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ある船乗りの懺悔
生還者
しおりを挟む「生存確率ゼロって事か。えらいとこを通っちまったんだな……」
「ゼロじゃないですよ。だって、あなたは生きてます! すごいなぁ。怪我だってそんなにしてないですし!」
この場に不釣り合いな明るい声音で励まされ、癖毛の男は苦笑します。確かに、木片にぶつけた部位を除き、彼はほぼ無傷でした。疲労も特には感じません。
「ほぼゼロじゃねえかよ。……って、ちょっと待て。下に国があるってどういう事だ? お前は一体…………ん?」
真顔に戻った男。癖毛の頭を傾けて、金髪の男の程よく焼けた剥き出しの上半身から少しずつ視線を下にずらしていくと、髪の大部分と同色の美しい鱗で覆われた下半身に行き着きました。
「びっくりしちゃいますよね。そうです。僕、人魚なんですよ」
「人魚っていたんだな……。というか……そうか、男の人魚か。人魚っていうと、どうしても女のイメージが強いんだが」
癖毛の男が正直に伝えると、人魚の男からは意外な言葉が出てきました。
「ですよねぇ。……っていうか、僕が人間でも女性の人魚に会いたいです! だって可愛いし」
「思ったより変な奴だ」
「あはは、すいません」
「俺のほうこそすまなかった。人魚ってのは、人間を海に引き摺り込む怪物だと思ってたよ……。まさか逆に助けられるとはな。噂ってやつは全部いい加減で困る。信じてた俺も間抜けだが」
「あ、そういう個体もいないわけじゃないと思います。でも、人間には近付きたくない人魚が多いんじゃないですかね」
癖毛の男から小さな子ども一人分ほどのスペースを空けて腰を下ろしていた金髪の人魚は、急に海に飛び込んだかと思うと、一度潜って、再び顔を出しました。
「人魚は人間が嫌いなのか?」
「好きか嫌いかでいえば、嫌いな個体が圧倒的に多いと思いますよ。海を汚す人とか、人魚をいやらしい目で見る人とかもいますからね。まぁ、そういう人は人間たちのあいだでも嫌われてそうですけど」
人魚の男は頭を軽く振って水気を払い、長い前髪をかき上げます。遠くを見つめる瞳は少しの感情も宿していませんでした。
「お前もそうか?」
「全部の人がそうってわけじゃないですし、人間ってだけで嫌ったりはしません」
人魚は先ほどよりも大きく首を横に振ります。
「……そうか。助けてくれたのがお前でよかった。ところで、いま座ってるこの島……島でいいんだよな? 船に乗ってるときにはなかった気がするが、見落としか? それとも、さっきいたとこからは離れてるのか」
彼は船体が海中に沈んでいくとき、ちょうど貯蔵庫の整理をしていました。なので、直接確かめたわけではありませんが、部屋の外で船員の一人が『近くに島もねぇ海のド真ん中』と大声で騒いでいるのを記憶していたのです。
「いや、すぐそばです。ここもさっきまではなかったと思いますよ。干潮のときにだけ現れる島ですね。岩肌が濡れてるでしょ? 普段は海の中にあります」
「なるほどな」
「といっても、あんまり安心できないんですけどね。満潮になる前に他の島に行かないと……。お体大丈夫そうなら、早めに移動しちゃいましょうか?」
ひと足先に海に入って準備万端の彼は、気遣わしげに癖毛の男の全身に視線を走らせます。せっかちだった相棒を思い出して、癖毛の男は微笑みました。
「気ィ遣わせてすまねえな。問題ないよ。道案内を頼めるか?」
「わかりました! 僕はあんまり力なくて乗せてあげられないんで、友達に頼んでみますね。近くにいるといいなぁ」
「友達?」
癖毛の男は、言うなり見えなくなってしまった人魚の波紋を数えて待ちます。
「…………お待たせしました!」
「全然待ってねえよ。そっちのツルツル肌の奴が連れてきてくれた友達か」
時間にして数分後。人魚の男は前とほぼ同じ位置に現れました。彼は癖毛の男に大量の水飛沫を浴びせてしまった事に気付かずに、彼の右隣に顔を出して上機嫌なイルカを撫でています。影を見るに、癖毛の男の身長の倍ほどもあろうかという体長のその友達は、期待のこもった目で彼のほうへ距離を詰めてきます。
「はい、僕の大切な友達の一人です!」
「そうか。知らねえ人間のためにありがとう。よろしく頼む」
彼はこれまでにも船に並走して泳ぐイルカの群れに遭遇する事はありましたが、実際に触れ合うのは初めてです。びちゃびちゃな服の裾を絞るのを中断し、近付いてきたイルカをそっと撫でてみると、気持ちよさそうに頭を押し付けてきたので、今度はもう少ししっかり撫でてやりました。
「すっかり仲良しですね。じゃあ、出発しましょうか。僕の島まで」
「ああ、よろしく」
癖毛の男が断りを入れてイルカの背に跨ると、快適な海の旅が始まりました。人魚はイルカと同じ速度を出しているにも拘らず、フォームを崩す事なく華麗な遊泳を見せます。彼の泳ぎや頬をくすぐる風、遮るもののない蒼海の絶景などを楽しんでいるうちに、三人は何隻もの船が並ぶ島に着きました。
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