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第一の試練
第一の試練<2>
だが、そこまでならまだよかった。許せた。家族からの緊急の連絡が来た可能性はゼロじゃないから。
ただ、家族なら『父』とか『お姉ちゃん』とか、あるいはフルネームで登録されているケースが多いんじゃないかと思う。
――――今回はそうじゃなかった。確認するまでもない。たったの一文字が俺の心を掻き乱す。
実際には呼び出し音が鳴り響いていたのは数十秒ほどだったと思うけど、俺には永遠にも感じられるほど長い時間に感じられた。
「は? 誰、こいつ…………」
人は誰しも悪態をつくときのトーン――もっとわかりやすく言うと、あえて不機嫌を表明するときのための声色――を持っているんじゃないかと思うけど、俺の口からはまさにそんな感じの紗世ちゃんには極力聞かせたくない声が出た。
ようやく声が出せる状態になったのは、なかなかに根性のある着信相手が諦める寸前になってからだったけど。
(…………紗世ちゃんの家族にこんな名前の人、いなかったよな? ……元カレ? いや、でもな……。こないだ別れた奴じゃないのは確定だけど、何ヶ月も何年も前の男がわざわざ連絡寄越すことってある? ……あるにはあるか。『ヨリ戻そう』って打診より宗教の勧誘の線が濃厚ってだけで)
――――画面に表示された『翠』という登録名は繁華街のネオンよりもいやらしく光り、俺を混乱に陥れてくれた。
彼女が俺をどんな名前で電話帳に登録しているかもわからないけど、おおかた『鏑木くん』とかだろう。
名前呼びをお願いしているのは行為中だけだし、彼女は同時進行で恋愛出来るくせに、マメな性格はしていないから。
(俺の登録名はまた今度変えてもらうとして――――。ほんと誰、こいつ。……そういえば、紗世ちゃんのセフレに『ミドリ』って奴いたな。そいつ? こんな時間に電話してくるとか、十中八九一発ヤろう的な誘いじゃん。……まだ切れてなかったのかよ……)
思考は自動的に着信相手と彼女の関係性から着信相手の目的と交際開始からの彼女の動向へとスライドしていった。
(…………俺からは『全員切って』みたいなことは言ってないよ? でもさ、俺の一途さも潔癖さも紗世ちゃんは知ってるはずで、なるべく俺の嫌がることはしないように気を付けてくれてるのわかってたし、本人も『気を付けるね』って言ってくれてたし――――。だから、なんにも言われてなくても当たり前に関係あったオトコ全員切ってくれてるって信じてたんだよ……。……でも、所詮は口約束だし、人ってそんな簡単には変われないよな……。そもそも俺に紗世ちゃんの交友関係制限する権利なんてないし。今は当然として、この先もずっと。付き合ってても結婚したあともそれは変わらないだろ。他人の行動制限する権利なんて誰にもないよ)
もやもやを抱えながら重い足取りで彼女の眠るベッドに戻ってきて、無理矢理就寝態勢を取った。
(俺は今のを見なかったフリするのが一番安全か? ……でも、それじゃこの先もずっと紗世ちゃんを疑い続けることになって、しんどくないか? ……聞くしか……ないかな、やっぱり)
目を閉じて掛け布団を首まで掛けても、覚醒しきった思考回路が遮断されることはなかったから、軽く翌朝のシミュレーションをしてから強引に意識を落とした。
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