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第一章 ウィルとアルと図書館の守人
世界の希望
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改めて目の前にすると、城という壮大さに圧倒されてしまう。
「これからそのジルハルド国王様に会いに行くんだよね、アル」
「ああ、そうだよ」
言われて、僕は自分が身に着けている衣服を四方八方からグルグルと眺めてから言った。
「僕のこの格好、変なところはないかな? こんなファンタジー世界に出てくる服装は初めて着るから」
「良く似合ってるよ、ウィル」
僕は城に向かう前にアルから着替えるように渡された衣服に身に着けている。
それからブーツもだ。
黒を基調とした皮とレザー素材で出来ていて、とても頑丈で温かい。
下はレザーパンツで肩の辺りと腰の辺りからヒラヒラした長いリボンのようなものが二本、垂れている。
そこには僕の見たことの無い文字が書かれていて読むことはできなかった。
アルに尋ねてみたら、「そのリボンには私の魔力が込められている。もし万が一、君に危険が及んだ時にはそのリボンが君を守る。まあ、何も起きないことを祈るよ」との話だった。
一体このヒラヒラのリボンがどう僕を守ってくれるのか、見てみたいけど、それはつまり僕に危険が及んだときだ。
そんな目には極力遭いたくないものだけど。
アルは門番兵となにやら話をしている。
門番兵が厳しい視線をこちらに見せて、僕はどうすればいいのか、戸惑った。
目を逸らすわけにもいかず、ピンと背筋を伸ばして見つめ返した。
すると、話が終わったのか、アルが僕を手招きして呼んだ。
僕は慌てて駆け寄り、アルと共に門を潜り抜けた。
うぅ、緊張する。
門から入ってまずはじめに目に飛び込んできたのは、見事な庭園だった。
隅々まで整備が行き届いた庭園はアルの屋敷の庭園を思わせる。
アルの屋敷と庭園は国王陛下より賜ったと聞いていたから、この国の国王陛下は草木が大好きな方なんだろうなと推測できた。
城に至るまでの広い道の両端には色とりどりの花々が咲き誇る花壇があり、見るものを穏やかな気持ちにさせてくれた。
白、黄色といった蝶が花の蜜を目当てにヒラヒラと飛んでいる。
右奥には噴水があり、左の置くには変わった形のモニュメントが設置されていた。
土台は三角形でその上に丸い球体が浮かんでいた。
一体どういう仕組みになっているんだろう。
田舎者らしくキョロキョロと城の庭園を眺めながら歩いていると次の扉の前に辿り着いた。
やはり左右には屈強そうな兵士が立っている。
アルがまた兵士と話しをして、ようやく城の中へ入ることが出来た。
うわぁ、シャンデリア、でっかいなぁ。
天井から吊り下げられた豪華なシャンデリアが目を惹きつけた。
太陽の光に反射してキラキラと輝いている。
城の内装はは白を基調に金銀の細かな細工が施されていて全体が輝いて見えた。
「ウィル、離れないように。こっちだよ」
「う、うん」
小声で促されて僕はアルの後ろをぴったりと離れないように歩いた。
二階へと続く左右オ階段はアルの住む屋敷と変わらないが、細かい細工が施されている。
だから手摺りはあるものの、素手で触れていいものか迷った挙句、結局は触れず、躓かないように慎重に階段を登った。
もうすでに此処までで僕の体力はかなり削られていた。
階段を登りきると中央に上へと続く階段があった。
三階か、四階ぐらいまで続いてそうな長い階段だ。
階段の前にも兵士が左右に立っていてそこを通り抜けてアルを先頭に階段を一歩一歩確実に登っていく。
階段を登りきると、正面にまた扉があった。
すぐ横に立っていた、今までの兵士とは服装の色が違うことから少し位が高い兵士なのだろう、彼はアルと僕を交互に確認すると閉ざされていた扉を開けてくれた。
中から日の光が漏れて、眩しさから直ぐに正面を直視することができなかった。
アルが前に進み中へ入るのはわかると、僕も続いて中へ入った。
後ろの扉が再び閉ざされる。
「お久しぶりです。ジルハルド国王陛下。お元気そうでなにより」
アルが突拍子なく、国王様に話掛けるが、肝心のジルハルド様は何処にもいない。
居るのは可愛らしくマントと服を身に着けたふわふわ毛玉の成猫が一匹いるのみ。
良く見たらこの猫、頭に小さな王冠が乗っている。
「ずっと貴方が会いたがっていた彼らのご子息をお連れしましたよ。これでようやく、この世界の均衡を元に戻すことができるかもしれない」
難しい話をしているようだけど。
僕は訳がわからず、小声でアルに話しかけた。
「アル、王様って何処にいるの?」
「え? 目の前にいるじゃないか、って、まあ、仕方ないか。アレだもんね」
「コレ! ジーク! 国王に向かってアレとはなんじゃ!」
「へ? アレ? え? ま、まさか」
「ワシじゃ、ワシが国王じゃよ」
愛らしいにくきゅうを振り、此処だと主張している。
「え? えぇ~! ね、猫?! じゃないこの御猫様が!」
「……そう、猫だ。我が国の国王、シルハルド様は、猫なんだ」
「なんで?」
「さあ~?」
「さぁ、って……」
僕は改めて御猫様もとい国王陛下ジルハルド様を直視した。
本当に猫が王様んだ。
頭の上に乗っている王冠は、そういう意味だったんだな。
「改めて、ウィリアム、始めましてじゃの。ワシがディレクトレイ国の王ジルハルド・ハールデン・スコル三世じゃ」
「は、はい! はじめまして! ウィリアム・ラージニアと申します! 申し訳ございません! 知らなかったとはいえ、あのような態度を。まさか王様が、猫、だったなんて」
「うむうむ。よいよい。この世界に来てまだ間もないじゃろう。何も知らなくて当然じゃろうて」
猫の王様ジルハルド陛下は豪快に笑った。
良かった。
一時はどうなることかと思ったけど。
でも実際に驚いたことはたしかだ。
そうだよな、アルだってアルマジロなのに喋るし、二足歩行で歩いてるし、しかも見た目からまったく想像つかないけど元宮廷魔術師だって言ってたし、美味しい料理も作れちゃうんだから。
この世界は僕が住んでいる地球とは常識がまったく違うんだ。
以後気をつけよう。
「ふむふむ。よう似ておるのぅ。のぅ、ジークよ」
「えぇ。本当に」
似ているって、両親と?
