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誰かが尾鰭をつけたがった話
誰かが尾鰭をつけたがった話<XXXIX>
しおりを挟むその問いに答えるのに、思考のひとつだって働かせる必要はなかった。
「あの子たちが出発してから、数分に一回の頻度で僕の顔色を窺っているから」
持ちたくもない確信は、最初からこの手に握らされていたのかもしれない。
本当は死ぬまでそばにいたいくせに、突然突き放すようなことを言ってしまったのも、彼女の挙動につられてしまったからではないのか。
「…………。きみに隠し事はできないね」
「他にもあったら、いまのうちに吐いておくといい。自分から言うのであれば、すべて不問としようじゃないか」
「ううん。隠してたことはひとつだけ…………だけど、もっと早く言っておかないといけなかったなって反省してる。……したところで意味ないけどね」
自嘲の笑みが、嵐のあとの漂流物のごとく不自然に浮かんでいた。
「では、さっさと言って、楽になるといい」
――――ああ、まただ。現在の僕らしくない受け答えをしてしまっている。
時間が急速に巻き戻っているような錯覚に襲われ、ぱっと手元に視線を落とせば、浮き出た血管と細かい皺が過ぎた年月を物語っていた。
「うん、そうする。目的ははともかく、また離れ離れになることはわかってくれてるみたいだし……」
「………………」
「あたしがいろんな場所に行ってたことは、きみも知ってるよね」
彼女の肌には艶も張りもある。瞳には好奇心の煌めきを宿し、口角は上を、思考は常に前を向いている。
しかし、見るからに情の深そうな唇が開き、持論を展開し出したら、深い叡智と豊富な経験の綴られた事典を自身の裡に携えているのだと気付かされる。
そんな偉大な人物なのだ。彼女は。
「ああ。『栄えた場所から寂れた場所まで、各地に友と呼べる存在がいる』と自慢していたな」
僕も人間のなかでは移動が多いほうだという自負はあるが、それだけだ。
どこへ赴こうと、遺物を追っている。
遺跡に漂う当時の雰囲気や文化に親しみ、過去の人々の意識と戯れるばかりで、いまを生きる人々と触れ合うどころか、絵画に描かれた背景として遠ざけてすらいなかったか。
「……そう。あたしはこれから、そのなかのひとりに会いに行かなくちゃいけない」
彼女と出会って、感銘を受けた。憧憬を抱いた。
「そうか。『会いたい』ではなく『会いに行かなくてはならない』んだな……」
しかし、僕自身の行動をおざなりに省みるふりをしただけで、改善を試みたことはなかった。
「よければ、もう少し詳しく話してもらえないだろうか? 納得できなくても、君が決めたことだ。引き留めるつもりはないが、どういった事情があるのかは把握しておきたい」
「…………ありがとう。興味を持ってくれて」
彼女は嗚咽を堪えるように唇を引き結び、がたがたに引いた線を連想させる声を出した。
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