誰かが尾鰭をつけたがった話

片喰 一歌

文字の大きさ
53 / 132
誰かが尾鰭をつけたがった話

誰かが尾鰭をつけたがった話<XLII>

しおりを挟む

「あたしもだいたいおんなじ考えだよ。でもさ、弱い立場に追いやられてる人って、大抵はしおらしくもかわいらしくもない。それどころか、ものすごくふてぶてしくて恩知らずで、継続的な支援はほとんど期待できない。だから、いつまでも救われないし、状況も立場も悪化しがち」

 淡々と自身の見解を述べていく彼女の視線の先も同じほうを向いていたが、その双眸に映るものが僕と同じとは限らない。

「君の言うとおりだと思う。思ったような反応を受けられなかったからと支援を打ち切ってしまうのは問題だ……」

 別の世界で起きているはずのことなのに、自分の生きる世界の話を彼女の口から聞いているようで、どうにも居心地が悪かった。
 
 環境や構成している種族が激しく異なっているから、事情が似通うはずがないと決めつけていたせいかもしれない。

 だが、認識できていた以上に、ふたつの世界と、そこに住まう人魚と人間というそれぞれの種族に、さしたる相違はなかったのではないか。

「しかし、彼らも彼らで、どうしてああ態度が悪いんだろう。服従しろとは言わないが、少しくらい我慢して殊勝な態度でも見せれば大抵の奴は手を差し伸べるだろうし、親切心を擽ってやれば要求した以上の支援だって見込めるだろうに」
 
「できないよ。きっと『できない』に限りなく近い『難しい』」

「……どうしてそう言い切れる」 
 
「愛されて大切にされた経験が極端に少ないから。演技する余裕もないし、どういう振る舞いをしたら他人に好かれるかもわかってないんじゃないかな…………」

 しんみりした呟きは、しばらく尾を引いていた。

「そのなかには、愛を知らないまったくないって感じてる人もいると思う。……実際がどうあれ、ね。悲しいけど、そういうもんだよ。愛されるだけじゃ意味ないの。本人がそれを感じられてないなら、ないのと一緒!」

 ややあって、彼女が自ら残響を掻き消すかのごとく発した言の葉は、僕の心をずたずたに引き裂いていった。

「憎たらしい性格の人を愛せる人がいないとまでは言わないよ。でも、『憎たらしい』みたいな扱いにくい性質を『かわいい』って思えるなら、そもそもその人自身に余裕がある場合がほとんど。現実的に考えて、他人にまで目をかける余裕のある個人はそこまで多くない。陸の世界そっちもそうなんでしょ?」
 
 と問われて、再会当時の記憶を掘り起こす。

「…………そのことについての反論はない。しかし、『あまり金がかからない』んじゃなかったか。海の世界そっちで生きていくには。以前、そう言って金銭面での援助を断られた記憶があるんだが……?」

「うわ。さすが執念深い」

「記憶力がいいだけだ。君の評価も否定する気はないが」

「……相変わらず、きみは肝心なところで抜けてるね。お金はかからないとしても、海のなかに安全って言い切れる場所はないんだよ。常に死と隣り合わせ。そんな場所で生まれ育ったうちの何人が、おおらかで余裕のある大人に成長できると思う?」 

「君が数少ない者のひとりだということはよくわかったよ。陸と海、それぞれの『余裕』の違いも」 

 陸で生活に不自由しないために鍵となってくるのは経済力だが、海で自由に生活していくために必要とされるのが生物としての強さということなんだろう。

「それだけわかっててくれれば十分。でもね、あたしは運がよかっただけ。たまたま差別を受けずに済む種類に生まれて、出会って影響を受けてきたのが寛容なひとたちだっただけなんだよ」 
 
「…………それもそうなんだろうが、どう生きていくか決めるのは君だ。僕は他者に寛容であろうと努力している君が好きだよ。イーヴァ」 

 彼女は口元を覆ったが、持ち上がった頬からは喜びが溢れ出していた。
しおりを挟む
感想 0

あなたにおすすめの小説

どうしよう私、弟にお腹を大きくさせられちゃった!~弟大好きお姉ちゃんの秘密の悩み~

さいとう みさき
恋愛
「ま、まさか!?」 あたし三鷹優美(みたかゆうみ)高校一年生。 弟の晴仁(はると)が大好きな普通のお姉ちゃん。 弟とは凄く仲が良いの! それはそれはものすごく‥‥‥ 「あん、晴仁いきなりそんなのお口に入らないよぉ~♡」 そんな関係のあたしたち。 でもある日トイレであたしはアレが来そうなのになかなか来ないのも気にもせずスカートのファスナーを上げると‥‥‥ 「うそっ! お腹が出て来てる!?」 お姉ちゃんの秘密の悩みです。

