うつろな夜に

片喰 一歌

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ある船乗りの懺悔

真逆の相棒

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「ところで……」

「本当に誰も住んでないらしいな、ここには」
 
「そうだな。柵は錆び付いて、庭も荒れ放題だ」
 
「どうなってんだ、この村は……」

 慎重なほうの男が、ふわふわした癖毛を撫でつけて言います。

「人っ子一人いやしねえ。本物のゴーストタウンじゃねえかい」

「参ったな……」

「…………ん? おい、見ろよ! あそこにすげえ屋敷がある」

 倉庫街を抜け、噴水広場の十字路を右へ曲がって進むと、前方に豪邸が見えてきました。いち早く気付いたのは、右腕に深い傷痕のある、せっかちなほうの男。興奮した彼は、癖毛の男の肩をしきりに叩きます。

「ああ、そうだな」

「なんでいつも通りなんだ、お前は」

 お宝の気配に早足になる傷の男とは対照的に、そのままのペースを崩さない癖毛の男。並んでいた二人の距離は徐々に開いていきます。

「いや……だってなあ? 家がご立派だからって、内装や家具に至るまでそうだとは限らねえだろうが」

「言われてみりゃあ、それもそうだ。見栄っ張りな庶民が多いよなあ。あいつら、他人に見える部分だけはブランドで固めてるんだもんよ。家にペットに、それから服だ! ご婦人方なんざ、夜会でもねえのに真っ昼間っからドレス着て粧し込んで……。どんなご身分だ? いつの時代だ! 笑っちまうよ。なあ?」

 互いに聞こえるよう、大声で会話を続行する二人。傷のある男は、両手を頭に当てて後ろ歩きになっていました。その道に障害物はなく、最後に使われたのがいつなのかわからないほど滑らかに均されています。

「それだけ他人を見てくれで決めつける奴が多いって事だ。そいつらだけの問題じゃねえさ。着れるんなら誰だって好きなときに好きな服着て過ごしゃいい。数十年前に流行ったとかいう装飾だらけの服がまたブームらしいしな、そのせいってのもあるんだろうよ」
 
「まあ、それなら仕方ねえか。…………で、どうする?」

「行く以外の選択肢なんて、いままであったか?」

「いやあ、一度も!」

 二人の海賊は向かい合ったまま、豪邸に歩を進めます。先ほどまで充満していた恐怖心は鳴りを潜め、落ち着きのない好奇心が彼らの足を動かしていました。

「えーと……お邪魔します、でいいのか?」

「こんにちは。どなたかいらっしゃいませんか?」

 巨大な門扉に到着した彼らは、手前にあったベルを鳴らしました。しばらく待っても返事がないので、しびれを切らして大声で呼びかけてもみましたが、もし誰かが在宅していたとしても、そこからではいくら声を張り上げようと家の中には届かないでしょう。

「…………誰もいねえな。鍵も開いてる」

「たまたま留守にしてるようにしか見えねえが……」

 他の家は朽ちかけてツタが這っているにも拘らず、その家だけは、門や塀のみならず外壁から屋根に至るまで手入れが行き届いているように見受けられました。
 
「建物だけならまだしも、問題は庭だ。ここは人家に違いねえ。他を当たろう。まだ時間はあるし」

「でも、いまさらじゃねえか。俺たちゃ海賊、とっくお尋ね者だろ。なにを躊躇う必要がある?」

 癖毛の男にはとてもここが廃墟だとは思えず、尻込みして来た道を引き返そうとしますが、傷の男は彼の腕を掴み、なおも焚き付けようとします。

「お前の言いたい事はわかる。確かにそうだ……。だけど、さっき確認したよな? いま、家主は留守にしてる。何度もしてきた略奪と本質は同じだろう。でも、肝心の相手がいねえんじゃ、海賊じゃなくてコソ泥じゃねえかよ。俺たちはいつから泥棒になったんだ?」

「はっ! 随分ご大層な志をお持ちじゃねえか。前世は神様お貴族様かねえ? ……じゃあ、今度は俺が聞くけどよ。目の前にこんなチャンスが転がってるってのに、手ぶらでおめおめと帰っちまうのかよ?」
 
「まだ持ち帰れるような宝があると決まったわけじゃない」

 相棒の煽りも無視し、努めて冷静に返す彼の額には、うっすらと汗が浮かんでいます。なし崩しに海賊になったのは傷のある男も同じだったはずですが、いつまでもその暮らしに馴染めない癖毛の男とは違い、彼は弱いながらもそれなりに無法者としての人生を謳歌していました。奪われ続けた反動で、奪う事がなにものにも代えがたい快感になってしまっていたのでしょうか。

「なあ。忘れちゃいねえか? 他の奴らの存在を。まだこの近辺にゃ来てねえようだが、じきに見つけて宝探しを押っ始めるはずだ。早いか遅いかの差しかねえ。俺らがあの港に下り立った時点で、この家の主の運命は決まってたんだよ」

「そうだったな。…………行くか」

「ああ、行こうぜ!」

 根負けした暗い表情の男は、傷のある右腕に引っ張られるようにして、屋敷へと続く道へ踏み出しました。
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