40 / 132
誰かが尾鰭をつけたがった話
誰かが尾鰭をつけたがった話<XXIX>
しおりを挟む「会いたかった……。もう会えないんじゃないかって、あたし…………」
彼女にぴったりくっついている子が、小さな身体で母親を支えているような気がした。
「…………僕と同じだな……。会いたかったのも、二度と会えないのではと諦めかけたことも。では、あの日、待ち合わせをしなかった理由は……?」
順番としてはこちらを先に尋ねるべきだったのかもしれないが、答えを聞くのが怖い。
紛争中の地域を訪れたとき以来の緊張感に包まれる。
「次に会う約束のことなら、したつもりでしてなかっただけ。ほんとは妊娠がわかった時点で報告しに行きたかったんだけど、気付くのが遅すぎて、逃げたみたいになっちゃった」
彼女は垂れた眉をいっそう下げ、申し訳なさそうにこちらを気にしていた。
運命の女神が微笑んでくれなかったら、僕たちはそれぞれの世界で乾涸びるのを待つしかなかったかもしれない。
「そのせいで、きみにもたくさん迷惑かけちゃったみたい……。たぶん、あちこち探し回ってくれたんでしょ? 本当にごめん……」
「いや、いいんだ。一瞬でも疑ってしまって、すまなかった」
額に固いコンクリートがぶつかり、頭蓋骨が揺れたところで、いましがたの謝罪が不明瞭で誠意に欠けたものに思えてきてしまった。
「…………違うな。十分な対策もせずに無責任なことをしてしまって、本当に申し訳ないと言うべきだ。言い訳だが、人魚とのあいだに子どもができるなんて、考えてみたこともなくて…………」
十分に検討もせず可能性ごと排除してしまったが、万一に備えておくべきだった。
「あたしも人間とのあいだに子どもが出来ることがあるなんて聞いたことなかったし、気にしないで! ……まあ、出来たら嬉しいな~とは思ってたけど……」
彼女の熱視線に炙られると、静かな入り江で目の当たりにした艶めかしい姿態がちらつき、顔がかあっと熱くなった。
「それに、自分にそっくりな子が生まれるなんて夢みたいだし!」
彼女は娘たちの顔を見比べてご満悦だが、僕の口癖をなぞってまで喜ぶことだろうか?
「子どもというのは、多かれ少なかれ親に似るものじゃないか? もちろん例外もあるとは思うが……」
「人間はそうなんだね。でも、人魚はそんなこともないんだ~。『家族よりもお魚のほうが似てる』なんて、よくあることだよ。この子たちがあたしに似てるのは、きっとお父さんのおかげ!」
詰る責めるなどの選択肢は、はじめから持ち合わせていないのだろう。
彼女の口は長い譜面を読み上げるかのごとく、ひたすらに感謝の言葉を綴る。
「……だとしても、なんの責任もないということにはならないはずだ。ひとりでの出産と育児は過酷だっただろう。海のなかで長時間行動できない僕にできることなど、ほとんどなかったということは想像がつく。だが、そばにいるだけでも、君の物事の感じ方や受け止め方は違っていたのではないかと…………」
心身ともに不調を抱えたまま、独りで数年過ごしてきた僕だからこそわかる。寄る辺のない心細さが。
「んー、そうだねえ……。確かに、生まれたてのちっちゃくてかわいい三人のことは見せてあげたかったな~。いまもめちゃくちゃかわいいけど、かわいさの種類が違ったんだよね。記録に残しておければよかったんだけど」
しかし、彼女は我が子に向けていた慈愛の眼差しを、僕にも向けるだけだった。
0
あなたにおすすめの小説
【完結】ドアマットに気付かない系夫の謝罪は死んだ妻には届かない
堀 和三盆
恋愛
一年にわたる長期出張から戻ると、愛する妻のシェルタが帰らぬ人になっていた。流行病に罹ったらしく、感染を避けるためにと火葬をされて骨になった妻は墓の下。
信じられなかった。
母を責め使用人を責めて暴れ回って、僕は自らの身に降りかかった突然の不幸を嘆いた。まだ、結婚して3年もたっていないというのに……。
そんな中。僕は遺品の整理中に隠すようにして仕舞われていた妻の日記帳を見つけてしまう。愛する妻が最後に何を考えていたのかを知る手段になるかもしれない。そんな軽い気持ちで日記を開いて戦慄した。
日記には妻がこの家に嫁いでから病に倒れるまでの――母や使用人からの壮絶な嫌がらせの数々が綴られていたのだ。
どうしよう私、弟にお腹を大きくさせられちゃった!~弟大好きお姉ちゃんの秘密の悩み~
さいとう みさき
恋愛
「ま、まさか!?」
あたし三鷹優美(みたかゆうみ)高校一年生。
弟の晴仁(はると)が大好きな普通のお姉ちゃん。
弟とは凄く仲が良いの!