お嬢様はお亡くなりになりました。

豆狸
恋愛
「お嬢様は……十日前にお亡くなりになりました」 「な……なにを言っている?」

やり直すなら、貴方とは結婚しません

わらびもち
恋愛
「君となんて結婚しなければよかったよ」 「は…………?」  夫からの辛辣な言葉に、私は一瞬息をするのも忘れてしまった。

友人(勇者)に恋人も幼馴染も取られたけど悔しくない。 だって俺は転生者だから。

石のやっさん
ファンタジー
パーティでお荷物扱いされていた魔法戦士のセレスは、とうとう勇者でありパーティーリーダーのリヒトにクビを宣告されてしまう。幼馴染も恋人も全部リヒトの物で、居場所がどこにもない状態だった。 だが、此の状態は彼にとっては『本当の幸せ』を掴む事に必要だった 何故なら、彼は『転生者』だから… 今度は違う切り口からのアプローチ。 追放の話しの一話は、前作とかなり似ていますが2話からは、かなり変わります。 こうご期待。

最愛の番に殺された獣王妃

望月 或
恋愛
目の前には、最愛の人の憎しみと怒りに満ちた黄金色の瞳。 彼のすぐ後ろには、私の姿をした聖女が怯えた表情で口元に両手を当てこちらを見ている。 手で隠しているけれど、その唇が堪え切れず嘲笑っている事を私は知っている。 聖女の姿となった私の左胸を貫いた彼の愛剣が、ゆっくりと引き抜かれる。 哀しみと失意と諦めの中、私の身体は床に崩れ落ちて―― 突然彼から放たれた、狂気と絶望が入り混じった慟哭を聞きながら、私の思考は止まり、意識は閉ざされ永遠の眠りについた――はずだったのだけれど……? 「憐れなアンタに“選択”を与える。このままあの世に逝くか、別の“誰か”になって新たな人生を歩むか」 謎の人物の言葉に、私が選択したのは――

そんなに義妹が大事なら、番は解消してあげます。さようなら。

雪葉
恋愛
貧しい子爵家の娘であるセルマは、ある日突然王国の使者から「あなたは我が国の竜人の番だ」と宣言され、竜人族の住まう国、ズーグへと連れて行かれることになる。しかし、連れて行かれた先でのセルマの扱いは散々なものだった。番であるはずのウィルフレッドには既に好きな相手がおり、終始冷たい態度を取られるのだ。セルマはそれでも頑張って彼と仲良くなろうとしたが、何もかもを否定されて終わってしまった。 その内、セルマはウィルフレッドとの番解消を考えるようになる。しかし、「竜人族からしか番関係は解消できない」と言われ、また絶望の中に叩き落とされそうになったその時──、セルマの前に、一人の手が差し伸べられるのであった。 *相手を大事にしなければ、そりゃあ見捨てられてもしょうがないよね。っていう当然の話。

断る――――前にもそう言ったはずだ

鈴宮(すずみや)
恋愛
「寝室を分けませんか?」  結婚して三年。王太子エルネストと妃モニカの間にはまだ子供が居ない。  周囲からは『そろそろ側妃を』という声が上がっているものの、彼はモニカと寝室を分けることを拒んでいる。  けれど、エルネストはいつだって、モニカにだけ冷たかった。  他の人々に向けられる優しい言葉、笑顔が彼女に向けられることない。 (わたくし以外の女性が妃ならば、エルネスト様はもっと幸せだろうに……)  そんな時、侍女のコゼットが『エルネストから想いを寄せられている』ことをモニカに打ち明ける。  ようやく側妃を娶る気になったのか――――エルネストがコゼットと過ごせるよう、私室で休むことにしたモニカ。  そんな彼女の元に、護衛騎士であるヴィクトルがやってきて――――?

愛された側妃と、愛されなかった正妃

編端みどり
恋愛
隣国から嫁いだ正妃は、夫に全く相手にされない。 夫が愛しているのは、美人で妖艶な側妃だけ。 連れて来た使用人はいつの間にか入れ替えられ、味方がいなくなり、全てを諦めていた正妃は、ある日側妃に子が産まれたと知った。自分の子として育てろと無茶振りをした国王と違い、産まれたばかりの赤ん坊は可愛らしかった。 正妃は、子育てを通じて強く逞しくなり、夫を切り捨てると決めた。 ※カクヨムさんにも掲載中 ※ 『※』があるところは、血の流れるシーンがあります ※センシティブな表現があります。血縁を重視している世界観のためです。このような考え方を肯定するものではありません。不快な表現があればご指摘下さい。

処理中です...