上 下
21 / 77
第一章 ウィルとアルと図書館の守人

修行の始まり

しおりを挟む
「たくっ、アルの奴~」

 あのあと気まずい雰囲気の中で朝食を終えた僕は早々に部屋に戻った。
 今日の午後から本格的にロミロア先生のところで魔法の修行を開始する。
 僕はその準備をしながら今朝のアルに対して愚痴っていた。

「僕がああいう行為を知らない、というか知識はあるけど経験がないからって。ちっともおめでたくないし! 何がお祝いだよ。今日一日は絶対に口聞いてやらないからなっ」

 グチグチと言いながら手だけは忙しなく動かして準備を終わらせる。
 準備と言ってもとくに用意するものはない。
 ただお昼のお弁当や水筒をリュックに入れるだけだ。

「よし! 準備完了、っと」

 魔法の修行って、どんなことをするんだろう。
 正直不安はある。
 こんなこと初めて、というか、まさか自分が魔法が使えるなんて思ってもいなかったから当然だよな。
 図書館での出来事を思い出した。
 圧倒的な力に僕は、僕自身すら守る事ができなかった。
 ピピンが助けてくれなければ僕は今頃……。
 夜の者と対等になるには力がいる。
 この世界のことも心配で大事だけど、僕はまず自分自身を守るための力が欲しいんだと思う。
 もし誰かが僕のせいで傷ついたりしたら嫌だから。

「ウィル、準備はできたかい?」

 無視する。
 僕の傷ついた心はとても深い。
 アル、今日一日は完全に無視させてもらうから。
 僕は無言のまま用意したリュックを肩に担いで部屋を出た。

「……ロミロアのいる研究室の場所は覚えているね? くれぐれも無理をしないように。いってらっしゃい、ウィル」

 無視する。
 だけど、胸が苦しい。
 結局僕は一言も口にすることなく複雑な気分のまま屋敷を後にした。
 目的の場所はアルの言うようにロミロア先生の研究室だ。
 もちろん場所は覚えている。
 図書館の裏手、森の奥にあるツリーハウスがロミロア先生の住居兼研究室だ。

「行こう」

 僕は自信に言い聞かせ、足を進めた。
 今日は晴天。
 風も心地良く程度に吹いていてなんだかこれからピクニックに行くような気分だ。
 丁度、お弁当も、水筒も、おやつのクッキーも持って来てる。
 もちろんそんな暇はないけど。
 僕は寄り道はせずにまっすぐに図書館の裏手にある森の方へと向かう。
 昼間の森は小鳥たちやリスといった小動物たちの声や足音でどこか騒がしい。街は人間や多種族が暮らしているけど、森は動物たちが棲む言わばも一つの街のようなものだと思えた。

「あ、ウサギだ」

 ガサガサと茂みから飛び出してきたのは野生のウサギだった。
 耳と鼻をピクピクさせながら森に侵入した僕の様子を窺っている。

「ごめんね、君たちの棲みかを通らせてもらうよ」

 僕の言葉を理解したわけじゃないと思うけど、少しだけ警戒を解いてウサギは草を食べ始めた。
 僕は微笑み、森の更に奥に進む。
 ようやく見えてきたツリーハウスを目の前に僕は少しだけ駆け出した。
 玄関前で扉を数回ノックする。

「こんにちはー、ウィルです。ロミロア先生いらっしゃいますか?」

 少し待ったが、返事はない。
 やっぱり今日も地下に篭っているのか、僕は「お邪魔しまーす」と控えめに言って家の中に入った。

「あ、そうだ。忘れちゃいけない」

 ロミロア先生の住居兼研究室は侵入者を拒む魔法があちこちに施されている。
 だからそれらを解除しなくてはならない。
 今朝アルから聞いていた解除方法を実行に移す。
 聞いたと言うか、僕は無視していたからアルが一人で喋っていたのを聞いただけなんだけど。

「たしか、この辺り……あった、この魔法陣だ」

 住居の隅に施された小さな魔法陣。
 淡く青白く光を放ち、ゆっくりと点滅を繰り返している。
 これが魔法を解除する鍵だそうだ。

「たしか、この魔法陣に触れれば……」

 恐る恐る魔法陣に触れると、スッと光を失い、魔法陣は消滅した。
 これであの恐ろしい幾多の仕掛けは発動しないはず、だ。
 たぶん。

「と、とにかく、地下にある研究室に降りよう。そこにロミロア先生がいるはずだ」

 地下へと下りる階段を見つけて僕は「どうか、仕掛け魔法が発動しませんように~」と口に出して祈りながら、慎重に階段を降りて行った。
しおりを挟む

処理中です...