誰かが尾鰭をつけたがった話

片喰 一歌

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時忘れの海

『ハカセくん』

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『ね、ねぇ……! それってヒーローくんの研究成果だったりしない!?』

 正確には、あやつの仲間の研究成果であろうな。
 
 ――――というのも、あやつ自身も元々海洋生物に詳しかったが、人間を人魚に変えることを思いついてからこっち、それまで励んでいた研究を放っぽり出し、蒐集した人間の身体を使った実験に腐心するようになったんじゃ。
 
『うーわ、最低じゃん……。自分で始めたことなんだから、最後まで責任持ってほしかったな~……。なんて言っても無駄か。彼、第一印象がよかっただけに、好感度の下がり方が尋常じゃないんだけど…………』

 では、実験内容を聞けば、あやつの好感度は地の底まで落ちるじゃろうな。まぁ、関係のない部分ゆえ省略するが、仲間のうちのひとりが半分も進んでおらんかった研究を引き継ぎ、完成に漕ぎ付けたという具合じゃ。

『文句も言わずに? 本当にすごいのって、ヒーローくん本人じゃなくて周りの人魚ひとたちなんじゃない? いるよね、こういう人。本人は中途半端なくせして、すごい人に好かれるのだけは得意っていうか。……まぁ、取り入るのがうまいだけかもしれないけどさ』

 おおむね同意するが、文句は言っておったぞ。なかなかに辛辣な物言いをする人魚だったと記憶している。

 誰に対しても毒舌で、積極的に交流するほうではなかったために、よけいに奴の影に徹している形にはなっておったが、その者のほうが格上だったのは確かであろうな。

『なのに、なんでヒーローくんの尻拭いなんてしてやってたのさ。弱み握られてたとか?』

 いや、それは違うぞ。

 その者は海に生きるもののなかでも深く暗い場所に生まれ育っており、光に過敏な目を持っていた。

『本当に底のほうって太陽の光も届かないっていうもんね……。視力はちゃんとあるの?』

 ああ。他の人魚もそこまで視力はよくないからな、飛び抜けて悪いということもなかろうよ。ただ明るい場所を苦手としていたというだけじゃ。

 しかし、 『深海の権威』の本拠地は深海のなかでは比較的浅い部分に位置しておったからな、その者にとっては過ごしにくい環境だったであろう。あやつはそのことに気付いて、眩しくないように配慮してやったらしい。

『そっか。ヒーローくんは海の生きものに詳しいから、その人がなんの人魚なのかもひと目見ただけでわかったんだ。具体的にはどんなことをしたの?』
 
 うむ。目に装着するフィルターのようなものを誂えてやったそうじゃ。

『ふむふむ。どんな形してるかはわからないけど、グラサンっぽい機能のあるゴーグルみたいな感じかな?』
 
 入ってくる光の量を調節する道具のことじゃな。……実を言うと、あまり効果はなかったようじゃが、その者の苦しみに気付いたのはあやつだけじゃった。『貴様の気持ちが嬉しい』と、偏屈な人魚はそやつに心を開いた。

『なるほど。二人称が尊大なのからもキャラ伝わってくるね。あだ名をつけるなら“ハカセくん”ってとこか。そこからの流れはなんとなく想像つくな。ヒーローくんはハカセくんを自分の計画に引き入れたんだ。詳細を話す前に独自の技術を特別に教えるなりなんなりして貸しを積み上げてって……。ハカセくんが使える駒に成長したあたりで協力を要請した?』
 
 ああ。訂正の必要はない。ひとつだけあやつにとって想定外の事象があったとすれば、その者のほうがそやつよりも腕のいい医者になったことじゃろうか。
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