ウィルとアルと図書館の守人

凪 紅葉

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第一章 ウィルとアルと図書館の守人

死闘

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 飛んだ先はさっきまでいた空間とあまり変わらない場所だった。
 ただ少し違うのは天井がなく空が見えることだ。
 外はすっかり日が沈み、ちらほらと闇夜にキラキラと浮かび上がる星たちが僕らを静かに照らしていた。
 僕らがいる場所は開けた広間になっていて、周りは何本もの石柱が奥の奥まで続き並んでいる。
 とてつもなく広い空間だった。
 広間には女神像を象った彫像が左右に並び、中央にも一体、六枚の翼を生やした女神、ではない。
 性別は不明だが彫像が置かれていた。
 今までの図書館の内部とは打って変わってどこか神聖な雰囲気を漂わせている。
 月の光が存分に降り注ぎ石像も床も石柱もキラキラと光輝いている。

「ピピン、ここは」
「ココハ、ピピンガ生マレタ場所。ココデ生マレテココヲ中心ニ禁断書ヲ守ル図書館ガ造ラレタ。皆ハココヲ賢者ノ神殿ト呼ンデイルヨ」
「賢者の、神殿。それじゃあもしかして、この中央にいる六枚の翼を持った方が?」

 ピピンは頷く。

「ソウ。ピピンヲ創ッタ人、賢者アクネリウス様」
「アクネリウス様はピピンを創った後、何処へ行ったの?」
「ワカラナイ。イツノ間ニカ居ナクナッテタ。ピピンニ使命ヲ与エテ直グニ」
「勝手だなぁ、賢者様って」

 ふふっ、とピピンは笑った。

「デモ、コノ世界ニ産マレテ、ピピンニ大切ナ役割ヲ与エテクレタ。ピピンノ産マレタ意味ヲクレタンダヨ。ソレニ」
「それに?」
「ウィル、ッテイウ友達モデキタヨ。ピピンハトテモ嬉シイ。ピピンハトテモ幸セ者」

 ピピンは生まれてからずっとこの神殿のような図書館で禁断書を守ってきた。
 外の世界のことは図書館にある蔵書で読んだ知識だけ。
 本当の世界の姿も何も知らない。
 唯一、空の景色を見ることができるのは天井を開けられた僅か一メートルほどの空間だけ。

「いつか、叶うといいな。ピピンの夢。自由になるってやつ」
「ソノ時ハ、ウィルモ一緒ニ居テクレル?」
「あぁもちろん! 約束だ!」

 大きなピピンの小指と僕の小指をクロスさせる。

「ウン! 約束!」

 二度目の約束は誓いを再確認するためのもの。
 外の世界を大きなピピンが見て回ったら、きっと皆、驚くだろうね。
 そのとき、ドンッという爆発音と地響きが伝わってきた。
 すぐさま警戒して険しい表情に戻る。
 ガリルがすぐ近くまで来ているようだ。
 ピピンは真剣な面持ちで僕の名前を呼んだ。
 真剣だけど、どこか悲しい表情なのは何故だろう。

「ウィルニ頼ミガアル。ピピンノ持ツ禁断書の一部を預カッテ欲シイ。ソノ一部は禁断書ニ書カレタ中デ最モ重要ナ記述ナンダ。悪イ奴ニ渡ス訳ニハイカナイ!」
「え? でもそんなことできるの?……」

 胸の辺りにあるザワザワした嫌な予感した。
 大丈夫だよな。
 ピピンは自由になって僕と一緒に本当の世界を見るんだ。
 そう約束したんだから。

「出来ルヨ。本ト言ッテモ知識ダカラ。ウィルガ持ッテイテクレルナラピピンモ安心ダ」

 知識ということはピピンは賢者アクネリウスからその知識を継承したということだろう。
 もしかしたら、賢者アクネリウスはピピンに知識の書を継承したと同時にすでにこの世にいなかったのかもしれない。
 あくまでも僕が考えた予想でしかないけど。
 そう考えるとピピンが僕にすることは賢者アクネリウスと同じように僕に知識の書を托そうとしている。
 つまりそれは。

「ゴメンネ、ウィル。コンナコトニ巻キ込ンデシマッテ。デモ、コノ知識、禁断書ハトテモ世ニ送リ出セル品物ジャナインダ。モシ悪イ奴ノ手ニ渡ッテシマッタラ世界ハ、大変ナコトニナッテシマウ。デモ、世界ニハ必要ナ知識デモアルンダ。矛盾シテルケド」
「……本の内容を知っているんだね」

