誰かが尾鰭をつけたがった話

片喰 一歌

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誰かが尾鰭をつけたがった話

誰かが尾鰭をつけたがった話<XLI>

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「海のなかの事情なんて、陸までは伝わってないよね……。いまね、こっちは結構大変な状態……って、こんな説明じゃわかんないか。何百年に一度ってくらい、大きな戦争の真っ最中なんだ」

 しかし、早鐘の合間を潜り抜けて届けられた真実は、憂慮したとおりのものではなさそうだった。

「いつから?」

「つい最近。嘘じゃないよ。緊迫状態は長いこと続いてたけど、予想してたより開戦が早かったなあ…………。対立してるのが、遠くの海域にまで影響を及ぼすような大国同士っていうのも頭が痛いっていうか……」

 情報源がどこであれ、彼女はこれまでずっと、不安定な世界情勢に目を光らせてきたのだろう。

「君たちが住んでいた地域……ではないな、海域は無事なのか!?」

「ありがたいことに、このへんは平和だよ。でもね、あたしには。……いなくたって、無関係とは思えなかっただろうけど」

 以前からその片鱗を覗かせることはあったそうではないかと思っていたが、彼女は『すべての海はひとつ』なのだと、綺麗事ではなく本気で考えているようだった。
 
 そこに息衝く生命のひとつとて、どうでもいいものだとは思えないのだろう。血族であるか否かでも、親交を結んだ経験の有無でもなく、同じ世界の構成員として。

「あ…………」

「嫌な言い方しちゃったね。ごめん」

 おどおどと、まるで自分が被差別者であるかのようにぎこちない笑顔を乗せたイーヴァは、彼女の造形を借りた何者かのようだった。

「ただの事実だろう。気にしないでほしい。君がいまから会いに行こうとしているのも、戦争に巻き込まれた人魚なのか?」 

 話にあった捕虜と考えるのが妥当だろうか。
 
 気が滅入る話題ではあったが、刻一刻と迫る彼女との離別にばかり意識を向けずに済むのは、率直に言ってありがたかった。

「そうだけど、きっとをしてる」

「どういうことだ?」

「話す前に、質問していいかな。……きみは……『虐げられてきた人たち』って、どんな感じだと思う?」

 微妙に掠れた声は、緊張のあらわれかもしれない。

 それに影響されたのか、穏やかならぬ海中事情を耳にしたときから張り詰めていたのか定かではないが、波音にチューニングを合わせれば、急ぎ気味だった呼吸と鼓動は少しずつ落ち着いていった。

「…………。あくまで僕の知っている範囲、出会ってきた者たちの話になるが、大半は『受けた恩を仇で返して、平然としている』ような精神性をした人間だったな。 『もう二度と顔も見たくない』と本気で願ってしまうような」
 
「ありがとう、聞かせてくれて。行きがかり上、仕方なくだったのかもしれないけど、きみもそういう人たちを助けたことがあるみたいだね」

「まあ、数回程度は。どのような事情であれ、支援を受けられず、野垂れ死にしていい人間なんて、ひとりもいないだろうしな」 

 押し寄せる波はごつごつした岩に派手にぶつかり、散らされていく。
 
 救いの手が差し伸べられる前に泡沫のごとく消えていった命の幻影を、そこに見た気がした。
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