誰かが尾鰭をつけたがった話

片喰 一歌

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時忘れの海

魂の純度(中)

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 ここで問題じゃ。『人魚の歌声への耐性が弱い者の魂の純度は高いか低いか』。答えはふたつにひとつじゃが、そなたはどちらが正しいと思う?

『全然わからない。でも、自分の感覚だと、純度の高い人のほうが弱そうかなと思う』

 ――――ほう。可能であれば、そう考えた理由を訊かせてもらえるか?
 
『透明な水には、筆に付着したついた絵の具の色がそのまま溶け出す。……けど、色が付いたあとの水で筆を洗っても、新しい色味が少し加わるか色は変わらないで濁るだけで、色のないところとうめいなみずに色が付くほど大きな変化はないから、それと似たような感じかな……って。すごく変な喩えだったかもだけど』
 
 思考の方向性もひっくるめて完璧じゃ。
 
 そなたは無自覚であったのかもしれぬが、水が魂であるという点に鑑みても、これ以上ないほどに的確な比喩であり、筋の通った説明じゃったよ。

 そう。まさしくそのとおりでな、魂の純なる者ほど、人魚の歌声には弱いのよ。

 先ほども少々触れたが、魂の純粋さというのは、心の純粋さとも魂の美しさとも異なるものでな。

 ……ん? なんじゃ、質問とは?

『さっきは水が循環してるって話をしてくれたけど、自分たちは水分を補給しないと死ぬ。……ってことは、毎日毎日、かなりの量の魂を取り込んでることになるけど、元々持ってた自分の魂と混ざっちゃったりはしないの?』

 いい質問じゃ。そして、尤もな疑問じゃな。しかも、わらわの話そうとしていた内容ともぴったり重なっておる。

 順番は前後してしまうが、まずはそなたの疑問を解消するとしよう。

 第一に、魂は普通に生活しておる分には混ざることはない。

 人間は食事をするじゃろう。しかし、食物に含まれるすべての成分が必須栄養素というわけではないし、体内での消化と分解を経て、必要なものはエネルギーに、不要なものや消化されなかったものは体外に排出される。

 加えて言うなら――――。食物でないものを誤って飲み込んでしもうたとき、未消化のままで出てくることがあると思うが、イメージとしてはああいった感じじゃな。

 他者の魂は紛れもない異物じゃ。魂の集合体たる水を体内に取り込んだとて、その者の魂と混ざり合うことはない。入ったときと変わらぬ姿で出てくるぞ。

『そう聞いて安心した。でも、“”ってことは、なにかがきっかけで魂が混ざること自体はあるってことだよね?』

 ああ。を行えば、他者と魂を混ぜることができる。いまから話すのは、その部分についてじゃ。

 ……それと、先ほどの表現は少々不適切だったかもしれぬ。

 『あること』というのは、なにかの宗教の特別な儀式などといったものではなく、『普通の生活』に含まれるものじゃからな。

 『そもそも、魂の純粋さってどう決まるの? 一生を通して一定なのかな?』。――――またしても素晴らしい質問じゃ。

 生まれたばかりの魂は、生涯で最も純なる状態じゃ。優劣などは存在せぬ。みながみな、純粋な状態で生まれてくる。ただのひとりも例外はおらぬ。

『……その言い方だと、途中で失われることもあるんだね』

 まさしく。『失われる』という表現も、このうえなく正しい。ただ、、意外なほど簡単に――――というのは、またのちほど語ろう。

 まずは、魂を混ぜる……方法についてはっきりさせておかねばな。

 個々の持つ魂というのは、性交渉をすることで混ざり合う。原理は解明されておらなんだが、それが他者と魂を混ぜ合う唯一の方法であることは確かじゃ。

 魂が混ざり合えば、当然、純度は低くなる。

 ……のぅ。見えてきたであろう。男だらけの海賊たちが人魚の歌声に酔わされた理由が。女遊びには食指が動かぬ類の人間の集団だったんじゃろうな。

『そっちはわかった。すごい納得。でも、無笛村の人たちのほうは? 十七歳未満の男女だって、大体は未経験なんじゃないかな? 結婚してたらそういうわけにもいかなかっただろうけど、あの人たちは未婚だったはずだし。――ってことは、十七歳以上の男女より十七歳以下の男女のほうが魂の純度が高いことになる。そうなってくると、どうして十七歳以下の男女が無事だったのかっていう説明がつかなくない?』

 …………ああ、そうじゃった。『』の話をしておらなんだか!
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