うつろな夜に

片喰 一歌

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彼女の独白

第二の人生

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 結論から言えば、おばあちゃんはとても長生きした。ぎりぎりまで、わたしを独りにはすまいという意地もあったのだろう。

 わたしなんかではなく本物の娘さんやお孫さんが看取るべきだったのかもしれないが、最期を見届ける事ができてよかったと心から思う。

 そうでなければ、わたしはいつまでもおばあちゃんの死を受け入れられないでいただろうから。

 彼女は死ぬ間際に、沢山の贈り物をしてくれた。

 なんと、いままで厳重に保管してきたお洋服たからものを譲ってくれると言ったのだ。

 いまでもきっと十分すぎるほどに価値のある、おばあちゃんが生前に心血注いで作った作品を、こんなわたしにひとつ残らず託してくれるとは。

 彼女の要望で身に纏った夜の帳を慎重に脱ぎ、わたしは決心した。

 ここに、ただ一人のためだけの楽園を作り上げよう。

 おばあちゃんが大切にしてきたお洋服たちには、わたしの住む粗末なアパートは手狭。なにより似つかわしくない。煌びやかなお洋服たちが、あんなところにあってはいけない。

 だから、この立派なお屋敷全体を使って、出番の遠のいていたお洋服を飾り付ける。そうして、ここをおばあちゃんの作品の美術館にしてしまうのだ。

 訪れるお客様はいないけれど、我ながら冴えている。
 
 愛のこもった素敵な作品たちを、このままずっと眠らせたままではいけない。でも、わたしには着こなす事ができない。外見も内面も貧相な、凡人以下のわたしには。

 おばあちゃんがわたしにすべてを譲ったのは、この子たちが再び輝く場を与えるためだったのかもしれない。

 孤独であわれ、つまらない孫を彩る魔法のつもりで寄越した……。彼女はわたしをそんな風には評価していなかっただろうが、いずれにせよわたしが着用する想定であり、それもまた彼女の願望だったのだろうと自惚れてもいいはずだ。最期の願いに鑑みると。

 …………けれど、ごめんなさい。その願いは、わたしには重すぎる。先ほどドレスを着たときに、完全に理解してしまった。

 あの重さは、おばあちゃんとの思い出にも等しいものだった。アルバムを見せてもらいながら談笑に耽る日々が思い起こされて、たまらない。

 この一張羅の繊維という繊維がこの身に巻き付いて、締め付け締め上げ、わたしの命を根こそぎ奪っていけば幸福なのに……。

 そう思い詰めてしまうほどに、あなたを喪った傷をじゅくじゅくと育て膿ませる一方のわたしなどが、もう二度とあんな立派な衣装の数々に袖を通す事などできはしないのだと。

 だから、次善策。妥協と言われるだろう。でも、これがいまのわたしにできる最上の事だと思うから、やり抜くの。コロンの香りが消えないうちに、お屋敷いっぱい、可愛いたちを展示する。

 そのために、どうかもう一度、目覚めてほしい。おばあちゃんの史上の最高傑作たちマスターピースよ――――……

 そうはいうものの、どこから手を付けたものか。

 相談できる人物のなかったわたしは、気の向くままに全作品を出し、並べてみた。

 お気に入りの一着を探し出した際にも思ったが、やはり同僚たちはきちんと仕事をしてくれていた。手入れの行き届いたそれらは年季をまったく感じさせない。

 次に、テイストごとに仕分けして……。そのあとは、用意しておいた間取り図を参考に、部屋ごとのテーマや配置を決めていく。

 ……案外、ちゃんとできるものだ。誰かに見せるものではないのだから、別にそうまでする必要も本当はなかったが、わたしがそうしたかった。

 死者がどこに行くかなんて知らない。というか、生きものはその名の如く、死んだらおしまいだと思う。

 残るものなどなにひとつない。幽霊なんてものは存在しないし、死んだ人が星になって空から見守っているなんていうのも、心の拠り所をなくした昔の人の創作。

 冷酷にもそう決めつけ、せせら笑ってさえいたはずだったのに。すっかり弱ったわたしは、そんな夢物語にも縋ってみたくなってしまった。

 見せたいと願ってしまった。おばあちゃんの作品はいまもここに生きているのだと、もうどこにもいないかもしれない彼女に向けて証明したくなった。

 ここに、ただ一人おばあちゃんのためだけの楽園を作り上げよう。

 いまのわたしは、この誓いを、一方的な約束を果たすために生きている。そう思うと、不思議と力が湧いてきた。

 だが、そこからが長かった。

 少しのほつれも許されない。最低限の修繕技術は持っているが、素人のわたしがプロフェッショナルの作品に手を加える事など、いかなる理由があろうとあってはならない。

 イメージするのは、針に通す直前の糸。ぴんと張りつめて、決して気の緩まないように。細心の注意を払い、一着一着を慎重に運び込んでいった。

 そうして今度は、時間をかけて搬入した芸術品の位置を微調整。その工程を何度も何度も繰り返し。ぴたりと馴染む配置を探り、一区画ずつ丁寧に作り上げていく。

 苦心して完成した美術館を審査してくれる人など、もうどこにもいはしない。本当はわかっている。

 だから、わたしが引き受けよう。想像以上の出来映えだ。自分で自分に人生初の、満点を。最初で最後の秀を、わたし自身に。

 それからの生活は、意外にも楽しいものだった。ずっと憧れていた素敵な作品に囲まれて暮らす贅沢。埃っぽさもまた、幸せ。

 広々とした豪邸に寒々しさはなく、毎日違う服の手入れをして過ごした。おばあちゃんとのお喋りの続きをねだるように、布のかたまりに話しかけた。返事はない。当然だ。けれど、寂しくはなかった。
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