しかも王様はさっきからアルのことを【ジーク】と呼んでいるけど。
それがアルの本当の名前なのかな。
「あの、」
「ああ、あぁ、すまんかったのぅ、ウィリアム。昔、お主の両親、マックスとリリアはよくこの国に訪れていたんじゃよ。このジーク、今はアルと名乗っているのか。彼に会いにな」
「え? じゃあ、僕の両親はこの国の出身じゃないんですか?」
「おや、ジークよ。どこまで話したのかの?」
「彼らの身分ついてはまだ何も。話す際は、ジルハルド様にも立ち会っていただきたくて。彼らの身分もそうですが、事情が事情ですから」
アルの言葉にジルハルド様は了承したように頷いた。
ジルハルド様が手招きした。
「もう少し近くへ」
「は、はい!」
僕はジルハルド様の前で片膝をついて話を待った。
背丈的にも丁度良い目線の高さになる。
「よいか、ウィリアムよ。よく聞くのじゃ。お主の両親についてじゃ」
僕はしっかりと頷いた。
「この世界は我々のような住人の他に特別な役割を担う種族が存在する。即ち光の者と闇の者じゃ」
「この世界には、神族と魔族が存在する。アルから少しだけ聞きました」
「うむ。彼らは光と闇、表裏一体となってこの世界の均衡を保っているのじゃよ。ワシら生きとし生きるものすべて彼らの存在なくしては生きてはゆけぬのじゃ」
つまり、この世界の神族と魔族は協力し合ってこの世界の均衡を守っている。
ゲームで言うところの魔王は世界を滅ぼす存在ではなく、世界にとって必要な存在だということだ。
不思議な気分だ。
神族と魔族が世界の均衡を保ちながら守っているなんて。
いや、それは偏見かもしれない。
これがきっと理想の形、真の平和というものなのかも知れない。
でも今は違うみたいだ。
神族と魔族に何があったのだろう。
「神族の王と魔族の王にはそれぞれ愛する子供がいた。子供たちの名はマクスウェル・ジキュリディア。そして、リーリンリティア・ディアボセス」
「……え?」
「そうじゃよ、ウィリアム。おぬしの両親は女神と魔王の子。神族の王・女神ラグシィーニア・ジキュリディアの一人息子と魔族の王・魔王ディブロルド・ディアボセスの一人娘じゃ」
世界がグルグルと回る。
驚きを通り越して、僕は開いた口が塞がらない。
息を吸うことも忘れてしまうほどに。
僕の両親が女神と魔王の子供?
それじゃ僕は……。
忘れていた呼吸を再開して血が巡っていくのを感じた。
汗ばんだ手を開いて意味もなく見つめた。
そこに何か答えかヒントが書かれていないか、なんて思いながら。
当然、答えもヒントも書かれているわけがなかった。
僕は少し混乱、動揺しているようだ。
「大丈夫かい? ウィル」
アルに声を掛けられ、手のひらを見ていた視線を上げてアルに焦点を合わせた。
アルは心配そうに僕を見つめている。
「ごめん、大丈夫。ジルハルド様、続けてください」
ジルハルド様は頷き話の続きを始めた。
「おぬしも知っての通り、マックスとリリアはもう既に亡くなっておる。うむ、ちとここからおぬしには酷かも知れんが……良いかのぅ?」
僕はギュッと手を握り締めて、ゆっくりと深呼吸して、はっきりと頷いた。
それを肯定と取ってジルハルド様は再び語り始めた。
「マックスとリリアの両親であるディブロとラグノアはそれぞれ、それはそれは大層娘、息子を可愛がっていた。それまではお互い表裏一体の存在。接触はなかったにせよ、関係は上手くいっておった。即ち世界が平和そのものだったわけじゃよ。じゃがある日を境に世界の均衡は崩れ始めてしもうたんじゃ。それは誰にも想像することのできなかった出来事じゃった。女神の一人息子マックスと魔王の一人娘リリアが、恋に落ちたのじゃ」
それが世界の均衡を崩し、平和な世界じゃなくなった?