それはそれはものすごく‥‥‥
「あん、晴仁いきなりそんなのお口に入らないよぉ~♡」
そんな関係のあたしたち。
でもある日トイレであたしはアレが来そうなのになかなか来ないのも気にもせずスカートのファスナーを上げると‥‥‥
「うそっ! お腹が出て来てる!?」
お姉ちゃんの秘密の悩みです。
【完結・おまけ追加】期間限定の妻は夫にとろっとろに蕩けさせられて大変困惑しております
紬あおい
恋愛
病弱な妹リリスの代わりに嫁いだミルゼは、夫のラディアスと期間限定の夫婦となる。
二年後にはリリスと交代しなければならない。
そんなミルゼを閨で蕩かすラディアス。
普段も優しい良き夫に困惑を隠せないミルゼだった…
(完結)醜くなった花嫁の末路「どうぞ、お笑いください。元旦那様」
音爽(ネソウ)
ファンタジー
容姿が気に入らないと白い結婚を強いられた妻。
本邸から追い出されはしなかったが、夫は離れに愛人を囲い顔さえ見せない。
しかし、3年と待たず離縁が決定する事態に。そして元夫の家は……。
*6月18日HOTランキング入りしました、ありがとうございます。
友人(勇者)に恋人も幼馴染も取られたけど悔しくない。 だって俺は転生者だから。
石のやっさん
ファンタジー
パーティでお荷物扱いされていた魔法戦士のセレスは、とうとう勇者でありパーティーリーダーのリヒトにクビを宣告されてしまう。幼馴染も恋人も全部リヒトの物で、居場所がどこにもない状態だった。
だが、此の状態は彼にとっては『本当の幸せ』を掴む事に必要だった
何故なら、彼は『転生者』だから…
今度は違う切り口からのアプローチ。
追放の話しの一話は、前作とかなり似ていますが2話からは、かなり変わります。
こうご期待。
JKメイドはご主人様のオモチャ 命令ひとつで脱がされて、触られて、好きにされて――
のぞみ
恋愛
「今日から、お前は俺のメイドだ。ベッドの上でもな」
高校二年生の蒼井ひなたは、借金に追われた家族の代わりに、ある大富豪の家で住み込みメイドとして働くことに。
そこは、まるでおとぎ話に出てきそうな大きな洋館。
でも、そこで待っていたのは、同じ高校に通うちょっと有名な男の子――完璧だけど性格が超ドSな御曹司、天城 蓮だった。
昼間は生徒会長、夜は…ご主人様?
しかも、彼の命令はちょっと普通じゃない。
「掃除だけじゃダメだろ? ご主人様の癒しも、メイドの大事な仕事だろ?」
手を握られるたび、耳元で囁かれるたび、心臓がバクバクする。
なのに、ひなたの体はどんどん反応してしまって…。
怒ったり照れたりしながらも、次第に蓮に惹かれていくひなた。
だけど、彼にはまだ知られていない秘密があって――
「…ほんとは、ずっと前から、私…」
ただのメイドなんかじゃ終わりたくない。
恋と欲望が交差する、ちょっぴり危険な主従ラブストーリー。
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる