情を見せたがすぐに微笑を浮かべた。
「こっちだ、ついて来て」
辺りを見物して行きたい僕に合わせてくれているんだろう。
ゆっくりとした足取りで街の大通りを歩き出した。
本当に人間じゃない生き物がたくさん生きて動いてる。
「すごい人だなぁ(人じゃないけど)」
そういえば、逆に人間らしき人は見当たらないかも。
「もうすぐ神魔祭だからね。各国からの観光客も集まってきているみたいだよ」
「しんま祭……お祭りがあるの?」
「あぁ。王国も総出で大掛かりな祭りだよ。催し物や屋台がたっくさんあるから、きっと飽きないよ。その、実はね、過去の過ちを忘れないために街の住人たちが自ら主催をして開いている祭りなんだよ。神族と魔族の戦争、神魔大戦で亡くなった人々の魂を鎮める祭りでもあるんだ」
アルの表情が曇った。
何かを思い出したのだろうか。
「しんぞくって、神、神族と魔族。やっぱりこの異世界には存在しているんだ。神様も、魔王も」
でも、あれ? 今は両者共に争っていない、ということなのかな?
「アル、今はニ種族とも争っていないのかい? 平和そのものなんだ」
「ん~、そうじゃないけど、まあいずれわかるさ」
また、はぐらかされた?
う~ん、また謎が増えてしまった。
祭りを通じて少しでも何か判ればいいけど。
ディレクトレイ王国の城下町は地球でいう所の洋式風の建造物が多いようだ。
それに加え、この国の独自の文化だろうか、一見、遺跡のようにも見える。
建造物を見てるだけも毎日飽きないだろう。
その遺跡のような建物ではカフェのように飲食を提供している店や、アクセサリーといった小物や雑貨、僕が一番驚いたのが、武器と防具を普通に売っている店があることだ。
やっぱりそういう世界なんだなぁと改めて思ってしまう。
街を行き交う人々は街の住人の他にも完全武装した者や商人、そして明らかに人間じゃない人種まで普通に歩いている。
どう見ても、犬にしか見えない、けど……二足歩行で服を着て、武器まで腰に下げてる。
戦士ってやつ?
きょ、巨人までいるぞ!
喰われ、ないか
凄い、の一言。他に言葉が出てこない。
それぐらいこのディレクトレイ王国もとい城下街は様々な人種が行き交う、この城下町は行商人たちや旅人たちの交流の中心地となっているようだ。
父さんや母さんもこの街で暮らしていたのかな。
僕は先を行くアルを見失わないように足を速めた。
「この路地を抜けたところに私の家がある」
「うぅ、迷路みたいだ。もうどうやってここまで来たかわからなくなったよ」
「ははっ、慣れれば大した道筋でもないさ。ゆっくりしていけばいい」
ハッとして僕は声を上げた。
それに驚いて前を行くアルが「どうしたんだい?」と聞いてきた。
うっかりしていた。
肝心な事を聞くのを言い忘れていた。
「あまりゆっくりはしていられないんだ。向こうの世界、地球で家族が心配するから。血は繋がっていないけど、僕にとって彼らも大切な家族なんだ」
ふむ。それなら心配いらない、とアルが言った。
「向こうに戻るときにはゲートを使って此処へ来た時間まで遡ればいい。だから実質上、特に時間差はないんだ。すまない、肝心なことを言い忘れていた」
驚きから、笑顔になる。
自分でも驚くほど単純だと思う。
「つまり、こっちで数日過ごしたとしても地球では特に変わらないってこと?」
「そういうこと。安心したかい?」
「あぁ、もちろん! よかったぁ。それじゃあ、思う存分、異世界を堪能しなくちゃだね。祭りもあるし。あぁ、楽しみだなぁ~!」
「ははっ、ウィルを見ているとこっちまで楽しくなるから不思議だ。さっ、私の家はすぐそこだ」
「うん!」
アルの家は街の奥まった場所に存在した。
街の喧騒が嘘のような静けさにある住宅街。
しかも辺りを見回して見ると、塀の高く、立派な門が家と歩道を区切り、奥に見える家は明らかに屋敷という名の立派な家々ばかりで。
もしかしたらアルはお金持ちの貴族かもしれない。
アルマジロだけど。
この街に種族は関係ないということは歩いてよく理解したつもりだけど。
そうだとすればこの国の王様と知り合いという話も頷ける。
アルって何者なんだろう。
「着いたよ。此処が私の家だ」
白い大きな屋敷、広くて丁寧に管理された庭園。
噴水まであるんですけど。
「ウィル? どうしたんだい?」
「え? いやぁ、イメージしていた家と違ってびっくりして。アルってお金持ちなんだなぁって、一体何者?」
あぁ、と僕が云わんとしている事が伝わったようだ。
「私はこれでも元宮廷魔術師だったんだよ。これはそのとき世話になった礼といって国王陛下から頂いた屋敷と庭なんだ。私自身は極普通の平民の出だよ」
宮廷、魔術師……!
ということはアルって。
「アル、君は魔法が使えるのかい?!」
僕が勢いよく前に出たからアルは驚きの表情で身体を後ろへ逸らす。
「も、もちろん。じゃなかったら、どうやってゲートを開いて君のいた地球に行けたんだい?」
「あっ、そうか」
クスクスとアルが微笑した。
僕はうっかりしていてテレ隠してで頭に後ろを掻いた。
でもいつかゲームの世界で定番の攻撃系魔法というものを見てみたい。
「さぁ、上がって。もう君の部屋も用意してあるんだ。気に入ってくれればいいんだが」
「部屋を?」
「しばらくいるなら当然だろ? 私の家を拠点にディレクトレイの街を堪能するといい。私も時々なら案内できるし。それと、さっき言っていた君のご両親に合わせるという約束もあるしね」
思い出した。
初めてアルと会ったときに僕の両親に合わせてくれるって。
でも僕の両親は。
「つまりそれは」
「うん。お墓があるんだ。ちょっと複雑な事情があって、彼らが眠るその場所は私とこの国の国王陛下以外知らないんだけど。理由はいづれわかるよ。明日、国王陛下との謁見の時に話そう。君には真実を知ってもらいたんだ。そのために君を連れてきた。今の状況を打破するために。お墓の場所だけど、此処からだと少し距離があるんだ。だから街の探索と神魔祭が終わった後にゆっくり出かけよう。きっと……きっと、マックスもリリアも君に会いたがっているはずだからね」
少し引っかかった。
この世界、というよりこのディレクトレイ王国は平和そのものに見える。
少なくとも僕の目にはそう見える。
打破しなきゃならない緊迫した状況にあるなんて微塵も感じられない。
気にはなったけどそれ以上は聞かないことにした。
明日この国の国王様とやらに逢った時に話してくれるはずだ。
それに今はそういう雰囲気ではない。
気を取り直して、中庭に目を向けた。
とめどなく噴出す噴水を囲うように小さな花々が咲き乱れ、蝶がひらひらと美味しい蜜を吸いに遊びにきている。
暖かな庭だと感じた。
誘われるまま屋敷の中へ入った。
屋敷の中は以外にもシンプルで落ち着いた内装だった。
こうまで広い屋敷だと派手なイメージがあったけど、屋敷主であるアルの性格と好みによって違うようだ。
ちょっとホッ、とした。
入って正面は二階へと続く階段が左右に分かれていて、一階中央の奥と左右にも扉がある。
案内されたのは階段を上がった二階だった。
中央にはステンドグラスに女神だか天使高の絵が施されていて日の光を外から受けて色取り取りの硝子が反射して神秘的な雰囲気を醸し出していた。
通路は左右に分かれていて次に向かったのは上がって右の通路だった。
少し長い廊下が続き、突き当りの角部屋まで案内された。
どうやらここが僕の部屋のようだ。
「さあ、どうぞ。ここが君に部屋だ。気に入るかな」
「……わぁ」
入って最初の感想は広い、だった。
ワンルームになっていて、天蓋付きのベッドに椅子にテーブル。
書棚には見たことのない文字列の本が並んでいた。
右奥にはシャワールームとお手洗いだ。
大きな硝子扉を開ければ外に出るテラスになっていてディレクトレイの街を一望できた。
僕は大きく息を吸い込んだ。
「気に入ってくれたかい、ウィル」
「うん! 凄く気に入った!」
「それは良かった」
安堵したように肩を撫で下ろしアルは笑顔を見せた。
「夕食の準備に取り掛かるからウィルはその間、自由に寛いでいてくれ。誰かと食事をするのは久しぶりだから腕がなるよ」
驚いた。
こんな大きなお屋敷に住んでいるのに、いつも一人で食事をしているのか。
「使用人とかいないの?」
苦笑しながらアルは首を横に振った。
「いないよ。この屋敷には私一人だ。さあ、今日は腕に選りを掛けて作らなければ」
よほど嬉しいのか、気合いが入っている。
でもこんな小さな身体で本当に料理ができるのか。
まあ、普段一人で食事してるならできるのだろうけど、なぜか気になる。
「僕も何か手伝おうか?」
こう見えても炊事洗濯は孤児院では当たり前にこなしているから得意といえば得意なんだ。
料理するのもどちらかと言えば好きな方だし。
「駄目駄目! ウィルは大切なお客様なんだから。気持ちだけ受け取っておくよ。食事の準備が整うまでゆっくりしていてくれ。屋敷の中と庭に出るのは自由にしていてかまわないから。あ、でも外には出ないでくれ。迷子になるからね」
「はーい。それじゃあ、お言葉に甘えて」
たしかに異世界に来て早々に迷子はご勘弁。
元にいる時間は浅いがアルは頑固な一面を持っている可能性がある。
だからここはこれ以上は押さず、大人しく引き下がった。
どうやって食事の支度をするのか興味はあったけど、共にいればいずれわかることだろう。
機嫌よく台所へ向かうアルの後ろ姿を見送ってから、僕はこの待ち時間をどう過ごすかを考えた。
屋敷の中と外の庭園までなら自由に歩き回って言いといっていた。
僕はニッと歯を見せて笑った。
「しばらく此処で過ごすことになるし、屋敷の中を探索してみますか! まず手始めにあっちの扉からだ」
僕はウキウキした気分で手始めに、左の扉から探索を開始した。
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