ウィルとアルと図書館の守人

凪 紅葉

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第一章 ウィルとアルと図書館の守人

図書館の異変

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 そんなに時間は経っていないと思っていたけど、外はすっかり暗くなっていた。
 森の中にいることもあるけど、昼間に聞えていた小鳥たちのさえずりも今は聞えない。

「急いで帰ろう。あ、でもその前に」

 僕は帰り道、図書館に寄ろうと考えていた。
 夜の者が現れた日以来、一度も訪れていなかった。
 きっとピピンのことだから僕のことを心配しているに違いない。
 顔を見せて少しでも安心させてやりたいと思っていた。

「あれから夜の者は姿を見せていないけど、ピピンは大丈夫かな」

 アルには内緒で戸棚に置いてあったクッキーを子袋に入れてこっそり持ち出していた。
 これを手土産にピピンに会いに行こう。
 逸る気持ちを抑えて、僕は森の抜けた先にある図書館へ足を向けた。
 森を抜ければ図書館はすぐ目の前だ。
 図書館の裏手から中へと入る。
 ピピンから教えてもらった秘密の入り口だ。
 秘密と言ってもただの従業員用の入り口だけど、魔力によって監視されていて普通は入れない。
 ピピンに認められ許可を得た者だけが使用出来る入り口だ。
 この入り口から入ればピピンのいる地下中央まで最短距離で行ける。
 古い本が陳列された本棚の道をひたすら歩き回る。
 途中迷路のように本棚が道を織り成している場所には僕が来ると反応するように固定の本が光って道先を教えてくれる。

「こっちだな」

 迷うことなく地下へ続く螺旋階段を見つけた。
 階段を下りていく。
 広場に出ればピピンのいる中央まであと少しだ。
 階段を降りきって通路に辿り着く。
 通路の奥には扉が一つある。
 目前に巨大な扉が道を塞いでいる。
 両手を使ってその扉をゆっくりと開け放った。

「ピピン、ひさし、ぶ、り……?」

 扉を開けて中に入ればすぐ目の前に巨人のようの大きな精霊のピピンが出迎えてくれる、はずだった。

「なんだよ、これ……」

 綺麗に整理整頓されていたはずの本棚や机、椅子がぐちゃぐちゃに散らばっている。
 まるでそこで爆発があったかのように。

「ピピンっ、何処だよ? 無事なのか?!」

 煙のような臭いが立ちこめ、嫌な予感しかしなかった。
 普段ならいるはずのピピンの姿もない。
 それも不安を煽る原因でもある。
 何処へ行ってしまったのか。
 でもピピンはこの図書館からは賢者との契約によって縛られ出られない。
 契約を破ればピピンは消滅してしまうから。
 だからこの図書館の何処かにいるはずだけど。
 ただ明らかに図書館は奇襲を受けている。
 それは何者か。
 そう考え、思い至ったのは先日ここへ侵入してきた夜の者の存在。
 やつがまた此処へやってきて強攻策に打って出たのかもしれない。
 夜の者ガリルは以前、偵察に来たと言っていた。
 今のところは、とも。
 そして今日この日、ガリルは奇襲しに再びやってきたのかもしれない。
 緊張が走る。
 手の平が汗で滲んできた。
 まだ近くに奴がいるかもしれない。
 でもそれよりもピピンの安否が気掛かりだった。

「ピピンっ」

 僕はある程度、声を抑えたつもりで名前を呼んだ。
 すると、テラスの下の辺りから爆発音が響いた。
 続けて地響きも。
 天井の石クズがポロポロと降ってくる。
 誰かが下で戦っているのか。
 それが誰なのか、すぐに検討がつく。
 二度目の爆発音と地響きが足元から伝ってくる。
 僕はテラスの横にある下へ降りる階段を見つけて急いで駆け降りた。
 広間に出た。
 瓦礫が散乱して焼け焦げた本や本棚が無残な状態でそこ彼処に転がっている。
 だけどそれだけだった。
 他には何もない。
 ピピンの姿もなかった。
 他に扉もなにもない。
 僕がどうすることも出来ずにおろおろしていると、床が突然光だし文字が浮かび上がる。

「ま、魔法陣?!」

 僕は逃げることもできず、成す術もなくその魔法陣から放たれた光に包み込まれるように吸い込まれた。
 目を開けておくことさえ出来ないほど眩しい光。
 それは徐々に収束し、恐る恐る目を開けるとついさっきまでの部屋とは違う部屋に立っていた。
 どうやらあの魔法陣は別の部屋へ通じる扉、転送装置だったようだ。
 そのとき、三度目の爆発音が響いた。
 今度のはすぐ近くで爆発したようだ。
 音のした方角に奥へ続く通路がある。
 僕は走り出した。
 長い通路を走り抜けて着いたのは大広間だった。
 幾本もの石柱が規則正しく立ち並び、天井を支えている。
 そしてその奥に見知った姿を見つけて僕は思わず名を叫んだ。