「そんなことって……」
「本来、二人は相容れぬ存在じゃった。そのはずなのだがのぅ、おぬしの両親は違っておった。二人は愛し合い、そして、おぬしがこの世に生まれたのじゃ」
「僕は、女神族と魔族の血を受け継いだ子供」
「そうじゃ。じゃが当然、両の親は反対してのぅ、それが発端となり大規模な戦争が勃発したのじゃ」
戦争。
たった二人の出会いが戦争を引き起こしてしまったのか。
その後のことはなんとなく想像がついた。
でも僕は最後まで話が聞きたかった。
今まで沈黙を保ち僕をずっと心配そうに見つめていたアルが前に出て、口を開いた。
「その戦争が【神魔大戦】。今から千年前の出来事だよ」
「千年前? ちょっと待って、おかしいよ。僕はまだ十五歳だよ? 僕が生まれてから千年経っているなんて」
「リリアは召喚術にも長けておった。おそらく、時の女神の力を借りたのじゃろう。その力でゲートを開き、時を超え、君をより安全な世界へと導いたのじゃ」
「それが、地球」
アルとジルハルド様はほぼ同士に頷いた。
「リリアは君を戦争のない平和な世界へと導くよう【時の女神】に頼んだのだろう。その千年という年月はリリアやマックスの君への想いの証だと私は考えている」
戦争、争いのない世界なんて。
「……それで、父さんと母さんはどうなったの? どうやって、死んだの?」
二人は沈黙した、とても辛そうな表情を浮かべている。
それでも僕は知りたかった。
父さんと母さんの最後を。
「実の両親である女神ラグノアと魔王ディブロの手によって殺された」
身体から力が抜ける。
グラグラと頭が揺れて視界がグルグルと回り始めた。
同時に怒りとも取れる感情。
そしてそれを上回る悲しみの感情。
「女神ラグノアが放った光の矢はリリアの身体を貫き、同時に魔王ディブロの放った闇の矢がマックスの身体を貫いた」
僕は目に涙を溜めてアルを見つめた。
視界がぼやけてよく見えない。
「私はその場所に立ち会っていた。どうにかしてジルハルド様と協力してリリアとマックスを守ろうとしたんだ。どうにか光と闇の矢から二人を守ろうと防御結界を張ろうとした。でも何故かあの時、私の魔法は発動しなかった。ジルハルド様率いる【マジックナイト】たちの魔法も発動しなかったんだ」
僕は頭を上げて、アルを見た。
「どういう、こと?」
「この世界の魔法はね、ウィル。あるたった一人の女神によってもたらされているんだ。その女神の力を媒体にして、構築、発動まで至る。女神の名は【マナ・ユグドラシル】。万物を司る彼女は今現在行方不明となっている。しかし、我々は今も変わらず魔法を発動することができる。女神マナは生きていらっしゃる。だが何処に居るのかわからない。あの神魔大戦には何者かの策略的な意図があると私とジルハルド様は考えているんだ。もちろん、君の祖父母に当たる女神ラグノアと魔王ディブロの想いも相まってだろうけどね。二人の死は私にはどうにも負に落ちないんだ」
「それじゃあ、もし、魔法が発動していれば父さんと母さんは……」
それを聞いた僕の脳裏にはある可能性を浮かんでしまう。
もし、あのときアルやマジックナイトたちの魔法が発動してくれたら父さんも母さんも死なずに済んだんじゃないだろうか。
今更だけどそんな可能があったことを知って僕は悔しくなった。
全ての謎を鍵を握りしめているのは女神マナだけ。
彼女を探し出して、直接話を聞くことができたなら、理由がわかるかもしれない。
「どうにかして、女神マナの居所を掴めないの? 魔法で感知するとか」
僕の言葉にアルとジルハルドは顔を見合わせ、再び僕を見て首を横に振った。
「無理だ。女神マナは特殊な存在なために我々の追跡魔法では気配すら探すのは困難だ」
「唯一、可能性があるとすれば、同等の力を所持する者ならば気配を辿ることが出来る矢も知れぬが」
「同等の力……それってつまり、女神ラグノアか、魔王ディブロ」
「そのとおりじゃ」
「それじゃあっ」
「無理だよ。ウィル」
「――どうして!」
怒鳴るようにアルに当たって声が大きくなってしまう。
僕は焦っていた。
焦った所でどうすることができないことはわかっているつもりだった。
だけど、ほんの少しの可能性があるのならそれに縋りたい。
「今の二人の王にその力はない」
「どういうことだよ」
「子供を失った親にしかわからない、悲しみ。絶望。喪失感。今の二人にあるのはそれだけだ」
僕は何も言えなかった。
親を失った気持ちはわかっても、その反対はどうなのだろう。
どうしてこんな悲劇が起きてしまったのか。
種族の違いって、そんなにイケナイことなのか。
じゃあ、僕という存在はどうなんだろう……。
人間じゃない、女神と魔王の血を引いた異端の存在。
「問題はそれだけじゃないんだ。この世界の運命を左右するところまで発展してしまった。このままだと、私たちの世界は滅びの道へ向かってしまう、いやすでに向かっている」
アルの話に驚き、目を見開いた。
こんなにも平和な世界が滅びる?
