◆ネを叩く女

片喰 一歌

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◆ネを叩く女<後編>

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「…………って言う割に、俺の渡した金使ってる気配ないんだよなぁ……」

「ふふふ♡♡ だって……♡ 貴方から貰ったものを無闇矢鱈に消費する訳にはいかないじゃない?♡♡ そんな事より――――」
 
 釦を上から真ん中まで外し、凝った装飾の下着をちらつかせた彼女の笑みはひどく蠱惑的だ。すっきりした顔立ちのせいか、あるいは所作や表情の作り方から醸し出されるしっとりした雰囲気のせいだろうか。――打ち明け話を聞いた晩のように、そうっと地面を濡らす雨音が聞こえてくる気がした。

「ねぇ……♡♡ こっちにもくれるでしょ……?♡」

 惚けている間に、彼女は俺の股間を寛げていた。

「……っ、待てって。今日危ないんだろ。まだ着けてない……!」

 頼んでもいないのに見せられたスケジュールが脳裏によみがえる。少しも太いとは思えない左の太腿に上と揃いの下着をつけたまま、腰を下ろす直前の彼女に制止をかけた。

「ふふふ……♪ 本当にそう思う?」

 すると、細面の美貌が蛇行しながら迫ってきた。ろくろ首のようで肝が冷えたなんてこと、決して悟らせてはならない。

「何が?」

――――?」

「はぁ?」

 間の抜けた声を上げると、彼女は身体をくねらせながら元の場所まで引き上げた。艶めかしい残像が霞んだ視界に煙る。

「…………貴方じゃない?」

 ――――直後、下半身が先週ぶりの感覚に包まれる。しかし、飲み込まれたのは俺の身体の一部だけなんだろうか。
 
「危ないのは――――貴方。貴方でしょ。……貴方のほうよ、どう考えたって。かもしれないっていうのに、危機感が足りてないんじゃない、の…………?♡♡」

 彼女は脛を叩くときと同様に、乱暴なことも派手なこともしない。淡々と、しかし確実に快感を積み上げていく職人技さながらの手腕に、幾度となく恍惚の溜め息を吐かされてきた。

「――――んだよ、脛の骨を折られるって……。お前の力じゃそんなこと出来っこないだろうが」

「うん、そうね?♡ 私には無理……♡♡ 私に出来るのなんて、貴方に極上の快楽を与えてあげることくらいだものねぇ……♡♡」

 魅惑の曲線美が何重にも重なって見える。

「う……っ♡♡ 止まれって…………♡ なぁ……、止まってくれよ……♡♡」

「悦さそうにしちゃって……♡♡ 可愛い人♡」

 敏感になった胸の突起物を捏ね繰り回す細い指先には、唇と同系色の毒々しいネイルが煌めいている。彼女は本当に人間か。人を誑かす化生の類ではないのだろうか。そうでなければ天性の魔性か。

「…………そろそろお願い♡」

 彼女が俺――ではなく扉に向かって話しかけた刹那、屈強と形容するしかない男が部屋に押し入ってきた。

(おい、嘘だろ!? 鍵開けたままこんなことしてたってのか? 普通じゃないとは思っていたが、この女、想像以上にイカれてやがる…………!)
 
 剥き出しの上腕二頭筋には作るまでもなく力瘤がくっついていたし、縦幅も横幅も体の厚みもすべて、この国の規格からはみ出している。

 それだけならまだしも、最悪なことに国籍不明のマッチョマンは左手にトンカチを携えていた。

 ――――となれば、これから自分の身に起きるであろう凶事も予測出来てしまう。普通サイズのトンカチがちゃちな玩具にスケールダウンして見えるのが、かえって恐ろしい。

「承知」

 体格に見合う重低音で了承の意を短く示した男は、身動きの取れない俺の横につけた。

「…………金、ちゃんと使ってたんだな」

 言ってやりたいことも訊きたいこともあったはずなのに、ぽかんと開いた口から転び出たのは喘ぎ声より間抜けな一言だった。

「いつも言ってくれてるでしょ?♡ 『こいつで好きなもん買えよ』って♡♡ だから、貴方の言う通りにしたの……♡ ありがとう♡ 愛してるわぁ……♡♡」

 再度身体を倒した彼女が唇を重ねてきた。

「言ったけど……! まさか人を雇うために使われるなんて思ってな――――」

 去り際に残していった香りがいたく甘く精神を蝕みに来たが、誤魔化されてなるものか。

「そうねぇ♡♡ だけど、貴方の事を手に入れるためだから♡ 貴方から貰ったお金を貴方に還元するだけ。違う?♡♡ 違わないでしょう?♡ うっふふふふふ……♡♡」
 
 腹の底から込み上げる歓喜を存分に撒き散らしていた彼女がふいに真顔になり、真っ直ぐ手を挙げた。

「おい、待ってくれ! 考え直すんだ! 俺が動けなくなったら――……」

 彼女はどのような不利益を被るというのか。それ以上、話を続けることは出来なかった。

「――――そういうわけだから。一瞬で終わらせてあげてね♪ 私がこの人のこと動けなくしてる間に……♡」
 
 ぞっとするほど酷薄な笑みを浮かべた彼女は、男に一瞥もくれずに言い放った。指先を揃えた手が下ろされる。そのすぐあとに、彼もトンカチを振り下ろした。

 
『ホネを叩く女』


END
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