「――ピピンっ!」
「……ウィ、ル? ドウシテ」
「君が心配で来たんだ」

 ピピンは石柱に身体を預けて倒れていた。
 いつもなキチンとした身なりなのに、この時ばかりは衣服はボロボロで焦げた後もある。
 相当のダメージを受けているのだろう、脚や腕からは血が滲んでいる。

「こんな、酷い……一体何があったんだよ?!」
「ウィル、此処ニ居チャ駄目ダ。此処は危険ダカラ早ク逃ゲテッ。奴ガ、来タ。僕ガ守ッテイル大切ナ物ヲ奪イニッ」

 僕の嫌な予感は的中した。
 夜の者ガリルが再びやってきたんだ。
 ここは危険だ。でも。

「でも、だったら尚更、友達をほっとけない」
「ウィル」

 そのとき。

「よぉ、オレ様の愛しいウィルちゃん。逢いたかったぜぇ」

 ハッとして、声のした方へ、上へ視線を向けた。
 そこにはヤラシイ視線で僕を舐めるように見る夜の者ガリルが、空中に浮かんでいた。

「ガリルっ」
「おぉっ、オレ様の名前を覚えていてくれたのか。嬉しいじゃねぇか。もしかしてウィルちゃんもオレ様に気があったり」
「ないよ」

 僕ははっきりと答えた。
 ガリルは大げさに肩を竦めて頭を垂れる。

「つれねぇなぁ……、まぁいい。今日の用件はそこのデカブツにあるんだが……おい、いい加減白状したらどうだ」

 そうか、ピピンはまだ。

「何度言ワレテモ僕の答エハ変ワラナイ。オ前ナンカニ、渡シテタマルモノカ……!」

 舌打ちをして、ガリルの表情が変わった。

「……だったらこっちにも考えがある」

 嫌な予感がして心臓の音が煩いほど鼓動を刻む。
 ガリルは一体何をするつもりなんだ。

「言うことを聞かない悪い子は、お仕置きしなきゃなぁ」

「ウィル! 離レテ!」

 ドンっと身体を押されて僕は弾き飛ばされた。
 ほぼ同時にピピンの足元と真上に禍々しい黒い魔法陣が生み出される。

「さぁどこまで、耐えれる、デカブツ! 潰れろ!」
「――っ、ピピン!」

 上下の魔法陣が構築者の命令によって発動し、ピピンを圧縮していく。
 どうやら重力を操る魔法のようだ。
 術者によって重力をコントロールされて徐々に重さを増し押し潰されていく。

「グッ、オ、オ」
「ピピン! 止めろ! 止めてくれガリル!」
「うん? いくら愛しのウィルちゃんの頼みでもそれは聞けねぇなぁ。まあもっとも、このデカブツがとっとと禁断書の在りかを吐き出せしてくれりゃ、話は別だが」

 嘘だと、僕は思った。
 たとえ禁断書の在り処を教えたところで助けてはくれない。
 ピピンは殺されて、僕はガリルに、連れて行かれるだろう。
 一体、どうすればいい。
 せめて禁断書の在り処だけでもわかれば代わりに僕が。
 僕はピピンに視線を送った。
 今のこの窮地を救うのは僕しかいない。

 ――よしっ。
 
 動く。
 僕は覚えたての魔法を構築して発動させた。
 ピピン、にではなく、ガリルの足元に。

「――なにっ!」

 ガリルの足元から光が迸り、上へと弾く。

「ぐっ」

 ガリルの余裕の表情は消えうせ、苦虫を噛んだように歪む。

「やったっ!」

 僕が発動させたのは初歩魔法の盾を作る魔法だ。
 自らの身を守る盾。
 簡単な攻撃なら何でも跳ね返す。
 その原理を利用した。
 生身の肉体ならなおさらだ。
 上級ともなれば複数もの盾を生み出せる。
 けれど今の僕は一つが精一杯。
 だけど今はコレだけで十分だった。
 ガリルの足元に盾の発動させ弾き崩した。
 トランポリンのように。
 成功すればピピンに掛けられた魔法は一時的とはいえ、解除することができるはず。
 ピピンの方へ視線を向けた。
 予想通りピピンに掛けられていた重力魔法は解除されていた。

「ピピン、大丈夫か?!」
「ウィル、アリガトウ。助カッタヨ。サァ、今ノウチニ」

 僕とピピンの足元にエメラルドの光が迸る。
 この光はさっき見た転送魔法陣と同じ光だ。
 ガリルが叫びながら僕らの方へ迫ってくる。
 その手から蒼白い炎が生み出され、僕らへと放たれた。
 しかし、それが直撃する寸前、僕らは空虚にその姿を消した。
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