「神魔大戦が収束し、万物の女神マナが行方不明とわかったその後、ほぼ同時期じゃった。世界に未知の魔物が現れたのじゃ。魔物だけならワシらの魔法だけでも退くことが可能じゃ。じゃが、均衡が崩れた事によって魔物よりも恐ろしく強い、カの者がこの地に産まれてしまったのじゃ。ワシらはそれらを【夜の者】と呼んでおる。この国のマジックナイトたちも日夜警備にあたり常に警戒しておるのじゃが。幸いこの国は先のマジックナイトたち以外にもジークの施した魔法障壁で守られ、今は大丈夫なのじゃが、どこまで持ち堪えられるか」
街の周りにぼんやり見えていたあの膜のようなもの、あれは魔法障壁だったんだな。
「私は常に魔力を注ぎ込み、魔法障壁を継続し続けている。しかし、私の魔力も無限ではない。いずれ枯渇する。そうなる前に、この世界の均衡である女神の力と魔王の力を復活させなくてはならない」
「でも、女神ラグノアも魔王ディブロも力を失ってしまったんだろ? どうすることもできないじゃないか」
「そのために君を呼んだんだよ、ウィル」
それが僕をこの異世界へ呼んだ理由?
アルとジルハルドの視線が縋るように僕を見つめてくる。
戸惑い、僕はその場で固まってしまう。
でも、こんな僕でも何かできることがあるなら協力したい。
これはきっと自分自身のためでもあるから。
この異世界に来てたった二日しか経っていないけど、僕はこの世界が好きだと思う。
何より、父さんと母さんが生まれ育った故郷でもある。
母さんもこの世界を愛していたと、アルは言っていた。
その世界を滅ぼすわけにはいかない。
「僕に、何をして欲しいの?」
「君の祖父母に当たる、魔王ディブロと女神ラグノアを説得して和解させて欲しいんだ」
なんとなくそんなような気はしていたけど。
でも僕にそんな大役が務まるだろうか。
「僕に、できるのかな」
胸を内が自然と表に出てしまいつい口に出してしまった。
「不安なのもちろん承知だ。だがもう君に頼るしか方法が思い浮かばないんだ。私も一緒に同行する。でも今すぐじゃない」
「え? そうなの?!」
てっきり、今すぐにでも行動すると思っていたから、一気に力が抜けてマヌケな声を上げてしまった。
「今の君はまだ魔力が覚醒していないだろ? そのために君は魔法を学んでもらう。女神ラグノアと魔王ディブロはたしかに君の実の祖父母だ。しかし二人はそれを快く思っていないだろう。いくら孫といっても危害を加えてくるかもしれない。それに一番気掛かりなのは夜の者の存在だ。攻防の手段は持っておいて欲しい。夜の者はまだ謎が多過ぎるからね」
「魔法」
まさか異世界で魔法を学ぶことになるなんて……あぁでもそういう流れのゲームってあるよね。
ただこれはゲームじゃなくて現実だ。
一歩選択を間違えれば死ぬ事だって在りえるわけだ。
「でもさ、僕にその、魔法なんて使えるのかな」
そういう僕にアルはズンズンと近づいてきて腰に手を当てながら口を開いた。
「君は自分自身を信じなさ過ぎる。忘れてはいけないよ。君はあの女神ラグノアの一人息子マクスウェル・ジキュリディアと魔王ディブロの一人娘リーリンリティア・ディアボセスの子だ。私の見立てどおりなら君はとてつもない魔力を秘めている。しかもその魔力はマックスとリリアをも凌ぐものだろう。ただ、今の君に魔法が使えないのはきっと時の女神の力によって封印されているからだと思う」
「時の女神。その、時の女神に女神マナを見つけることはできないの?」
「残念だがそれは無理だ。女神でも彼女は使役女神だ。その更に上にいる存在でなければ女神マナを見つけることはできない。私たちは時の女神の更に上の存在を知らない」
「契約者であるリリアなら何か知っていたかも知れんがのう」
八方塞りとはこのことか。
女神にもランクと言うものが存在するんだな。
話が一気に急加速して、僕は今、立っているのがやっとという状態だ。
これから先、どんなことが待ち受けてるのか想像もできない。
「時の女神の所在は私の方で探してみよう。時間は掛かると思うが。魔法は私が教えることになるが、まずはこの世界のことや文字書きを覚えてもらわないとね。私が留守の時は一人でも魔道書が読めるようにしないと」
「う、うん。少し不安だけどね」
アルは声を出して笑った。
気のせいじゃなければ、かなりテンションが上がっているように見える。
「大丈夫さ、君なら」
凄い自信。
一体何処からくるのか。
アルの瞳がキラキラ輝いている。
僕にできるのかな。
魔法の覚醒。
異世界での生活。
時の女神、万物の女神マナ、魔王ディブロ、神々ラグノア、父さんと母さんのこと。
世界の運命。
僕にできるかどうかなんて今はわからない。
でもどうにかしなくちゃ、両親の死の謎もこの世界もどうにもできなくなる。
知ることができなくなる。
「やるしか、ないんだよね」
僕はため息を吐いた。
なんだか凄く……。
「お主はワシらの最後の希望、いや、世界の希望でもあるのじゃ」
ジルハルド様とアルの真剣な目線が僕を見据える。
――凄く、重い。
幾つもの責任が僕の肩に圧し掛かってくる。
僕は、ギュッと唇を紡ぎ、両手を握り締めた。
「これからそのジルハルド国王様に会いに行くんだよね、アル」
「ああ、そうだよ」
言われて、僕は自分が身に着けている衣服を四方八方からグルグルと眺めてから言った。
「僕のこの格好、変なところはないかな? こんなファンタジー世界に出てくる服装は初めて着るから」
「良く似合ってるよ、ウィル」
僕は城に向かう前にアルから着替えるように渡された衣服に身に着けている。
