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◆ネを叩く女<前編>
しおりを挟む『スネを叩く女』
水曜日が好きだ。平日の折り返しで憂鬱だと答える学生や社会人も多いだろうが、俺にとっては彼女と確実に会える曜日だから。
水曜というのは彼女からの指定だが、『週末まで乗り切る元気が欲しい』なんて頼み込まれたら断るわけにもいかないだろう。
今日も六割程度の力で仕事を片付けた俺は、シティホテルの上層階にいた。
「ふふふふふ……♡ やっぱり良い脛してるわぁ♡♡ 惚れ惚れしちゃう……♡」
俺の彼女はよく脛を叩く。今日は特に待ちきれなかったらしく、部屋に入るや否やベッドに寝かされた。
背を向けて跨った彼女はスラックスをずらしもせずに脛を叩き始めた。叩くといっても痛みをおぼえるほどの力は与えられない。平手でペシペシする程度だ。たまにグーでコンコンされるが、やはり痛いと感じるほどのものではない。
俺としてはもう少し――少しの範疇を超えているが、上のほうを触ってもらいたいというのが本音だ。しかし、焦らされるのも一興だ。
そう言い聞かせているうちに脛を叩かれることに徐々に快感をおぼえるようになってしまったというのは、まだ彼女には伝えていない。伝える予定も今のところない。
「本当に好きだよな…………」
前戯の一環としてだったり何の脈絡もなく触れてきたり日によってばらつきはあるものの、会うたびに俺の脛を叩くのは彼女の愉しみのひとつであるようだった。
変わった嗜好だとは思うが、探せばそこいらじゅうにおかしな嗜好を持った奴はいるし、彼女程度その中では上澄みかもしれない。
「嫌?」
「触るのは好きにすりゃいいけど、叩かなくたっていいだろ。なんかあると肩バシバシ叩いてくるおばさんか?」
言うほど嫌ではない、むしろ好ましい――。開花させられた被虐心を隠すための言葉を吐いた直後、振動が止んだ。
「よく言うわぁ。十近く年下の女を捕まえておいて……♪」
彼女は真っ直ぐで艶やかな髪を揺らして振り向いた。身体を捻ったときの胸の出っ張りと腹の薄さの対比は俺の持ち得ないもので、無意識に喉を鳴らしていた。
「拗ねるなよ。そんな事思ってないから」
「知ってる♡」
顎を上げ、喉を反らして笑むさまは、絶頂時の仕草と酷似していた。
「…………ああ。今週の分まだだったよな」
尻ポケットから長財布を取り出し、最も高額の紙幣を数枚抜き取った。片方だけ尻が浮いてしまうので、財布もベッドの上に置いておく事に決めた。
支払いのほとんどは電子マネーに移行して久しいが、俺は当分財布を手放すわけにいかないだろう。彼女は現金派だから。
「ここ置いとくから、忘れずに持って帰れよ」
数枚のピン札がどこかへ行ってしまわないよう、サイドテーブルの上のメモ帳を重しにした。限界まで伸ばした腕の筋肉が悲鳴を上げている。
「うふふ、ありがとう。助かるわぁ♪」
彼女は礼を述べたが、紙幣には目もくれずに俺の脛を叩く作業に戻った。
パパ活としか思えないやりとりを繰り広げた俺たちだが、関係性としてはごく普通の恋人同士だ。今の彼女の態度でわかるように。
金を渡すようになったきっかけは、彼女が質素な生活をしているらしいと知ったこと。出会って数ヶ月、付き合い始めて数週間程度が経過したタイミングだったはずだ。
物価の高騰や相次ぐ家電の故障――引っ越したときに買い替えたものが寿命を迎えて一気に大金が飛んでいったらしい――が重なって、自由に遣える金が減ってから自然と自分に掛ける金が減ったのだと、ラウンジの片隅で打ち明け話をしてくれた。小雨の降る晩だった。
それならば――と、会うたびに自由に遣える金を渡すようになった。財布に入っていた紙幣をすべて握らせようとして断られたのは、その翌朝のこと。鏡台の前で口紅を引き終えた彼女がリップスティックのキャップを転がしてしまったのをよく覚えている。
初めのうちは遠慮して頑なに受け取ってくれなかった(十回以上丁重にお断りされてしまった)が、説得を続けたら受け取ってくれるようになった。
最初から金目当てだったのかもしれないというのは俺自身感じていることだが、納得したうえで渡しているし、様々な名目で毟り取られる税金よりもよほど有意義な使い途だ。
だから、もし道を分つ時が来ても、今まで掛けてきた金を返せとは思わない。
彼女だってとうに成人を迎えていることだし、当人同士の問題だ。これはこれで健全な関係と言えるだろう。しかし――。
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