MoTh

皐月あぢゃ

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EP1:MoTh開店

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 この辺りの一部で少しばかり有名な夜の店がある。楽しく飲める店、1人で訪れても帰る頃には笑顔で帰れる店…ゲイバー【MoTh】一般的には異色な世界なのだろうが、その不思議な世界に引き込まれる人間は多い。

「薫ママ、今日はオーナー来ないの?」
「あいつは今日熱だして死んでるよ。」

    気怠気に洋モクの煙をくゆらせながら客の質問に答える男が目に入る。この男が店を仕切っている大津薫。清潔感のある白のカッターシャツは、クリーニングにしっかり出しているのだろう。余計な皺もなく、彼の身体にフィットしている。そのまま着こなしても似合うであろうそのシャツのボタンは緩く着こなすためか、首元の2つ程が外されている。その下はこちらもまた綺麗に整えられた黒のスラックス。シンプルな服装にアクセントを加えているのは、癖のない茶のミディアムショートの髪を左サイドのみ編み込んで纏めている髪型であろう。ケバイと言うほどではないが、目元には印象が残るようなピンクのアイシャドウが特徴的である。

「熱?!じゃあ、俺がお見舞い行かなきゃ!」
「あんたが行ったら余計熱出るわよ。お見舞い行く暇あるなら店でお金落としてちょうだい。そのお金で俺が手土産買って帰るから。」

 薫の目の前にいる男はこの店の常連、鞍上誠。仕事帰りに立ち寄る事が常の様で今日も今日とて背広姿である。金銭には不自由していない様で、身につけている物はいくらか高級な品であることが見て取れる。

「まこちゃん。あんたが行くと、俺が帰ってから面倒なの。分かります?」
「え、だってオーナー熱あるんでしょ?!薫ママ実の兄が熱出して苦しんでるってのによく平気で仕事なんかしてられるね?!」
「あんた相変わらず大袈裟…30過ぎた男が熱出したくらいで身内に看病してもらってる方が大事だわよ!」
「そう言うこと、まこちゃんは心配しすぎ。」
「?!」

 今まで言い争っていた2人を割って入る様に、天然パーマなのか緩くウェーブのかかったショートの黒髪の男が笑顔でカウンターに入ってきた。

「…学、あんた寝てなくていいわけ?」
「ん、薬飲んだら楽になった。金曜だし人手ある方がいいだろ?」

 この男が先程から話題になっていた薫の兄、この店のオーナーこと、大津学。薫同様白の小綺麗なカッターシャツに黒のスラックス姿である。薫と違う点は、胸元には黒の棒タイを締めており、きっちりした印象を与えている。学の登場により、誠は目を輝かせ文字通りカウンターから身を乗り出す。側から見れば、学に食いつくのではないかという勢いで相手の両手を握る。勢いは激しいものの、相手の手をしごく大事な物の様に優しく包み込んでいる。

「オーナー!俺はオーナーの顔が見れて心底嬉しいです!けど、熱があるのに…わざわざ俺に会うために無理して来てくれなくてもっ…!」

 1人で芝居がかった喋り方をし、泣き真似をしている。そんな迫真の演技の最中も、学の手は決して離さない。そんな熱量の高い誠の行動を前にしても、大したことはないと言う風に普段通り微笑みながら学が言葉を発した。

「まこちゃんオーバーだよ?でも、俺もまこちゃんに会えて嬉しいよ」
「…学。あんたそれやるから、まこちゃん調子に乗るのよ…」

 依然として笑顔を絶やさない学の肩に手を置き、溜息混じりに薫は呟く。3人でしばらく世間話をしているとショートの黒髪に金髪メッシュが少し目を引く小柄な男がカウンターに飛び込んできた。

「薫さん、オーナー。誠さんの相手も大変だと思いますけど、ホール出てくださいよ。今テーブル満席だし、誠さんほっといてもどうせ帰らないですから!」
「君は本当に口悪いね、翼くん」
「口が悪いのは仲の良い証拠ですよ、誠さん」

 手慣れた風で誠をあしらいながら、学達にヘルプを求めに来たのは従業員の翼だった。言われて見渡せば、誠が陣取っているカウンター席以外は満席となっていた。それぞれの席に1人従業員が付いてはいるがどこか慌ただしく見える。

「あらま、大変だ。俺ホール出るから学はまこちゃんの相手しながらドリンクとかよろしく」
「了解、薫ママ」
「翼は自分のとこ戻っていいよ。俺順番に回るから」
「お願いしますねー。」