それからブーツもだ。
黒を基調とした皮とレザー素材で出来ていて、とても頑丈で温かい。
下はレザーパンツで肩の辺りと腰の辺りからヒラヒラした長いリボンのようなものが二本、垂れている。
そこには僕の見たことの無い文字が書かれていて読むことはできなかった。
アルに尋ねてみたら、「そのリボンには私の魔力が込められている。もし万が一、君に危険が及んだ時にはそのリボンが君を守る。まあ、何も起きないことを祈るよ」との話だった。
一体このヒラヒラのリボンがどう僕を守ってくれるのか、見てみたいけど、それはつまり僕に危険が及んだときだ。
そんな目には極力遭いたくないものだけど。
アルは門番兵となにやら話をしている。
門番兵が厳しい視線をこちらに見せて、僕はどうすればいいのか、戸惑った。
目を逸らすわけにもいかず、ピンと背筋を伸ばして見つめ返した。
すると、話が終わったのか、アルが僕を手招きして呼んだ。
僕は慌てて駆け寄り、アルと共に門を潜り抜けた。
うぅ、緊張する。
門から入ってまずはじめに目に飛び込んできたのは、見事な庭園だった。
隅々まで整備が行き届いた庭園はアルの屋敷の庭園を思わせる。
アルの屋敷と庭園は国王陛下より賜ったと聞いていたから、この国の国王陛下は草木が大好きな方なんだろうなと推測できた。
城に至るまでの広い道の両端には色とりどりの花々が咲き誇る花壇があり、見るものを穏やかな気持ちにさせてくれた。
白、黄色といった蝶が花の蜜を目当てにヒラヒラと飛んでいる。
右奥には噴水があり、左の置くには変わった形のモニュメントが設置されていた。
土台は三角形でその上に丸い球体が浮かんでいた。
一体どういう仕組みになっているんだろう。
田舎者らしくキョロキョロと城の庭園を眺めながら歩いていると次の扉の前に辿り着いた。
やはり左右には屈強そうな兵士が立っている。
アルがまた兵士と話しをして、ようやく城の中へ入ることが出来た。
うわぁ、シャンデリア、でっかいなぁ。
天井から吊り下げられた豪華なシャンデリアが目を惹きつけた。
太陽の光に反射してキラキラと輝いている。
城の内装はは白を基調に金銀の細かな細工が施されていて全体が輝いて見えた。
「ウィル、離れないように。こっちだよ」
「う、うん」
小声で促されて僕はアルの後ろをぴったりと離れないように歩いた。
二階へと続く左右オ階段はアルの住む屋敷と変わらないが、細かい細工が施されている。
だから手摺りはあるものの、素手で触れていいものか迷った挙句、結局は触れず、躓かないように慎重に階段を登った。
もうすでに此処までで僕の体力はかなり削られていた。
階段を登りきると中央に上へと続く階段があった。
三階か、四階ぐらいまで続いてそうな長い階段だ。
階段の前にも兵士が左右に立っていてそこを通り抜けてアルを先頭に階段を一歩一歩確実に登っていく。
階段を登りきると、正面にまた扉があった。
すぐ横に立っていた、今までの兵士とは服装の色が違うことから少し位が高い兵士なのだろう、彼はアルと僕を交互に確認すると閉ざされていた扉を開けてくれた。
中から日の光が漏れて、眩しさから直ぐに正面を直視することができなかった。
アルが前に進み中へ入るのはわかると、僕も続いて中へ入った。
後ろの扉が再び閉ざされる。
「お久しぶりです。ジルハルド国王陛下。お元気そうでなにより」
アルが突拍子なく、国王様に話掛けるが、肝心のジルハルド様は何処にもいない。
居るのは可愛らしくマントと服を身に着けたふわふわ毛玉の成猫が一匹いるのみ。
良く見たらこの猫、頭に小さな王冠が乗っている。
「ずっと貴方が会いたがっていた彼らのご子息をお連れしましたよ。これでようやく、この世界の均衡を元に戻すことができるかもしれない」
難しい話をしているようだけど。
僕は訳がわからず、小声でアルに話しかけた。
「アル、王様って何処にいるの?」
「え? 目の前にいるじゃないか、って、まあ、仕方ないか。アレだもんね」
「コレ! ジーク! 国王に向かってアレとはなんじゃ!」
「へ? アレ? え? ま、まさか」
「ワシじゃ、ワシが国王じゃよ」
愛らしいにくきゅうを振り、此処だと主張している。
「え? えぇ~! ね、猫?! じゃないこの御猫様が!」
「……そう、猫だ。我が国の国王、シルハルド様は、猫なんだ」
「なんで?」
「さあ~?」
「さぁ、って……」
僕は改めて御猫様もとい国王陛下ジルハルド様を直視した。
本当に猫が王様んだ。
頭の上に乗っている王冠は、そういう意味だったんだな。
「改めて、ウィリアム、始めましてじゃの。ワシがディレクトレイ国の王ジルハルド・ハールデン・スコル三世じゃ」
「は、はい! はじめまして! ウィリアム・ラージニアと申します! 申し訳ございません! 知らなかったとはいえ、あのような態度を。まさか王様が、猫、だったなんて」
「うむうむ。よいよい。この世界に来てまだ間もないじゃろう。何も知らなくて当然じゃろうて」
猫の王様ジルハルド陛下は豪快に笑った。
良かった。
一時はどうなることかと思ったけど。
でも実際に驚いたことはたしかだ。
そうだよな、アルだってアルマジロなのに喋るし、二足歩行で歩いてるし、しかも見た目からまったく想像つかないけど元宮廷魔術師だって言ってたし、美味しい料理も作れちゃうんだから。
この世界は僕が住んでいる地球とは常識がまったく違うんだ。
以後気をつけよう。
「ふむふむ。よう似ておるのぅ。のぅ、ジークよ」
「えぇ。本当に」
似ているって、両親と?