 ピピンは頷いた。
 なぜか僕は目の奥が熱くなるのを感じた。
 頭を横に振った。
 けど僕は無理やり笑顔を作ってピピンを見つめ返す。

「いいよ。だって僕たち、友達だろ?」
「……ウン! 友達。アリガトウ、ウィル」

 再び目が熱くなるのを拭い僕は決意を固めた。



 爆音が鳴り再び地響きが響いて、天井から細かい石の破片がポロポロと落ちてくる。
 砂煙が上がる。
 ジリッと砂を踏み潰し音が聞えた。

「みぃーつけた」

 ゾクッと背筋に悪寒が走った。
 狂気を含んだ表情に僕もピピンも一歩後ず去る。

「もう、かくれんぼはお終いか? なら大人しく禁断書を渡せ。そうすりゃ、命だけは助けてやる」
「サッキト答エハ変ワラナイ。何度モ同ジ事ヲ言ワセルナ。オ前、頭悪イノカ?」

 薄く笑みを浮かべていたガリルの表情が一変しイライラした表情に変わった。
 舌打ちをする。

「じゃあ、死ね。デカブツ!」

 ガリルが先に動いた。
 僕らは打ち合わせ通りに仕掛ける。
 此処に至るまでの間、僕らはガリルに対する対応策を話し合っていた。
 僕はまだ初歩の防御魔法しか使えない。
 でもある程度身を守ることはできる。
 僕は立ての魔法を構築し発動させた。
 僕にできること。
 それは足手まといにならないように僕自身を守ることだ。
 ガリルの第一の目的はピピンの持つ禁断書だ。
 真っ先に狙われるのはピピン本人だということは明白だった。
 でも僕に危険が及べばピピン自身にも危険が及ぶ。
 今の僕にはそれだけしかできない。
 それでも僕は精一杯全力でピピンをサポートする。
 ピピンは長寿の精霊だけあって様々な魔法を使いこなすことができる。
 防御はもちろん、補助魔法に攻撃魔法もだ。
 ピピンは自らの身体に術を施す。
 肉体的身体能力を一時的に強化して拳をガリルに振り下ろした。

「――っ!」

 ドンッ、とけたたましい振動と砂煙が上がった。
 砂煙のから飛び出してきたのはガリルだった。
 さらにその後を追うように砂煙をすり抜けて複数の氷の刃が狙う。
 放たれた氷の刃のいくつかは外れ、致命傷を与えられなかったものの体制を崩すことはできた。
 ガリルはピピンから距離を取り離れた位置に着地した。
 徐々に視界が鮮明になっていく。
 ピピンが振り下ろした所は隕石が降ったときに出来るクレーターのように地面が窪んでいた。
 放った氷の刃は今だ冷気を帯びて地面に突き刺さっている。

「デカブツはデカブツでもご立派な長寿精霊だったな」

 ピピンの精霊としての実力を目の当たりにしてガリルも表情が真剣なものとなる。

「なら、オレ様も本気、出さなきゃな」

 ガリルの目つきが変わった。
 戦いはここからが本番のようだ。
 一時たりとも油断が許されない状況に緊張が走る。
 ピピンとガリルはお互いに見合わせ隙を伺っている。
 先に動いたのはピピンの方だった。
 大きな身体にも関わらず猛スピードでガリルに近付き拳を振り下ろす。
 しかしその拳が届くことはなかった。
 ガリルが魔法を放ったからだ。
 しかも詠唱無しでだ。
 その分、余裕がができるからこちらの攻撃を先読みされてしまう。
 ガリルの扱う魔法はどれも異質ものばかりだ。
 さっきガリルが放った魔法は炎属性のものだけどその色は蒼白く冷たいイメージが強い。
 ガリルは両の手を前に翳すとその手からいくつもの蒼い炎の玉が生まれてはピピンを狙い飛んでいく。
 詠唱が必要ない分、その速さは尋常じゃない。
 蒼白い炎は遠隔操作されピピンが何処に逃げても追跡して確実にダメージを与えていく。