    指示を飛ばしながら、嗜んでいた洋モクを灰皿に押し付けて火を消し、薫はそのままフロアに向かった。カウンターに残された学は、カウンター内を自分の作業しやすい様に整える。頬杖をついてその様子を眺めながら、誠は相手の邪魔にならない程度に話しかける。

「いつもなら自分がカウンターやるからって、学さんにホール行かせるのにねー。珍しく気を遣ったのかね?薫ママ」
「ははっ珍しくなんて言ったら薫が可哀想だよ?あの子はいつでも周りに気を遣いすぎな子だから」
「んー…俺にももっと優しくして欲しいよ。あ、学さんいつものお願いします」
「かしこまりました」

 相手のネームプレートがかかったウィスキーボトルを手に取り、慣れた手つきでグラスに氷とウィスキーを順に入れる。品の良い琥珀色の液体が揺れるグラスを店のロゴ入りの紙コースターを添えて相手に提供する。

「お待たせいたしました。ワイルドターキー12年物のロックです」
「ありがとー…それにしても、店もだいぶ繁盛してるね。俺帰ろうか?学さん今から忙しくなるだろうし…」
「大丈夫だよ。まこちゃんはそんなこと気にせずに好きなだけ飲んでって」

    笑顔で相手に告げると、誠は嬉しそうに微笑みながらウィスキーに口を付け2人でしばらく談笑していた。

「あっ誠!お前いるなら俺のとこに顔出せって毎回言ってるだろ!」
「あら、伸吾きてたの?どうりでこの辺汗臭いわけだわ」
「薫、お前…その言い方はねぇだろ?」

 フロアの端から体格のいい男が声をあげる。褐色の肌が目を引くこの男は店の常連である江崎伸吾。常連の中では比較的年齢が上のためか兄貴分的存在である。自分から声をかけた誠をよそに、憎まれ口を叩く薫に向かって足を向ける。かたや薫は、相手の事などお構いなしに他のお客のテーブルを回っていく。

「相変わらず伸吾さんは薫ママにあしらわれてるねぇ」
「ある意味お互い信頼してるから成り立つ関係なんじゃないかな?確かにかおるは口が悪い方だけど誰彼構わずあんな言い方するわけじゃないし」
「学さん…薫ママの俺に対しての対応見てそれ言う?」
「薫は素直じゃないから。好きな相手には強気な態度とっちゃうんだよ。」
「学さんが言うなら信じるけどさー?あ、学さん俺に勘定つけて好きなドリンク飲んでくださいね?」
「ありがとう。じゃぁ、お言葉に甘えて」

 誠が促すと、学はグラスにオレンジジュースを注ぎ用意する。今日は病み上がりだからソフトドリンクいただきますね、と一言添え相手のグラスに自分のグラスを軽く傾け乾杯をした。

 閉店時間が近づき、客足も引く。カウンターで最後まで腰を据えていた誠も自分の時計を確認し、席を立つ。

「じゃぁ、今日もそろそろお暇しますね。学さん、しっかり休んでくださいね!」
「はいはい、ご心配ありがとう。まこちゃんもゆっくり休んでね。」

 勘定を済ませると、誠に軽く手を振りながら挨拶をする。いつもの様に店の外まで見送ろうとすると、本調子じゃないのだからと止められた。また来週にでも来ますね、と去り際に言葉を残し誠は店を後にした。誠が去った後のカウンターを片付けながら学は軽く店内を見渡す。お客の姿はなく、従業員達が真面目に閉店準備のため店の清掃を行っていた。そんな中、店の隅に目をやると薫が誰かの介抱をしている様である。

「あれ、薫。もしかして…」
「そう。伸吾がまた潰れてんの。」
「あらら。片付けもほとんど終わってるしレジ締めなら俺だけでできるから、送ってきてあげたら?」
「学、あんた熱出てたんだからそんな気使わなくていいの!レジ締めも俺がやるから。伸吾なんてその辺で転がしとけばいいし。終わってから俺が送るから。学はもう帰って。」
「でも…」
「そうですよ、オーナー!レジ締めなら俺も手伝えますから!安心して帰ってください!」
「そうそう。翼にもそろそろレジ締めくらいできるようになってもらわないといけないしねー。あんた計算間違えないでよ?二度手間になるんだからー」
「その言い方は薫さんひどいですよー」

 なよなよと薫の方に向かって翼が歩み寄る。そんなやり取りを眺め、学はクスリと微笑んだ。

「じゃあ、お言葉に甘えて今日は退散させていただきますね。後は薫ママ、みんなよろしくね」

 早く帰れと追いやられ、学は店を後にする。これがこの店の日常。店の閉店と共に街の夜は更に深まっていく。
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