しかも王様はさっきからアルのことを【ジーク】と呼んでいるけど。
それがアルの本当の名前なのかな。
「あの、」
「ああ、あぁ、すまんかったのぅ、ウィリアム。昔、お主の両親、マックスとリリアはよくこの国に訪れていたんじゃよ。このジーク、今はアルと名乗っているのか。彼に会いにな」
「え? じゃあ、僕の両親はこの国の出身じゃないんですか?」
「おや、ジークよ。どこまで話したのかの?」
「彼らの身分ついてはまだ何も。話す際は、ジルハルド様にも立ち会っていただきたくて。彼らの身分もそうですが、事情が事情ですから」
アルの言葉にジルハルド様は了承したように頷いた。
ジルハルド様が手招きした。
「もう少し近くへ」
「は、はい!」
僕はジルハルド様の前で片膝をついて話を待った。
背丈的にも丁度良い目線の高さになる。
「よいか、ウィリアムよ。よく聞くのじゃ。お主の両親についてじゃ」
僕はしっかりと頷いた。
「この世界は我々のような住人の他に特別な役割を担う種族が存在する。即ち光の者と闇の者じゃ」
「この世界には、神族と魔族が存在する。アルから少しだけ聞きました」
「うむ。彼らは光と闇、表裏一体となってこの世界の均衡を保っているのじゃよ。ワシら生きとし生きるものすべて彼らの存在なくしては生きてはゆけぬのじゃ」
つまり、この世界の神族と魔族は協力し合ってこの世界の均衡を守っている。
ゲームで言うところの魔王は世界を滅ぼす存在ではなく、世界にとって必要な存在だということだ。
不思議な気分だ。
神族と魔族が世界の均衡を保ちながら守っているなんて。
いや、それは偏見かもしれない。
これがきっと理想の形、真の平和というものなのかも知れない。
でも今は違うみたいだ。
神族と魔族に何があったのだろう。
「神族の王と魔族の王にはそれぞれ愛する子供がいた。子供たちの名はマクスウェル・ジキュリディア。そして、リーリンリティア・ディアボセス」
「……え?」
「そうじゃよ、ウィリアム。おぬしの両親は女神と魔王の子。神族の王・女神ラグシィーニア・ジキュリディアの一人息子と魔族の王・魔王ディブロルド・ディアボセスの一人娘じゃ」
世界がグルグルと回る。
驚きを通り越して、僕は開いた口が塞がらない。
息を吸うことも忘れてしまうほどに。
僕の両親が女神と魔王の子供?
それじゃ僕は……。
忘れていた呼吸を再開して血が巡っていくのを感じた。
汗ばんだ手を開いて意味もなく見つめた。
そこに何か答えかヒントが書かれていないか、なんて思いながら。
当然、答えもヒントも書かれているわけがなかった。
僕は少し混乱、動揺しているようだ。
「大丈夫かい? ウィル」
アルに声を掛けられ、手のひらを見ていた視線を上げてアルに焦点を合わせた。
アルは心配そうに僕を見つめている。
「ごめん、大丈夫。ジルハルド様、続けてください」
ジルハルド様は頷き話の続きを始めた。
「おぬしも知っての通り、マックスとリリアはもう既に亡くなっておる。うむ、ちとここからおぬしには酷かも知れんが……良いかのぅ?」
僕はギュッと手を握り締めて、ゆっくりと深呼吸して、はっきりと頷いた。
それを肯定と取ってジルハルド様は再び語り始めた。
「マックスとリリアの両親であるディブロとラグノアはそれぞれ、それはそれは大層娘、息子を可愛がっていた。それまではお互い表裏一体の存在。接触はなかったにせよ、関係は上手くいっておった。即ち世界が平和そのものだったわけじゃよ。じゃがある日を境に世界の均衡は崩れ始めてしもうたんじゃ。それは誰にも想像することのできなかった出来事じゃった。女神の一人息子マックスと魔王の一人娘リリアが、恋に落ちたのじゃ」
それが世界の均衡を崩し、平和な世界じゃなくなった?
