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誰かが尾鰭をつけたがった話
誰かが尾鰭をつけたがった話<LI>
しおりを挟む「…………君との約束は、そのときに?」
しかし、件の人魚は、人格を保ったまま生きている。近日中に人格も命も奪われることにはなるが――――。
「そうそう。『貴女様は姿かたちも美しいですが、止まっていてはその魅力も半減してしまいますね。泳いでいるところがいっとう美しい……。迫力ある身のこなしですが、同時に気品も感じさせる。まさに生命の躍動! 海の女神の祝福を受けているかのよう! 死ぬ前にもう一度、お会いしとうございます』。……確か、こんなようなこと言ってたと思う」
あの男とは対照的に、イーヴァは抑揚を抑えて話し終えた。自身への賛辞が面映ゆかったのかもしれない。
「それを聞いた君は、二つ返事で快諾した…………と」
「そう。この件に関しては、安請け合いしすぎたな……って、さすがに反省してる。信じたかったんだ。『あの子たちが動員されるような悲劇は、この先ずっと起こらない』って…………」
過剰な楽観に起因する見通しの甘さを悔いているのだろう。その表情は硬かった。
「……行動は軽率だったかもしれないが、君のその想いも願いも、平和を愛するがゆえのものだろう。とても素晴らしいものだと思う。それに、きちんと約束を果たしに行くんだから、その友人だって君を詰ったりしないはずだ。まあ、多少は手荒……いや、過激な歓迎を受けるかもしれないが」
「あはははっ! タコ足で巻かれちゃったりとかね! ……あ、言ってあったっけ? その子、下半身がタコみたいな感じでね、気に入った人魚とか人間をぎゅーってするのが好きなんだ」
明るい笑い声が耳を擽った。たいして意味のない言い直しは、彼女の笑顔を取り戻すのにひと役買ってくれたらしい。
「タコは剛腕だと聞く。人魚となると、また少し違うのかもしれないが……。ぎゅーっとされても命に別状はないのか?」
「絞め殺さないように力加減を覚えたんだって! 頑張り屋さんだよね~。でも、いきなり巻き付けるんじゃなくて、同意もらってからにすればいいのに! だから、誘拐なんて言われちゃうんだって」
これまでの情報を繋ぎ合わせて浮かび上がってきたのは、やはりあの壮絶な体験談に登場した人魚の姿で――――。
「…………。言うべきかどうか迷っていたんだが、僕は君の友人のことを知っているかもしれない」
次の瞬間には、口が勝手に動いていた。
確信を持てたというより、『あんなはちゃめちゃな人魚がこの世にふたりといてたまるか』という思いに煽られ、確かめずにはいられなかったのだと思う。
「え!? きみって、あたし以外にも人魚の知り合いいたんだ? すっごく意外かも!」
「面識があるわけではなく、話を聞いたことがあるだけだ。そもそも同一人物と確定したわけではないが……。一応は訊いておこう。その人魚は、ある時期から『Luck』と名乗り始めていなかったか?」
欠けた一本になぞらえての悪意たっぷりの台詞だったはずだが、他者によって切り落とされた足は再生するはずだから、結果的にはなにもかも彼のタコ足人魚に都合のいいLuckという名前のとおりになっているというわけだ。
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