遥かな星のアドルフ

和紗かをる

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第2章「憲兵隊准尉の憂鬱」

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「それで、座興は終わりかな少尉、准尉?」
「はっ、申し訳ありません大佐」
 胸元の乱れを直した上で、きちんとした敬礼をするミント少尉。その横で意識を回復したばかりのユリウスも、ミント少尉とは雲泥の差の、それでも本人にしたら緊張して敬礼を行う。
 彼らの正面に座るのは、ここが憲兵隊司令室であるとおり、ドイツ連邦憲兵隊司令、フリードリッヒ・ノイバンシュタイン大佐だった。
 年齢は中年を過ぎてはいるが老年ではなく、引き締まった体は今でも馬術大会上位に食い込むほど洗練されている。
 白い髪の毛は手入れが行き届き、右目にはめている片眼鏡も渋さを演出している。
 これで、大戦時は歩兵中隊を率いてタンネンベルグ会戦を生き残ったと言うから、筋金入りのドイツ軍人であることは間違いない。
「どうやらやんちゃな集団が、無茶な事をいいだしてね、憲兵が介入することは無いかも知れないが、助け舟はだしてやらんとな」
「やんちゃ集団?」
「馬鹿っ、憲兵に無理難題吹っかけるのは参謀本部って相場が決まってるでしょ?それで大佐、具体的には?」
「奴らはポーランドの後押しでハンガリーと一戦交えるつもりらしい、それはそれでまぁかまわないが、その大義名分作りに子供達を使おうというのが、けしからん」
「子供達ですか?なんですそれ」
「奴らの話では、大戦時に創設された特殊な兵を養成する施設だと言うが、私は大戦前も大戦後もミュンヘンにそんな施設があるなんてことは聞いたことが無い」
「ミュンヘン?子供達?何か聞き覚えがあるような・・・・・・」
「そうね、確かに、ちょっと前、たしか准尉がまだ士官昇任試験真っ最中だった頃位に聞いたような?」
 二人して顔を見合わせる。
 確かに三年ほど前にミュンヘンで子供達、というキーワードで何か合った。それほど大きな事件ではなく結局憲兵は絡まなかったので扱いは小さかったが、内容は痛快なもので、久しぶりに胸が晴れるような事件だった。
「ああ、確か」
「そうね、確か子供達のグループが国際犯罪組織の支部を叩き出したって話だったわよね?」
「その通りだ少尉、つまりかのミュンヘンの孤児院を独力で運営している少年少女が居る確か黒の家だったか、そこをあいつらは特殊な機関だと勘違いしたのではないかと私は思っている」
「国際犯罪組織ってのの横槍とかですか?」
「まさか、幾ら参謀本部が腐っているって言っても、曲がりなりにも国家の軍隊よ?たかが犯罪組織程度に人事や作戦を左右されてたまるもんですか」
 彼女の言うことは正論だし、そうでなきゃ困る話なのだが、ユリウスは犯罪組織が国家を動かす可能性はあると考えていた。
 普通に考えて軍隊に命令権を有する大統領府の政治家達は、支援団体という名の民間組織の意向を無視できない。
 軍隊を直接動かせなくても、犯罪組織が民間の支援団体に圧力をかければ、いとも簡単に軍は犯罪組織の意向で動くのではなかろうか?
 ただ動かせる事と実際に動かした事は別の意味で、ハンガリー同盟との開戦まで意図した計画を犯罪組織程度が考えて実行させたとは考えにくい。
 しかしだ
「大佐、ハンガリーとの開戦、参謀本部は本気なんですか?」
 それは今のドイツ連邦の現状から言って、全く不合理でしかない。大戦後の軍縮計画、有能な士官の相次ぐ退任、自刃騒動。
 まともな正面戦力は大国の意思で設立されていない。大戦前の装備は世界屈指だったドイツ連邦国防軍だが、大戦後ではハプスブルグ大皇国の装備にも劣ると言われるようになってしまっていた。
 そのハプスブルグ大皇国も敗戦後は領土の半分を割譲され、いまや中世の大国も、昔日の面影も無い。
「本気なんだろうな、しかし実際に戦うのはポーランド合衆国だろう、ドイツ連邦を盾にして、彼らはハンガリー同盟に恨みを晴らしたいのだろうな」
「そんな、子供じゃあるまいし」
「いいや少尉、ポーランド合衆国ならやりかねんよ、あの国の大統領は、落選後には犯罪者扱いされて投獄されるようなお国柄だ、在任中になるべく功績を残さないと自らが危ない、そう現職大統領が考えるものだから、やり方が稚拙にもなる、とにかくだ、我々の仕事は出された命令が遵守、遂行されることを確認、違反者を摘発することだ、よって憲兵二個小隊は武装の後、ミュンヘンへ移動、黒い家が命令遂行するのを確認すべし」
「はい!」
 今度は二人同時の、非の打ち所の無い敬礼だった。
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