「そんなことって……」
「本来、二人は相容れぬ存在じゃった。そのはずなのだがのぅ、おぬしの両親は違っておった。二人は愛し合い、そして、おぬしがこの世に生まれたのじゃ」
「僕は、女神族と魔族の血を受け継いだ子供」
「そうじゃ。じゃが当然、両の親は反対してのぅ、それが発端となり大規模な戦争が勃発したのじゃ」
戦争。
たった二人の出会いが戦争を引き起こしてしまったのか。
その後のことはなんとなく想像がついた。
でも僕は最後まで話が聞きたかった。
今まで沈黙を保ち僕をずっと心配そうに見つめていたアルが前に出て、口を開いた。
「その戦争が【神魔大戦】。今から千年前の出来事だよ」
「千年前? ちょっと待って、おかしいよ。僕はまだ十五歳だよ? 僕が生まれてから千年経っているなんて」
「リリアは召喚術にも長けておった。おそらく、時の女神の力を借りたのじゃろう。その力でゲートを開き、時を超え、君をより安全な世界へと導いたのじゃ」
「それが、地球」
アルとジルハルド様はほぼ同士に頷いた。
「リリアは君を戦争のない平和な世界へと導くよう【時の女神】に頼んだのだろう。その千年という年月はリリアやマックスの君への想いの証だと私は考えている」
戦争、争いのない世界なんて。
「……それで、父さんと母さんはどうなったの? どうやって、死んだの?」
二人は沈黙した、とても辛そうな表情を浮かべている。
それでも僕は知りたかった。
父さんと母さんの最後を。
「実の両親である女神ラグノアと魔王ディブロの手によって殺された」
身体から力が抜ける。
グラグラと頭が揺れて視界がグルグルと回り始めた。
同時に怒りとも取れる感情。
そしてそれを上回る悲しみの感情。
「女神ラグノアが放った光の矢はリリアの身体を貫き、同時に魔王ディブロの放った闇の矢がマックスの身体を貫いた」
僕は目に涙を溜めてアルを見つめた。
視界がぼやけてよく見えない。
「私はその場所に立ち会っていた。どうにかしてジルハルド様と協力してリリアとマックスを守ろうとしたんだ。どうにか光と闇の矢から二人を守ろうと防御結界を張ろうとした。でも何故かあの時、私の魔法は発動しなかった。ジルハルド様率いる【マジックナイト】たちの魔法も発動しなかったんだ」
僕は頭を上げて、アルを見た。
「どういう、こと?」
「この世界の魔法はね、ウィル。あるたった一人の女神によってもたらされているんだ。その女神の力を媒体にして、構築、発動まで至る。女神の名は【マナ・ユグドラシル】。万物を司る彼女は今現在行方不明となっている。しかし、我々は今も変わらず魔法を発動することができる。女神マナは生きていらっしゃる。だが何処に居るのかわからない。あの神魔大戦には何者かの策略的な意図があると私とジルハルド様は考えているんだ。もちろん、君の祖父母に当たる女神ラグノアと魔王ディブロの想いも相まってだろうけどね。二人の死は私にはどうにも負に落ちないんだ」
「それじゃあ、もし、魔法が発動していれば父さんと母さんは……」
それを聞いた僕の脳裏にはある可能性を浮かんでしまう。
もし、あのときアルやマジックナイトたちの魔法が発動してくれたら父さんも母さんも死なずに済んだんじゃないだろうか。
今更だけどそんな可能があったことを知って僕は悔しくなった。
全ての謎を鍵を握りしめているのは女神マナだけ。
彼女を探し出して、直接話を聞くことができたなら、理由がわかるかもしれない。
「どうにかして、女神マナの居所を掴めないの? 魔法で感知するとか」
僕の言葉にアルとジルハルドは顔を見合わせ、再び僕を見て首を横に振った。
「無理だ。女神マナは特殊な存在なために我々の追跡魔法では気配すら探すのは困難だ」
「唯一、可能性があるとすれば、同等の力を所持する者ならば気配を辿ることが出来る矢も知れぬが」
「同等の力……それってつまり、女神ラグノアか、魔王ディブロ」
「そのとおりじゃ」
「それじゃあっ」
「無理だよ。ウィル」
「――どうして!」
怒鳴るようにアルに当たって声が大きくなってしまう。
僕は焦っていた。
焦った所でどうすることができないことはわかっているつもりだった。
だけど、ほんの少しの可能性があるのならそれに縋りたい。
「今の二人の王にその力はない」
「どういうことだよ」
「子供を失った親にしかわからない、悲しみ。絶望。喪失感。今の二人にあるのはそれだけだ」
僕は何も言えなかった。
親を失った気持ちはわかっても、その反対はどうなのだろう。
どうしてこんな悲劇が起きてしまったのか。
種族の違いって、そんなにイケナイことなのか。
じゃあ、僕という存在はどうなんだろう……。
人間じゃない、女神と魔王の血を引いた異端の存在。
「問題はそれだけじゃないんだ。この世界の運命を左右するところまで発展してしまった。このままだと、私たちの世界は滅びの道へ向かってしまう、いやすでに向かっている」
アルの話に驚き、目を見開いた。
こんなにも平和な世界が滅びる?
