ウィルとアルと図書館の守人

凪 紅葉

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第二章 ウィルとアルと山頂に棲む竜

咎人たちの隠れ里

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 左の通路へ向かう。
 部屋はこちらも二つあり、ひとつ目は劣化した天井が落ちてきたのだろう。瓦礫が通路を塞がっていた。視線をすぐさま、もう一つの部屋へと向けた。
 奥の角部屋に視線をやって急行する。開いた角部屋へと飛び込んだ。

「そ、そんな……こんな、ことって……ッ!」
「ウィルッ、どうしッ――!?」

 俺の姿を目に留めて、ウィルが飛びつくようにしがみ付いてきたから、反射的に薄い背中と頭部をギュッ、と腕の中に閉じ込め、抱き締める。そして、目の前の光景に驚愕し、言葉を失った。呼吸をすることさえも一時忘れるほどの凄惨な光景が、そこにはあった。
 家の奥の角部屋。そこで俺とウィルはベッドの上に静かに横たわる老人の姿を見つけた。
 その左胸には鋭利な刃の剣が、老人とベッドを縫いとめるかのように深々と突き刺さっていた。


   ウィルの尋常ではない悲鳴に驚いたのだろう。
 アルとロガも急いで駆けつけてくれた。


「なんで、ここまでする必要性ってあるのか?」
 
  意図したわけでもないのに、発した声は震えていた。腕の中のウィルを抱きすくめ少し低い位置にある頭部に鼻を埋める。

「……外にも彼のように心臓に剣が刺さった状態の遺体があったよ。女性も、子供も、挙句、赤子まで」

 言って、口を押さえてロガはえづく仕草を見せた。「大丈夫」と小さく囁き、ウィルが俺の腕から離れて、ロガの介抱に向かう。
 共に行動していたアルがロガを心配そうな表情で見つめて口を開く。

「……彼らはエルフ族だ」
「――!?」
「魔族の末裔。私と同じ、ね。このニクルクロス村は――隠れエルフ族の村だ」
「ということは、アクネリウス様は――」
「――……いかにも」

 低い声音を響かせてヴィルゴが部屋に入ってきた。手には古ぼけた黒い本のようなものを持っている。アルとヴィルゴは視線を合わせ、手にしていた黒い本をアルに手渡した。

「アクネリウスは魔族の血を引くエルフ族だ。土地を追われ、北の地に安住を求め、他のエルフ族同様にここへと集った。ジークよ、お主もそうであったな」

 その話を聞いて俺とウィル、そしてロガが驚き瞳を見開いた。
 アルマジロの姿のアルがワザとらしく、ない肩を竦めて唇に弧を描く。

「私はすぐにこの土地から離れてしまったけどね。寒いの苦手でさぁ。あ、ちなみにこの村じゃないよ、別の村。今から千年前のね。もうちょい南に近いところだったかな、寒いのは変わらないけど。……両親と他の兄弟は内戦に巻き込まれて死んでしまったけど、ね。私が村を出て一年後に人伝で耳にしたんだ。もう、戻る術もなくて、途方に暮れたよ。遠く離れた土地で祈ることしか出来なかった」
「ジークさん……」

 ロガが何かを言葉を紡ごうとして開いたが何も言えず、唇を噛んだ。アルはロガの方へ振り返り、へラっとした表情で一言、「うん」と答える。

「十歳年の離れた妹がいてね、キララと言うんだけど、もう可愛くて可愛くて~! まだ、一歳だった」
「彼らもこの村のエルフ族も、ただ、平穏に暮らしたかっただけなのだ。だが、多種族は魔族の血を引くエルフ族を忌み嫌い、恐れている。彼らがこの世に存在しているというだけで恐怖に慄き、暴挙に至ってしまった。北の地の惨劇は数知れぬ」
「……ヴィルゴ様、やはり、ご存知だったのですね」
 と、ウィルがヴィルゴの金色の瞳を見つめながら言葉を紡いだ。彼の問いかけに瞼を閉ざし、静かな沈黙でもってヴィルゴは応えた。

「ジークの両親には世話になったからな。そして、我とアクネリウスは古い旧友であった。お前たちから禁術の書について聞いた際、奴と交わした話を思い出してな。奴の研究室へそれを取りに行っていた。【黒の書】といって、アクネリウスの一族と奴の研究のすべてが克明に記されている」
「研究のすべてが!?」

