うつろな夜に

片喰 一歌

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ある船乗りの懺悔

『夢』

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「だろ?」

「うん! 素敵な『夢』だね。君ならきっと叶えられると思うよ」

 傷痕の少年と離れる日を想ったのでしょうか。雲のような癖毛の少年は、今度は少し寂しそうに言います。なにげないひと言でしたが、傷痕の少年は一瞬目を見開きます。

 傷痕の少年は、つらい状況下でも屈する事なく心の刃を研ぎ澄ませていました。彼は、繰り返し周囲の人たちに自由について説いてきたのです。階級が上の人間が、ただそれだけの理由で下の身分の人間の生き方を縛り、あまつさえ蹂躙する権利などないのだと。本当は誰もが自由に、好きなように生きていいんだと。

 ここまで聞いた大抵の人の反応は、ぽかんとするかきょとんとするかの二通りに分かれます。彼らはいまの生き方しか知らず、しかもそれを当然のものとして受け入れてきたので、彼の考えはあまりに異端。

 そこへ彼が続けざまに『いつか自分は自由を手に入れる』と宣言すると、彼らの時間は再び動き出します。今度は吹き出すか呆れるか、憐みの目で見てくるかの三通り。

 おまけに返ってくるのは『くだらない夢ばかり見るな』、『もう少し大きくなれば、逃げられない事が嫌でもわかる』といった否定的で悲観した答えだけ。彼の魂からの叫びは誰にも届きません。

 バカにされた事に腹を立てていないわけではありませんでしたが、怒りの矛先はいつでも、本当は逃げ出したいはずの彼らが、そう言わざるを得ないほどの惨状を人為的に作り出した元凶に向いていたのです。

 ……それでも、悲しくないはずがありません。若いと表現するには幼い少年が、大人たちに寄ってたかって大切に守り続けた夢を貶される事……その痛みは筆舌に尽くしがたいものでした。

 反抗心をへし折られた人たちに『やっぱりそうだよな。でも、俺はまだガキだから、もうちょっとだけ信じてえんだ。……いつか自由になれるって』と何回言ってきたでしょう。心の表面の細かい傷が見えないように、何度笑顔を作ったでしょう。

 彼はいつからか、他人に自分の夢を打ち明ける事が怖くなっていたのです。さっきの言葉も、宣言や目標のつもりでした。

 けれど、年齢のわりに頼りない印象のこの癖毛の少年は、彼の宣言を『夢』と言いました。『素敵』だと、『君なら叶えられる』と認めてくれました。いままでずっと孤独に戦ってきた彼が、その言葉にどれだけ救われた事でしょうか。
 
「……なあ。お前も一緒に来いよ。自由を掴もう。この船が目的地に着いたらさ、隙を見て逃げるんだ。いや待てよ……? すぐってわけにはいかねえか。何年先になるかわからねえ。でも、死ぬまで奴隷なんて冗談じゃねえだろ」

 傷痕の少年は、自分一人だけ自由を掴み取っても無意味だと思いました。こんなにも心優しい彼が、外道な人間どもに顎で使われ続ける事が我慢なりません。納得行くはずがありません。多少強引でも、彼を重くて頑丈な鎖から解き放ってやりたいという気持ちから、気付けばそんな事を口走っていたのです。
 
「うん。それは避けたいな…………」

「人と人とも思ってねえ奴らなんかに、俺らの人生使い潰されてたまるかよ。俺もお前も、まだ生まれてから一度も自分の人生を生きてねえのに!!」

 傷痕の少年は拳を握りしめて言いました。浮き出た血管は、全身に不屈の闘志を運びます。
  
「…………うん。でも、僕にできるかな?」
 
「大丈夫だ。お前も俺も独りじゃねえ。とりあえずやってみようぜ、できるまで何度でも! 見てるだけで満足してちゃもったいねえ。叶えてこその『夢』だ。そうだろ、相棒!」

 癖毛の少年は、その呼びかけに応えるように力強く頷きました。
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