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誰かが尾鰭をつけたがった話
誰かが尾鰭をつけたがった話<XLII>
しおりを挟む「あたしもだいたいおんなじ考えだよ。でもさ、弱い立場に追いやられてる人って、大抵はしおらしくもかわいらしくもない。それどころか、ものすごくふてぶてしくて恩知らずで、継続的な支援はほとんど期待できない。だから、いつまでも救われないし、状況も立場も悪化しがち」
淡々と自身の見解を述べていく彼女の視線の先も同じほうを向いていたが、その双眸に映るものが僕と同じとは限らない。
「君の言うとおりだと思う。思ったような反応を受けられなかったからと支援を打ち切ってしまうのは問題だ……」
別の世界で起きているはずのことなのに、自分の生きる世界の話を彼女の口から聞いているようで、どうにも居心地が悪かった。
環境や構成している種族が激しく異なっているから、事情が似通うはずがないと決めつけていたせいかもしれない。
だが、認識できていた以上に、ふたつの世界と、そこに住まう人魚と人間というそれぞれの種族に、さしたる相違はなかったのではないか。
「しかし、彼らも彼らで、どうしてああ態度が悪いんだろう。服従しろとは言わないが、少しくらい我慢して殊勝な態度でも見せれば大抵の奴は手を差し伸べるだろうし、親切心を擽ってやれば要求した以上の支援だって見込めるだろうに」
「できないよ。きっと『できない』に限りなく近い『難しい』」
「……どうしてそう言い切れる」
「愛されて大切にされた経験が極端に少ないから。演技する余裕もないし、どういう振る舞いをしたら他人に好かれるかもわかってないんじゃないかな…………」
しんみりした呟きは、しばらく尾を引いていた。
「そのなかには、愛を知らないって感じてる人もいると思う。……実際がどうあれ、ね。悲しいけど、そういうもんだよ。愛されるだけじゃ意味ないの。本人がそれを感じられてないなら、ないのと一緒!」
ややあって、彼女が自ら残響を掻き消すかのごとく発した言の葉は、僕の心をずたずたに引き裂いていった。
「憎たらしい性格の人を愛せる人がいないとまでは言わないよ。でも、『憎たらしい』みたいな扱いにくい性質を『かわいい』って思えるなら、そもそもその人自身に余裕がある場合がほとんど。現実的に考えて、他人にまで目をかける余裕のある個人はそこまで多くない。陸の世界もそうなんでしょ?」
と問われて、再会当時の記憶を掘り起こす。
「…………そのことについての反論はない。しかし、『あまり金がかからない』んじゃなかったか。海の世界で生きていくには。以前、そう言って金銭面での援助を断られた記憶があるんだが……?」
「うわ。さすが執念深い」
「記憶力がいいだけだ。君の評価も否定する気はないが」
「……相変わらず、きみは肝心なところで抜けてるね。お金はかからないとしても、海のなかに安全って言い切れる場所はないんだよ。常に死と隣り合わせ。そんな場所で生まれ育ったうちの何人が、おおらかで余裕のある大人に成長できると思う?」
「君が数少ない者のひとりだということはよくわかったよ。陸と海、それぞれの『余裕』の違いも」
陸で生活に不自由しないために鍵となってくるのは経済力だが、海で自由に生活していくために必要とされるのが生物としての強さということなんだろう。
「それだけわかっててくれれば十分。でもね、あたしは運がよかっただけ。たまたま差別を受けずに済む種類に生まれて、出会って影響を受けてきたのが寛容なひとたちだっただけなんだよ」
「…………それもそうなんだろうが、どう生きていくか決めるのは君だ。僕は他者に寛容であろうと努力している君が好きだよ。イーヴァ」
彼女は口元を覆ったが、持ち上がった頬からは喜びが溢れ出していた。
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