誰かが尾鰭をつけたがった話

片喰 一歌

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誰かが尾鰭をつけたがった話

誰かが尾鰭をつけたがった話<LXI>

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「……困ったひとだなあ。『から』って付き合わせて、子どもだって生ませて……。これ以上、あたしに無理させるつもり? ご老体なんだから、少しは労わってくださーい」

 彼女は口を尖らせて冗談めかした。

 こんなときでさえ気を遣わせてしまっていることがまたつらく、鼻の奥がつんとする。

「すまない。同年代に見えるものだから、つい」

「そうなんだ? いままで言われてきたなかで、いちばん嬉しい褒め言葉かも……。『若く見える』も『綺麗』も嬉しいけど、『同じ時代とき』って認めてもらえてるみたいで」 

「実際に同じ時代をだろう。僕たちは」

「……ん。そうだね」
 
 またしても過去形で話していたことに気付いたらしく、彼女は申し訳なさそうな微笑を浮かべた。

「でも、それはそうとして! きみさ、あたしのこと何歳だと思ってたの~? この際だから、もっと詳しく聞かせてよ!」

 ――――かと思えば、次の瞬間にはもう、彼女は僕のよく知る快活な彼女に戻っていた。

「いまさらだな」 

「ずっと気になってたし、聞いちゃおうと思って。でも、大体の年齢は前にちょこっと話したことあったかも。質問変えるね! きみって、あたしを何歳だと思って接してくれてた?」

「あまり意識したことはなかったが、おそらくは僕と同じくらいか少し上くらいの気分でいたのではないかと思う。…………が、いまでは僕のほうが年上に見えるんだろうな……」

 鏡を覗き込む頻度はさほど高くないが、体力の低下や可動域の狭小化などから、衰えを感じる場面は日常的にあった。

「あはは! 本当にいい年の取り方をしてるよね。きみは。ちゃんと『積み重ねる』ことができてるひとだなって思う。昔の憂いを帯びた感じもかっこよかったけど、最近の渋いけど明るい雰囲気も好きだなあ。いい人生送ってきたんだなってわかるよ」

「……君のおかげで、きちんと『生きている』と胸を張れる人生を送ることができるようになったからだろうな。君自身がどう感じているかはわからないが、僕には、いくつになっても内面的な成長を続けている君がなにより美しく見えるよ。隣にいるはずなのに、同時に道しるべでもあるんだ。不思議なひとだよ。君は本当に……」

 話を進めていくうちに、よみがえってくる場面があった。
 
 『人魚は一定以上の年齢に達すると、老化が止まる生きものなの』だと教えてくれたときのことだ。
 
 彼女は、苦虫を嚙み潰した――具体的には『成人を迎える直前でなんらかの不幸に見舞われ、終わらぬ子ども時代を過ごすことになった少女』の――ような顔をしていた。
 
 そこまで哀れな人間が存在するとは考えにくいが。

「……ふふ。好きなひとに褒めてもらえるのって嬉しいね! でもさ、見た目は出会った頃から変わってなくても、実際数百年って生きてるんだよ。あたし。正確な年数はわかんないけどね。百年単位でしか数えてないし」

「なるほど。君が自分の年をすごく大まかにしか数えていないということはよくわかった」

 四五○歳よりも上であると仄めかされたこともあったが、彼女が何歳であろうと、僕たちの生きる時間の重なりが思いの外短かったというだけだ。

「あははっ! 上等じゃん! もっと生きる人魚もいるけど、あたしは小さい頃から大体の寿命は知らされてたから、悔いのないように楽しんで生きようって決めてたし、周りにもそう言ってたよ。すごく感謝してるの。そのおかげで、惰性で生きずに済んだから」

 行き場のない苦情を握り潰して笑顔を張り付けたというのに、彼女はいくらもしないうちに決して広くない背中を向けた。

 第二の母たる母にも等しい存在に感謝を捧げているのだろうか。
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