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薄翅蜉蝣
第十六夜
しおりを挟む「美味しい」
「良かったです。味も食欲も大丈夫そうで」
言い知れぬ不安は的中していたらしい。
「……ん。ありがと。心配してくれて」
出掛けの宣言通り、食欲は落ちていないようだったので、そこについては安心したが、返事はワンテンポ遅れて返ってくるし、並んで食事している私の口に何かを放り込んでこないという事が、その確信をより強くした。
「このタレ、自作?」
前を向いて咀嚼していた彼女が、突然尋ねてきた。
「はい」
と肯定すると、『やっぱり』と笑って。
「翠の味付け、好き」
なんて無邪気に言うから、本当に狡い人だ。
無論、彼女に他意はないが、私自身に対してでも私に附随する何かに対してでも、彼女『好き』の破壊力は未だに衰えていなかった。
「ありがとうございます。紅さんの胃袋、ゲットだぜ」
良い加減に慣れたらどうかとは思うが、わざわざ嬉しさに蓋をする必要はないし、それを表に出せば出すほど彼女も喜んでくれると知った今は、素直に伝えるようになった。
――――彼女に合わせて、少し古めかしい表現を選んで。
「そんなに好きなら、今度、伝授しましょうか? 今なら二人の時間も多く取れますし」
「ううん」
「良いんですか? 覚えておけば、エアコン来た後も自作出来るのに?」
――――どうか『離れ離れになっても』と言いかけた事に気付かれていませんように。
「……そしたら、作りに来て。味が同じでも、翠に作ってもらうから、美味しいの」
彼女は少し考えてから、箸を置いて踏ん反り返ってみせた。
やはり、普段に比べて反応が遅い。
普段が早すぎるというのもそうだが。
「紅さん、私の事お抱えのシェフか何かだと思ってません?」
「女王様には、居てもおかしくない。……でしょ?」
「……まあ、私も一人分より二人分の方が用意しやすいですし? 紅さんの美味しいエスニックとかイタリアンとか御馳走になってますし? その程度、御安い御用ですけどね」
先程とは雰囲気の違う蠱惑的な笑みで小首を傾げる彼女の耳を見ないようにして、胸を張る。
「そ? じゃ、明日はアタシが作るね」
「元々交互にって話でしたよ」
「そうだっけ?」
「そうですよ。でも、楽しみにしてます」
しかし、張ったのは胸だけではなく、虚勢もだったかもしれない。
さっき言いかけた一言がまだ頭に残っていたから。
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