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誰かが尾鰭をつけたがった話
誰かが尾鰭をつけたがった話<LXIII>
しおりを挟む「そんな冗談が言えるなら、本当はまだまだ生きられるんだろう? 頼む……。頼むよ、イーヴァ……。そうだと言ってくれ……。これは、いつか来る日の予行演習なのだと…………」
膝をつき、無力感に手を握り込めば、砂の下から現れた硝子片が手のひらに小さな傷をつけた。
「冗談じゃないもん。そういう冗談言えるほど、神経図太くないってば……」
「…………だったら、それでも『人魚でよかった』と思う理由はなんだ。僕は君を理解したいのに、君のことがずっとわからないんだ。こんなときでも……!」
噴き出した血もろとも砂粒を握り締めても、痛みは襲ってこない。すでにそれ以上の苦痛に悶えているおかげだろう。
「簡単だよ。『きみが、人魚のあたしを好きになってくれたから』!」
拳の上に手を重ねられ、顔を上げると、そこには幾度となく見惚れた彼女がいた。
病魔など寄せ付けない美貌の持ち主は、僕が死ぬときも隣にいるものだと無邪気に信じ込んでいた。
『永遠』も『絶対』もないと知っていたのに――――。
「それだけ…………か?」
「理由なんて、そのくらいで十分なの。逆だってそうだよ? あたしが好きになったのは、人間のきみ! だから、『きみが人魚だったらよかったのに』なんて、あたしは死んでも言いたくないんだよね」
砂を払う手つきがあまりに優しく、海水が伝い落ちて傷に滲みるのもお構いなしに、その手を取った。
「…………そうか。すまなかった」
――――が、薄い手はするりとすり抜けていった。
思えば、僕たちはこんなふうに役割の固定された鬼ごっこを続けてきたのかもしれない。出会ったときから現在に至るまで、ずっと。
「ううん。謝らなくていいの。あたしだって何度も想像したよ。岩礁とか海藻の森に閉じこもって、滅多に人前に出てこない付き合いの悪い人魚のこと!」
「ふ……あはははは……っ! 君のなかの僕の印象は、随分偏っているようだな?」
大口を開けて笑った拍子に、右目からひと粒の涙が零れた。
それを拭いながら、いつから僕はこんな笑い方をするようになったのだろうと思った。本当の答えはわからないが、誰の影響かは明々白々だ。
「違った?」
「いいや。恐ろしいくらい的確な評価なんじゃないかと思う」
「まだあるよ。ものすごく長生きしそうだし、どんなに避けても他の人から頼られてたんじゃないかなあ。……きっと、人魚のきみのことも好きになってたと思うよ。あたし」
「光栄だな。しかし…………」
「「(僕/きみ)は人間だから(な/ね!)」」
視線を合わせた僕たちは、鏡に映したようにそっくりな表情を浮かべていることだろう。
「……ふふ。被っちゃったね?」
「ああ。つくづく気が合うな」
「いろいろ言ったけど、人間のきみに不満なんてひとつもないよ。でも、あたしさ……やっぱり長生きしてほしいの。きみには。だから…………」
泣き笑いを浮かべた彼女の言葉は、死にゆく者が残される者にかけていくお決まりの呪いのように思われたが――――。
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