 アルは少し興奮した様子で本の表紙を開いた。一枚、また一枚と慎重にページを捲っていく。
 横目で覗くと見たこともない羅列でビッシリと文字が書かれていた。俺の知るこの世界の言語とは異なるようだ。その証拠に、口を押さえていたロガも介抱していたウィルも首を傾げている。

「アル、それ、なんて書いてあるの?」
「これは、いにしえのエルフ文字だ。当然だが君たちには読めない文字だよ。今では失われた言語だからね。ちょっと待っててくれ、今、翻訳を……、……――え?」
「ジークさん?」

 ロガが心配をそうな声音でジーク、もといアルに視線をやった。俺もウィルも、なんだ? と首を傾げる。唯一ヴィルゴだけは無表情のまま俺たちの様子を見守っていた。どうやらヴィルゴは本の中身を知っているようだ。

「アル、一体どうしたんだよ」
「……――してる」
「え?」
「感情分離の技法は、すでに完成している。そうと書かれてある。この本はいわゆる手記のようなものだよ。ここに、『私は自らの感情を離縁し、その心を四つに分けた』と記されている。ヴィルゴ様、あなたの危惧することは当たっているのかも、しれませんね……」

 ヴィルゴは何も応えなかった。その代わり、俯き、じっと何かに耐えるように視線を空虚へと向けている。
 ヴィルゴとアクネリウスはどういった関係なのだろうか?
 親しい間柄であったことは、確かのようだが。
 いや、それ以前にその事実が本当なら、夜の者の正体は……。

「つまり、夜の者の黒幕はアクネリウス様、ご本人という可能性があるってこと。だが、アクネリウス様は今から数千年以上も前のエルフ族だ。いくらなんでもそこまで長命でいるなんてこと……」
「黒幕は別に居て、四つの感情であるガリルやメルキドたちを操ってる可能性だってあるだろ?」
「そうだよ。まだアクネリウス様は黒幕と断定するには早いよ、アル。だってそうだとしたら、あまりにも……ピピンが報われない。あんなにも信頼していて、自分を生み出した主人に裏切られた、なんて……」
「……マナならば――」

 それまで黙っていたヴィルゴが口を挟んだ。その言葉をどこか重く苦しそうで、心中を察する。その眼差しは悲しみに満ちていた。

「万物の女神であるマナならば、エルフ族の寿命を延ばすことは可能だ。残念だが、ここまでの状況からマナをさらった犯人はアクネリウスである可能性は濃厚だ」
「そんな……」
「でもよ、だったらおかしくねえか? もし黒幕がアクネリウスなら、なんでそんな遠まわしな方法で禁術書を奪おうとしたんだ? 自分があずけた本なら、直接ピピンに返してもらえばいいのによ」
「ああ、たしかにね。自分では手にすることができない、何か特別な理由でもあるのかな?」
 少し青ざめた表情でロガが、言葉を発した。
 ロガの奴、相当参ってるな、こりゃ。この有様じゃ、仕方ねえけど。
「その本はお前たちが持っているがいい。これから先、必要な手がかりが掴めるかもしれん」
「はい、では、私が預かります。どのみち、今では私にしか読めない本ですし」
「うむ。では、行くとしようか。遺跡はこの先の森のさらに奥にある」
 そこで、ウィルが「あの、」と唐突に声を張り上げた。俺を含む、全員の視線がウィルに向けられる。
「お願いがあるんだけど……彼らをこのまま野晒しにしておくのは忍びないんだ。せめて、土にかえしてやりたいんだけど……駄目、かな?」
 一瞬の沈黙。
 俺たちは急ぎの旅をしている。しかし……ウィルの気持ちも理解できる。
 そう思った俺は、間髪居れず口を開いた。
「土を掘る道具を探さないとな」
「なければ、私が魔法で掘るよ」
 俺に続くようにアルがそう言葉を連ねた。横目でロガは肩を竦めて「じゃあ、やりますかぁ」と相変わらずの緩い口調でグッと伸びをする。青ざめていた表情は若干回復したようだ。ヴィルゴは少々呆れた表情をしていたが、仕方がない、とウィルの提案を呑んで各々動き出した。
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