うつろな夜に

片喰 一歌

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ある船乗りの懺悔

悪夢の序章

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「そんな……。僕にとっては願ってもない事ですけど、でも……! あなたはそれだけの理由で海賊を続けるっていうんですか?」

「ああ、それだけってわけでもねえさ。だって、海賊船に乗ってんのが海賊じゃなかったら興醒めだもんな」

 息を呑んだ人魚に向かって、癖毛の男はそう言い切ります。

「なんだか、あなたって海賊っぽくないですよね」

 と口を尖らせる人魚。彼はのびのび育ったせいか、思った事をすぐ口に出してしまいます。

「海賊っぽくない? どういう事だ?」

 いままで癖毛の男の恐喝や暴力の被害に遭った者たちは、みな恐怖を浮かべた目で彼の顔色を窺っていました。確かに彼は団員内では最弱だったかもしれませんが、外へ出てしまえば他の団員と遜色ない凶悪な海賊です。少なくとも一般市民にとっては。

 しかし、解放されると気が大きくなるのか、去り際に『海賊は最低のクズだ』、『もう二度と上陸するな、海賊風情が』などと吐き捨てていく者もおり、彼には『海賊っぽくない』という人魚の評価が新鮮なものだったのです。

「お前は俺が怖くないのか?」

「少しも怖くないですけど……どうしてそんな事聞くんですか?」

「だって、海賊だし…………」

「そうなんでしょうけど……。海賊である前に、あなたはあなたですよね。違いましたか?」

 この人魚は、彼を海賊ではなく、どこまでも一人の人間として認識しているようでした。
 
「いや、違わねえが……」

「怖がったほうがよかったですか?」

「そうじゃないんだ。『海賊』ってひと括りにされないのは、いつぶりだろうと思ってな」

 彼自身は気付いていませんでしたが、彼が本当に嫌だったのは恐れられる事や軽蔑される事そのものではなく、『海賊』という肩書きのせいで敬遠される事でした。

「……まぁ、普通に生きてる人たちからすれば、警戒対象でしょうしね。僕たちだって、クラゲとかには近寄らないようにしてます。でも、話す限り、あなたは普通の人と変わらないと思いますよ。逆に、話してみるまでわからないとも言えますけどね。別に人相も悪くないですけど、『海賊』って前情報があるだけで人は寄り付かなくなるでしょうし」

 癖毛の男の反応を不思議に思いながらも、人魚は一般論を並べ、そろりそろりと核心に迫っていきます。
 
「なんだか、あなたは海賊でいる事に抵抗があるように感じるんですけど……気のせいですか? 船の事は気にしなくていいんで、本当に海賊を続けるかどうか、もう一度考えたほうがいいんじゃないかと思います」
 
「そうかもな。……なあ。俺の話、聞いてもらってもいいか? 話しながら頭の整理をしたいんだ」
 
「構いませんよ。でも、相槌にはあんまり期待しないでくださいね」

 人魚が頷いたのを合図に、身の振り方を考えるため過去と向き合う覚悟を決めた癖毛の男は、知り合ったばかりの彼に自分の半生を語り始めました。

 初めは海賊になってからの出来事をかいつまんで話すつもりでしたが、もう隣にはいない相棒抜きでは話が成立しない事に気付いた彼は、勇気を振り絞り、思い出したくもない忌々しい記憶の蓋を開きます。





 ある国の外れの農村地帯に生まれた彼は、おおらかな両親と上にも下にもいるきょうだいたちと、のどかな暮らしをしていました。

 農作業、経済状況ともに決して楽なものではありませんでしたが、自分も両親や近所の人たちのように、あと数年もしたら結婚して、そのあとは沢山の子どもたちに囲まれながら、一生この村で生きていくのだろうと信じていました。

 しかし、ある日の晩のこと。彼の常識を覆す事態が発生します。付近一帯が何者かによる襲撃を受けたのです。

 大切にしてきた畑は無残に踏み荒らされ、玄関扉や窓は強引に破られました。明日に備えて就寝していた人々は、なにが起きているのかもわからないまま、どこかへ連れ去られていきます。

 彼の家も例外ではありません。正体不明の襲撃者の軍団は、恐怖と不安で泣き喚き逃げ惑う小さいきょうだいたちから順に家族から引き剥がし、汚れた幌馬車へと積み込んでいきます。

 彼の母親はまだ首の据わったばかりの乳飲み子と一緒に乱暴に放り込まれました。馬車の中には先に襲撃された村人たちが乗っており、すでに乗車率は上限を超えていましたが、乱暴者たちはお構いなしに人々を奥へ奥へと押しやります。

 彼の父親も最後まで抱きかかえて守った我が子ともども抵抗むなしく押し込まれ、一家は一人残らず海岸近くの要塞まで連行されました。

 雨上がりの悪路を走る馬車の乗り心地はとてもよいものとは言えませんでしたが、彼はそれすらも悪夢の序章だとは思っておらず、もう少しの辛抱だと薄い酸素の中で息を詰め、父の鼓動を感じながらじっと耐え忍びました。……が、少年の期待は音もなく打ち砕かれます。
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