「グッ!」
「ピピンっ!」

 ピピンが自ら掛けた防御壁が押されて間に合わない状態にあるみたいだ。
 僕は見かねて魔法の構築を始めた。
 簡単な盾の魔法だから構築はすぐにできた。
 そして発動させる。
 僕のできる力でピピンを守らなくては。

「へぇ~」

 ガリルの視線がピピンから僕へと移った。

「しばらく見ない内に魔法まで扱えるようになったのか。凄いじゃん」
「だから、なんだよ」
「でもこの短期間で魔法を習得するって凄いよなぁ。一体何者だ?」

 不味い。
 僕の正体は決して知られてはならない。
 誤魔化そうにも下手に繕えば逆に怪しまれてしまう。
 ピピンから気は逸らせたけど逆に悪い方向へ転がってしまったみたいだ。

「あぁ、これ以上覚える前に捕まえておかなくちゃって思ってたところだが。無理に捕まえようとして抵抗されちゃあ、つい殺しちまうかも、だろ? そうなったら気持ちいいこともできなくなっちまう。オレ様は早くお前の中をグリグリ犯してぇのに」

 ゾクリッ、と背筋に悪寒が走った。
 こいつは結局、僕の身体にしか興味がないのか。
 虫唾が走る。
 ガリルの足先がこちらを向いた。
 どうする。
 闘うか?
 いやそれは無理だ。
 だって僕は防御魔法しか使えない。
 ダメージを与える魔法なんて知らない。
 逃げる手立てを探したが、見つからず、それ以前に最悪の夜の者であるガリルから逃げる自信もない。

「ヤメロ! ウィルニハ手ヲ出スナ! お前ガ欲シイノハピピンノ持ッテイル禁断書ダロ!」

 ピピンは挑発するが、ガリルは歩む行動を止めない。
 僕とガリルの距離がどんどんと縮まっていく。

「……禁断書ハピピンノ中ニ封印サレテイル。手ニ入レタケレバ、ピピンヲ殺スシカ方法ハナイゾ」

 僕は信じられない面持ちで目を見開いた。
 ガリルの動きがピタリと、止まった。
 ニヤリと口の端を上げ哂っている。
 結局は僕はピピンの脚を引っ張っただけだった。
 サポートどころか、ピピンが口を割る様に仕向ける囮として利用された。
 ガリル、なんて姑息で頭の切れるやつなんだ。
 本当にこの男に捕まってしまったら逃げられないだろう。
 一枚も二枚も上手だった。

「ピピンごめん、ごめんさない」

 僕は視界を滲ませながら何度も何度もピピンに謝り続けた。

「なーる。ようやく白状したか。デカブツ自身が禁断書の封印ってわけかよ! はっ、だったら手加減する必要もねぇな!」

 ガリルが動き出す。
 ただしその相手は僕ではなく第一目標であろうピピンに向けてだ。
 ガリルは片手を自らの目線の高さまで上げると何かを掴むように握り締められる。
 背筋に悪寒が走りぬける。
 嫌な予感がした。

「くたばりなぁ!」
「やめっ」

 僕の声と同時にだった。
 ピピンの足元に黒い魔法陣が浮かび上がり怪しい光を放った。

 ――ブチブチブチブチっ。

 肉が潰れて引き千切れるような音が聞えた。
 ピピンの口からは血が噴き出し飛び散り、その瞳は白目を剥いている。

「――ピピンっ!」

 ピピンの身体は動かなくなり金色の砂のようなものがサラサラと零れ落ちていく。
 あっけない。あまりにもあっけなくて、僕は頭が真っ白になってどうすればいいのかわからない。

