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鶯音を入る
第十夜
しおりを挟む――――どうか私の心を平穏な状態に戻してほしい。
今の私は、複雑な迷路の真ん中に目隠しで連れて来られ、一人でそこから脱出するミッションを課せられてしまっている人のようなものだ。
今夜こそはキス以上の事をする関係になれるんじゃないかと期待して、どんなに忙しくて疲れているときでも念入りに身体を洗っていたあの日々に戻りたい。
強烈な眠気の原因なんて、突き止めようとしなければ良かったのに。
「…………うん。わかってて、とぼけた。ごめん」
嘘でも良い。嘘とわかっていても信じたのに、馬鹿正直に肯定した彼女は、深々と頭を下げた。
「そうですか。……まあ、過ぎた事です。原因はわかったし、これ以上責める気はありません。私もしんどいですし……」
しかし、過去は変えられない。
どんなに願っても、私はもう、真剣で青臭い程に純粋な初恋に浮かれていた頃には戻れない。
それに、ここが彼女の家ではなく、私達の出会った店で、今、モヒートを飲んだとして、本当に落ち着く事が出来るのかどうかも疑わしい。
それというのも、ここの所、私の情緒を安定させてくれていたのは誰あろう彼女の存在で、言葉で、彼女のいる空間で、生活で――――。
詰まる所、彼女は私の全てといっても過言ではなかった。
だから、大好きなお酒なんかではきっと力不足だ。
彼女の代わりなんて、ただのカクテルに務まる訳がない――――。
「……さっき訊こうとしてた事、訊きますね。もしかして…………紅さんには、私の血が必要ですか?」
「!」
彼女の目が驚愕で見開かれた。
ホラー漫画だったら、両方の眼球が見る見るうちに盛り上がり、神経をぶら下げたまま、ゴトリと落ちていた事だろう。
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