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鶯音を入る
第六十八夜
しおりを挟む「私が保育士になってたら、私達は出会ってない? そうですかね? どのみちお酒は好きだっただろうし、そんな事は…………いえ、ありえますね。保育士がバー通ったり、夜な夜な男と会ってたりする所、保護者さんに見られたら心証悪すぎますもんね。行きたくても行けないか。……そう考えたら、私の選択も間違いじゃなかったのかもしれません。保育士って職業を給料で弾いた割に、高給取りにはなれてませんけど」
「アタシもお金ないから、一緒。多分、一握りだよ。お金持ちなんて」
時間が進んだからか、繁華街に近付いてきたからか、二足歩行の生き物が私達だけだった世界には、スーツ姿の人や朝帰りとおぼしき人々がぽつりぽつりと出現し始めた。
皆、きちんと身なりを整えていて、豊かな暮らしが出来ているように見えるが、食費を削って毎月の請求に怯えているかもしれない。
「紅さん、ファビュラスでゴージャスだから、お金持ってそうに見えるんですけどね。……私、タワマンに連れ込まれるんじゃないかって、ビクビクしてましたもん。結構な曰く付きぶっけ…………もうはっきり言っちゃって良いか。ボロアパートで安心しちゃいましたよ。……いや、セキュリティ面の心配はしてましたけどね。独居世帯の女性が選んじゃいけない物件の特徴、絶対全クリしてますもん、あそこ。だから、そういう点でもエアコン壊れて良かったって言えるかもしれません。セキュリティがザルで安全とは程遠くても、もう一人いれば、独りよりはずっと安心です」
「…………ホントに持ってたら、良かったんだけど。お金。そしたら、もっとちゃんとしたトコ、住めるし」
彼女が呟いたその時、露先の一つがほつれているのが目に入った。
彼女の家のリビングの剥がれかかった壁紙と、ほつれた露先が重なる。
(壁紙直してないのは賃貸だし、長く住むつもりもないからで…………。日傘買い替えてないのは、ただ面倒だからだと思うけど……)
最初からそれを目に入らなかったものとして、口を開いた。
「それは本当に。でも、自己責任とかではないと思うんですよ。頑張った分だけ稼げて、お金持ちになれる世の中なら良かったんですけど、残念な事にまだそんな世界は来てませんからね。今でも、二人で生きていく分にはとりあえず困らない位には稼げてますけど、これからは養育費も必要になってきますし、切り詰める所はしっかり切り詰めて行かなくちゃかもですね…………」
「お金ないと、何にも出来ないよね。衣食住だけじゃない。安全も教育も健康も、買わなきゃ手に入らない」
「本当にそう。世知辛いです。気候も変わって、治安は悪化してるのに、生活は楽にならないなんて。……でも、希望がない訳じゃないですよ。今って、良い時代ですよね。プラットフォームが充実してて、個人でも色んな方法で発信出来ます。紅さんはすでにデビューしてて、良い声持ってるんですから、これから一発当てるのも夢じゃないですよ。一曲でも大当たりすれば、印税で一生暮らせます」
らしくもない大きな夢を、私は語ったつもりで騙ってしまっているのだろうか。
「確かに、どこにいても仕事出来るし、近くにいない人にも届けられるし。アタシの適職、かも」
しかし、彼女は私の広げた大風呂敷に乗っかり、にやりと笑ってみせた。
「……いえ、天職ですよ。きっと。天職にしましょう。適職で、天職。ネット環境さえあれば、海の向こうにだって届くんですから。紅さんの歌声は! …………まあ、一度も聴いた事ない奴が何寝言言ってんだ、って感じかもしれませんけど」
それならば――――と、より大きな夢を語った。
今は大風呂敷だって、彼女と一緒なら、新しい世界に飛び出す魔法の絨毯になる。変えて行ける。
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