「嫌だよ……ピピン、消えないでくれっ」

 ただ願うことしかできない。
 金色の砂になってしまったピピンの身体の一部をどうにか元に戻そうと手を伸ばしても僕の手を身体をすり抜けてしまう。
 大きなピピンの身体が砂になって崩れていく。
 徐々に原型をなくして、僕の願いは虚しくピピンは消えていく。
 一瞬のことだった。
 ピピンが砂になって消えていく姿をただ見届けることしかできなかった。
 足、腕、胴体、最後に頭が砂になって消えてしまった。
 するとピピンの消えた場所にピンク色の光が生まれる。
 それは徐々に形を成し始め一つの結晶と化していく。
 おそらくこれが禁断の書というもののようだ。
 ピピンと交わした言葉。
 禁断の書の器が維持できなくなればその姿を現す。
 賢者アクネリウスの知識の記憶を封印した書物。
 実際は本ではなくアクネリウスの遺志が具現化したものだ。
 それは歴史を記した世界の記憶でもある、とピピンは言っていた。
 その知識は膨大で普通の人間には制御は愚か身に宿すことも不可能だそうだ。
 だから賢者アクネリウスは自らの知識を自らの分身である精霊に托したのだ。
 そして産まれたのが精霊ピピンだった。
 賢者アクネリウスは何故自らの知識を後世に残そうとしたのか、それはピピンも誰にもわからないそうだ。
 ただわかっていることはそれらの知識は悪用されれば世界を揺るがすものだということ。
 だからピピンは賭けに出た。
 ピピンは全ての力を使って夜の者であるガリルを倒す、もしくは退かせる作戦。
 でももし、それが敵わないと判断した場合は、ピピン自らを差し出すという作戦でもあった。
 前者なら良かった。
 僕に禁断書の特に重要な部分を預けたことが無駄に終わるだけですむ。
 だけど、後者はピピン自身の命と引き換えの無謀な作戦だ。
 反対したけど、ピピンは聞き入れてはくれなかった。
 ピピンは禁断書を守るために生まれた存在。
 それを否定することはピピン自身を否定することと同じ意味だ。
 だからそれはできないとピピンは言った。
 僕にもっと力があれば、ピピンは死なずに済んだかも知れない。
 放心としている僕を尻目にガリルが動きだす。
 結晶の方へ近付いていく。
 結晶はこうこうと光を放ち空中に浮かんでいる。
 影が差した。
 ガリルの手が結晶に伸ばされる。
 ガリルが結晶を掴むと先ほどまで暖かな光を放っていたそれは静かになった。
 ガリルは手にした結晶を天蓋から注ぐ光に掲げ、中を除き見るような仕草を見せる。光に照らされた結晶は中で異様な輝きを渦巻いている。
 僕の目には宇宙のようにも見えたし、ピピンの命そのもののようにも見えた。

「ほぉ、これが禁断書とかいうやつか。オレ様にはなんでこんなものを欲しがるのかわからねぇが、ひとまず目的は達成した。さぁて、後は……」

 ガリルの視線が手に持つ禁断書から僕に移った。

「ウィルちゃん、てめぇを連れていくぜ。一生オレ様が可愛がってやるから安心しな。オレ様と毎日、気持ちイイコトい~っぱいしようなぁ」

 背筋が凍る。ガリルに掴まってしまったらどうなるのか、僕の一生は地獄の日々になることは間違いない。
 だったら……死んだ方がマシだっ!
 キッとガリルを睨みつける。けれどガリル本人は気にした風でもなくフッと皮肉な笑みを浮かべただけだった。
 悔しい。何もできないことが。
 でもまだ作戦は継続している。ピピンはただ、無駄に命を投げ出したわけじゃない。
 そのとき建物の内部で爆発が起こった。爆発音と一緒に地響きと建物がグラグラと軋み始める。この図書館は建物自体がピピンの分身と言っていい、とピピンが言っていたことを思い出す。建物が崩壊し始めたのだ。
 やっぱりピピンは、もう。
 落胆し、建物の崩壊と爆発音を耳にした僕は頭の中で声を聞いた。それは過細い声だった。でも恐怖は感じない。その声はよく耳にした友達に声だから。

《ゴメンネ、ウィル。守ッテアゲラレナクテ。デモ、ピピンノ最後ノ力デ君ヲ逃ガスコトハデキル。ウィル、ドウカ、生キテ。サヨナラ》
「――ピピン!」

 頭の中に直接聞えてくる心の声。
 僕も心の中でピピンの名を叫んだ。
 声だけしか聞えない。
 それでも一言一言を慎重に大切に耳に身体に頭に心で聞いた。
 ピピンのその言葉を最後に僕の身体は光を帯び始める。

「――転送の光っ! くそっ、あのデカブツ! ウィル! てめぇはオレ様のっ」

 消える一瞬、腕が伸びてきて、しかしその腕は僕を掴むことが出来ないまま弾かれる。
 光に包まれた僕はピピンの結界によって守られている。
 そうとわかるとガリルの顔が悔しさに歪んだ。

「くそくそくそっ! デカブツがあぁっ!」

 崩れた瓦礫が怒りの声を上げるガリルの頭上に降り注ぐ。
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