誰かが尾鰭をつけたがった話

片喰 一歌

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誰かが尾鰭をつけたがった話

誰かが尾鰭をつけたがった話<XXIX>

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「会いたかった……。もう会えないんじゃないかって、あたし…………」

 彼女にぴったりくっついている子が、小さな身体で母親を支えているような気がした。
 
「…………僕と同じだな……。会いたかったのも、二度と会えないのではと諦めかけたことも。では、あの日、待ち合わせをしなかった理由は……?」

 順番としてはこちらを先に尋ねるべきだったのかもしれないが、答えを聞くのが怖い。
 
 紛争中の地域を訪れたとき以来の緊張感に包まれる。
 
「次に会う約束のことなら、したつもりでしてなかっただけ。ほんとは妊娠がわかった時点で報告しに行きたかったんだけど、気付くのが遅すぎて、逃げたみたいになっちゃった」

 彼女は垂れた眉をいっそう下げ、申し訳なさそうにこちらを気にしていた。

 運命の女神が微笑んでくれなかったら、僕たちはそれぞれの世界で乾涸びるのを待つしかなかったかもしれない。
 
「そのせいで、きみにもたくさん迷惑かけちゃったみたい……。たぶん、あちこち探し回ってくれたんでしょ? 本当にごめん……」

「いや、いいんだ。一瞬でも疑ってしまって、すまなかった」

 額に固いコンクリートがぶつかり、頭蓋骨が揺れたところで、いましがたの謝罪が不明瞭で誠意に欠けたものに思えてきてしまった。

「…………違うな。もせずに無責任なことをしてしまって、本当に申し訳ないと言うべきだ。言い訳だが、人魚とのあいだに子どもができるなんて、考えてみたこともなくて…………」

 十分に検討もせず可能性ごと排除してしまったが、万一に備えておくべきだった。

「あたしも人間とのあいだに子どもが出来ることがあるなんて聞いたことなかったし、気にしないで! ……まあ、出来たら嬉しいな~とは思ってたけど……」

 彼女の熱視線に炙られると、静かな入り江で目の当たりにした艶めかしい姿態がちらつき、顔がかあっと熱くなった。

「それに、自分にそっくりな子が生まれるなんてだし!」

 彼女は娘たちの顔を見比べてご満悦だが、僕の口癖をなぞってまで喜ぶことだろうか?

「子どもというのは、多かれ少なかれ親に似るものじゃないか? もちろん例外もあるとは思うが……」
 
「人間はそうなんだね。でも、人魚はそんなこともないんだ~。『家族よりもお魚のほうが似てる』なんて、よくあることだよ。この子たちがあたしに似てるのは、きっとお父さんきみのおかげ!」

 詰る責めるなどの選択肢は、はじめから持ち合わせていないのだろう。
 
 彼女の口は長い譜面を読み上げるかのごとく、ひたすらに感謝の言葉を綴る。

「……だとしても、なんの責任もないということにはならないはずだ。ひとりでの出産と育児は過酷だっただろう。海のなかで長時間行動できない僕にできることなど、ほとんどなかったということは想像がつく。だが、そばにいるだけでも、君の物事の感じ方や受け止め方は違っていたのではないかと…………」

 心身ともに不調を抱えたまま、独りで数年過ごしてきた僕だからこそわかる。寄る辺のない心細さが。

「んー、そうだねえ……。確かに、生まれたてのちっちゃくてかわいい三人のことは見せてあげたかったな~。いまもめちゃくちゃかわいいけど、かわいさの種類が違ったんだよね。記録に残しておければよかったんだけど」

 しかし、彼女は我が子に向けていた慈愛の眼差しを、僕にも向けるだけだった。
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