遥かな星のアドルフ

和紗かをる

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第1章「アドルフという名の少女」

1-4

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 発 ドイツ連邦 参謀本部 
 宛 ドイツ連邦 特殊士官養成機関 黒い家 司令官

 貴隊は速やかなる戦闘準備命令に従い、任地であるミュンヘンより南進、ハンガリー同盟サトゥ・マーレ要塞の視察及び監視を実施。
 また、ハンガリー同盟の交戦意思の確認を行い、意思弱きと感ずればこれを誘引し、強気と見れば挫き、もって開戦の礎となるべし
 貴隊は右に必要と判断する支援を受ける 
 此の指導監督を担う憲兵二個小隊が追って派遣される。
以上
 ドイツ連邦 陸軍 総司令官 ルンテシュテット・フォン・ビスマーク大将

「はぁ~、ご大層な文章だこと、でもコレって、今この川にでも捨てちまえば、罰せられるのは俺だけで良くないか?」
 足元の川を、真剣な目で見つめるオットー兵曹。
 割と流れの速いその川は、馬でさえ渡るのは厳しそうだ。
 命令書の一つ、落としたところで、誰も拾うことは無いだろう。
「よぉし!」
 上官であるワルトリンゲン中尉相当官には、橋で転んで川に落としたと報告すればいいか。怒られるし、下手したら免職だろうけど、それでも良い。どこかでこうむった恩は返さなければならないし、それがこんな形でも良いだろう。
「駄目だよオットー兵曹・・・・・・」
「え?」
「その命令書、すっごく大事なんだろう?赤色金線封が施してある命令書なんて、このミュンヘンでははじめて見る、そんな命令書を川に捨てたら、銃殺されちゃうよ?オットー兵曹」
「お前っ、いつの間にそこに??」
「オットー兵曹が軍の建物から出て不審すぎる行動してるって、通報があってね、知ってるでしょボクたちはミュンヘンの治安維持に一役買っているってさ、だからいつもと違うことがあれば、なんでもすぐに報告が上がってくるようになっているんだ」
金色の髪の毛の中にオレンジの三角耳が少しだけ出ている少女が、川辺の木に腰かけて足をぶらぶらとさせ、こちらを見てほほ笑んでいる。
「なんだかな~、俺たち大人だって威張れないなもう、お前らのが充分組織やってるよ、ほんと」
「そうかな?ボク達はボク達で好きにやってるけど?上司の命令とか、ほらオットー兵曹が大嫌いな上司のそのまた上の上司とかってボク達関係ないしさ」
 さらっと輝く笑顔に、思わずオットー兵曹の胸は高鳴ってしまう。
 年齢の差が十以上有るのだが、十五歳になろうとしているアドルフは、その年代特有の瑞々しい魅力に溢れていた。
「宮仕えは大変だよ、って、お前たちもコレから!」
「?」
 シュタッと木から無駄のない動きでオットー兵曹の前に立つアドルフ。
天然の笑顔で無邪気にオットー兵曹を覗き込む。年齢以上に身長差もあるので、アドルフは見上げるように首を捻る。
 その顔には全く邪気がなく、素直にこちらを見上げている。
 その顔にオットー兵曹は胸を抉られるような痛みを覚えた。アドルフの天使みたいな笑顔を、血に染める役目を自分が背負っている事に。
「うっと、ええとな」
「ん?なにオットー兵曹?」
 言えるわけが無い。これからお前たちは何の理不尽か、ドイツ連邦中央参謀本部からの命令によって、ハンガリー同盟領内に侵攻、開戦の口火を切るための犠牲の羊になれなんてこと。
 やっぱり、こんな命令書無かったことにしよう。大丈夫、俺が罪をかぶれば良い。頭の良いこいつらの事だ。俺が捕まって捜査が始まれば、新しい命令書を携えた、どこぞの間抜けがやってくる前に、対策を考えることだろう。
 アドルフだけじゃ無理かもしれないけれど、黒い家には彼女だけじゃない。
 見るからに頭が良さげなハインリッヒも、すばやさにかけてはこそ泥もスリも追いつかないミカエラもいる。山狩りでいつも大物を仕留め、八百メートル先のビール瓶を打ち抜くスリエラもモスクワ=ロシア二重帝国のもっと東からやってきた、格闘馬鹿のクルス。
 そのほかにも、八十人の仲間がアドルフには居るんだ。
 どうにかなるだろう。
「いや、なんでもねぇよアドルフ」
「ん!駄目だよオットー兵曹、うそだって分かっちゃうよそんな顔じゃ」
「そうですオットー兵曹、ここは素直にその命令書をいただけませんか?アドルフは既に中身を知っていますし、その上で黒の家は動こうと考えているんですから」
「おわっ、ってまた、ハインリッヒもどこから現れた!」
「嫌ですねオットー兵曹、アドルフと一緒に現れてましたよ僕は、幾らアドルフが美形だからって彼女を見すぎです・・・・・・変態ですか?」
「??変態なの?オットー兵曹は?」
「だぁ~違う、俺は決して変態じゃない!あ~もう、ハインリッヒ、内容をもう知ってるって?」
 冷静になれば分かる話だ。極秘だろうが門外不出だろうが、ミュンヘンで黒の家に関する極秘がアドルフやハインリッヒに対して守られることは無い。
 オットー本人もそれは知っていた。
しかし、自分達大人よりも組織運営に長けていてるのは勿論だが、なにより黒い家自身の情報収集能力ここまでとは。
 いや、違う。と、オットー兵曹は苦い口の中だけでつぶやく。
 見くびっていたんじゃない、こいつらに知られたくないって俺が勝手に思っていただけだ。
「概ね、ですがまあ細かいところは実際に見てからと言ったところでしょうか?ですが大筋でハンガリー同盟方面へ出陣するって事でしょう?」
 すらすらと抑揚少なく喋るハインリッヒ。いつからアドルフ達、黒の家に参加したのかオットーは知らないが、黒の家の中で一番この少年が彼は苦手だった。
 自分よりも大人な言動といい、ミュンヘンに巣食っていた癌を撲滅する際の作戦が、この少年から出た物だと知れば、苦手にもなる。
「そうだけどよ、全くその通りなんだけどよ、意味判んねぇだろ?お前たちはガキなんだし、元々あそこは孤児院だったんだぞ?それが何でこんな軍組織バリバリの参謀本部から命令書が届くんだ?」
「ですね、元々参謀本部には命令権って無いですし、まぁだから命令者は陸軍となってるわけですが、確かにおかしな話です、まるで参謀本部が発足当初のモルトケ体制まで戻ってしまったみたいですよね」
 参謀本部発足当初、参謀の立場があやふやだった為、大混乱した事は良く知られている。
「突っ込むところそこかよハインリッヒ」
「あのねオットー兵曹、もう命令書があっても無くてもね、ボク達は動かなきゃならなかったんだ・・・・・・、三年前の事件を起こした首謀者のボク達がいつまでもミュンヘンでのんびりしていられる訳が無いってね、もう前からリッヒとか、他の子たちとかは相談していたんだ、ボク達はいずれミュンヘンを出なくちゃならないって」
 三年前。アドルフ達は複数の人類種の家が無理な借金を背負わされ、破産させられていった事。借金を払えず、更に家族を身売りに出さなかった家にた対し、犯人が見せしめで惨殺を行った事をきっかけに動き出した。
 相手はポーランド、ハンガリー、オーストリアに跨る国際犯罪組織、ミュンヘンで傍若無人に動いていたのはその下請けの下請けレベルだろう。だが、その人数は五十人はくだらなかった。
 その五十人に対して、当時の黒の家は十代以上が三十三人しか居なかった。それでも、アドルフ達は戦いを挑み、時には路地裏で、時には酒場で相手を排除していった。
 当時まだミュンヘンに帰って来たばかりだったオットー兵曹は、この騒ぎを体感はしていたが、実感はしていなかった。
 いつの間にか柄の悪い連中が死んだり、傷を負って逃げ出したり、最後には姿が見えなくなった。そして街が明るくなったとしか実感できなかった。
 オットー兵曹が黒の家の真実を知ったのは、事が完全に終わってから数ヵ月後、上司から教えられてやっとだ。
「犯罪組織が何だってんだ、俺は軍人だし、ミュンヘンのみんなはお前らを絶対に守るぜ」
「・・・・・・」
 先ほどまでの笑顔が一転、今度は悲しくて泣き出しそうな、それでも涙を耐えている様な顔で見つめられる。
「それじゃあ駄目なんだよオットー兵曹、それを一番アドルフはさせたくないんです、この街のみんなが巻き込まれることは避けたいんです、何せ相手はもしかしたらドイツ参謀本部さえ動かす組織力を持っているかもしれないんですから」
 真実はただ事務を行っていた狸兵の単純なミスなのだが、それをハインリッヒが知るすべは無い。
「だがよ」
「いいんだよオットー兵曹、ボク達はボク達らしく行く、そう決めていたんだ、残していく子達も居るからそれはお願いしなきゃだけどね、お願い、できるかな?」
「くっ」
「オットー兵曹、僕からもお願いします、どうしたって十代にもならない子たちを連れてってのは難しいと思うんです」
 オットー兵曹は口を開かず、普段あまり使わない脳みそを無理に使おうと努力してみる。
 彼には、何か違和感があった。
 それが何か思い当たらない内は、ハインリッヒの願いでも、アドルフの頼みでも頷いてはいけない気がしていた。
 なんだ?なにが違う?
 戦場になるかもしれないって場所に行くのに、十代にもならない少年少女を連れて行くってのは、確かに馬鹿のやることだ。
 足手まといだし、自分さえも守れるか判らない場所に連れて行ってどうする?
 だが、なにかが、なんだこの違和感は
「おいハインリッヒ」
「なんです?」
「お前ら何か勘違いしてやいないか?」
「はい?少年少女を残して戦場へ行く、至極全うなことを言っている気がするんですがオットー兵曹」無表情ながらハインリッヒの顔に、わずかながらではあるが無防備な疑問府が浮かぶ。いつもこんな顔が出るなら、こいつも人生楽だろうに、と思いながらオットーは思いつきを口にする、
「それが間違いだってんだよハインリッヒ!大体な、お前ら街の住民が巻き込まれないように戦場へ行くって話な、字面だけ見れば格好いいことこの上ねぇ、だがなぁ、残された街の人に犯罪組織が八つ当たりをしないって保証がどこにある!まぁ街の人間は大人さ、それも自業自得で納得ずくって奴かもしんねぇ、だけどよ、お前らがあの後保護したガキ共はどうすんだよ?」
「えっと、だからさオットー兵曹」
「うるせいアドルフ、おれはまだしゃべってるんだ!お前らが居なくなって、街の連中も犯罪組織の八つ当たりで四苦八苦してるって時に、ガキだけでどうするんだよ?お前らだけで孤児院を何とかした時とは違う、街の人に余裕はねぇし、犯罪組織だって下手したらガキ共を拉致するかも知れねぇ」
 オットー兵曹の言葉に、ハインリッヒがはっとした顔を見せる。
 如何に頭が回って、大人顔負けの作戦を立案するとは言ってもまだまだ子供だ。経験から来る予測が足りず、自分の策が独善的になりすぎていることに気付いたのだろう。
 この時点で気付くって事自体が異常なんだけどな・・・・・・。とオットー兵曹は更にハインリッヒを苦手に思うことになるのだが、ハインリッヒ本人は好き嫌いの感情にはとても疎いので一生気付くことはないだろう。
「そんな・・・・・・」
「気付いていなかったのかアドルフ?なぁ俺は思うんだがよ、拾っちまったんなら最後まで責任を取るしかないだろう、俺が犬種だから言ってるんじゃねぇぞ、捨てられるってのは、こう本能から恐怖なんだよ、それがさ、拾われて、一回自分が、ああ、幸せになれるかもしれないんだ、と思っている時に、も一回捨てられるなんて事はさ、やっぱりお前らにはして欲しくないんだよ」
「オットー兵曹・・・・・・」
「意外に優しいんですね、オットー兵曹気付きませんでした」
「良いって事よ、それじゃあこの命令書は・・・・・・」
「だから駄目だってオットー兵曹、その命令書が無くちゃ出来ないこともあるんだから、うん、リッヒ考えてくれる?」
「承知いたしましたアドルフ、君の命令ならば幾らでも」
「ははっ、じゃっよろしく、オットー兵曹ありがとね」
 川に投げ捨てようとしていた命令書を、華麗にジャンプして奪ったアドルフは、背後にハインリッヒと、その更にまた背後に少年少女たちを従えて走っていった。
「最終的に俺は、何人の奴らに囲まれていたんだ?」
 川のすぐ近くの土手でこちらを見上げていた少年が、にやりと笑うと、先ほどアドルフが去っていった方向に走っていった。
「敵わないな、まったく」
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