「神魔大戦が収束し、万物の女神マナが行方不明とわかったその後、ほぼ同時期じゃった。世界に未知の魔物が現れたのじゃ。魔物だけならワシらの魔法だけでも退くことが可能じゃ。じゃが、均衡が崩れた事によって魔物よりも恐ろしく強い、カの者がこの地に産まれてしまったのじゃ。ワシらはそれらを【夜の者】と呼んでおる。この国のマジックナイトたちも日夜警備にあたり常に警戒しておるのじゃが。幸いこの国は先のマジックナイトたち以外にもジークの施した魔法障壁で守られ、今は大丈夫なのじゃが、どこまで持ち堪えられるか」
街の周りにぼんやり見えていたあの膜のようなもの、あれは魔法障壁だったんだな。
「私は常に魔力を注ぎ込み、魔法障壁を継続し続けている。しかし、私の魔力も無限ではない。いずれ枯渇する。そうなる前に、この世界の均衡である女神の力と魔王の力を復活させなくてはならない」
「でも、女神ラグノアも魔王ディブロも力を失ってしまったんだろ? どうすることもできないじゃないか」
「そのために君を呼んだんだよ、ウィル」
それが僕をこの異世界へ呼んだ理由?
アルとジルハルドの視線が縋るように僕を見つめてくる。
戸惑い、僕はその場で固まってしまう。
でも、こんな僕でも何かできることがあるなら協力したい。
これはきっと自分自身のためでもあるから。
この異世界に来てたった二日しか経っていないけど、僕はこの世界が好きだと思う。
何より、父さんと母さんが生まれ育った故郷でもある。
母さんもこの世界を愛していたと、アルは言っていた。
その世界を滅ぼすわけにはいかない。
「僕に、何をして欲しいの?」
「君の祖父母に当たる、魔王ディブロと女神ラグノアを説得して和解させて欲しいんだ」
なんとなくそんなような気はしていたけど。
でも僕にそんな大役が務まるだろうか。
「僕に、できるのかな」
胸を内が自然と表に出てしまいつい口に出してしまった。
「不安なのもちろん承知だ。だがもう君に頼るしか方法が思い浮かばないんだ。私も一緒に同行する。でも今すぐじゃない」
「え? そうなの?!」
てっきり、今すぐにでも行動すると思っていたから、一気に力が抜けてマヌケな声を上げてしまった。
「今の君はまだ魔力が覚醒していないだろ? そのために君は魔法を学んでもらう。女神ラグノアと魔王ディブロはたしかに君の実の祖父母だ。しかし二人はそれを快く思っていないだろう。いくら孫といっても危害を加えてくるかもしれない。それに一番気掛かりなのは夜の者の存在だ。攻防の手段は持っておいて欲しい。夜の者はまだ謎が多過ぎるからね」
「魔法」
まさか異世界で魔法を学ぶことになるなんて……あぁでもそういう流れのゲームってあるよね。
ただこれはゲームじゃなくて現実だ。
一歩選択を間違えれば死ぬ事だって在りえるわけだ。
「でもさ、僕にその、魔法なんて使えるのかな」
そういう僕にアルはズンズンと近づいてきて腰に手を当てながら口を開いた。
「君は自分自身を信じなさ過ぎる。忘れてはいけないよ。君はあの女神ラグノアの一人息子マクスウェル・ジキュリディアと魔王ディブロの一人娘リーリンリティア・ディアボセスの子だ。私の見立てどおりなら君はとてつもない魔力を秘めている。しかもその魔力はマックスとリリアをも凌ぐものだろう。ただ、今の君に魔法が使えないのはきっと時の女神の力によって封印されているからだと思う」
「時の女神。その、時の女神に女神マナを見つけることはできないの?」
「残念だがそれは無理だ。女神でも彼女は使役女神だ。その更に上にいる存在でなければ女神マナを見つけることはできない。私たちは時の女神の更に上の存在を知らない」
「契約者であるリリアなら何か知っていたかも知れんがのう」
八方塞りとはこのことか。
女神にもランクと言うものが存在するんだな。
話が一気に急加速して、僕は今、立っているのがやっとという状態だ。
これから先、どんなことが待ち受けてるのか想像もできない。
「時の女神の所在は私の方で探してみよう。時間は掛かると思うが。魔法は私が教えることになるが、まずはこの世界のことや文字書きを覚えてもらわないとね。私が留守の時は一人でも魔道書が読めるようにしないと」
「う、うん。少し不安だけどね」
アルは声を出して笑った。
気のせいじゃなければ、かなりテンションが上がっているように見える。
「大丈夫さ、君なら」
凄い自信。
一体何処からくるのか。
アルの瞳がキラキラ輝いている。
僕にできるのかな。
魔法の覚醒。
異世界での生活。
時の女神、万物の女神マナ、魔王ディブロ、神々ラグノア、父さんと母さんのこと。
世界の運命。
僕にできるかどうかなんて今はわからない。
でもどうにかしなくちゃ、両親の死の謎もこの世界もどうにもできなくなる。
知ることができなくなる。
「やるしか、ないんだよね」
僕はため息を吐いた。
なんだか凄く……。
「お主はワシらの最後の希望、いや、世界の希望でもあるのじゃ」
ジルハルド様とアルの真剣な目線が僕を見据える。
――凄く、重い。
幾つもの責任が僕の肩に圧し掛かってくる。
僕は、ギュッと唇を紡ぎ、両手を握り締めた。
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