星渡る舟は、戻らない

蘇 陶華

文字の大きさ
7 / 173

僕の居る場所

しおりを挟む
僕にとって、youtubeの為の歌詞作りは、気分転換になっていった。寧大は、才能があって、曲作りは流石だと思う。よく、駅前や地下道で、曲を披露しているのを見かけていた。寧大との出会いも、飲みに行った帰りで、僕のよく知っている歌を弾いていた。合わせて、歌う寧大の歌声が、少しだけ、おかしくて、酔っていたせいもあり、僕は、いつしか、口ずさんでいた。春の夜だった。僕の音楽活動は、うまく行ってなかった。ヤケクソで、飲んで、知らない人達に、囲まれて歌う。なんて、気分がいいんだろう。僕には、才能がないかもしれない。
「バイオリンなんて!食べていける訳ないだろう」
親父の口癖。確かに、そうだ。だけど、僕は、弦楽器が好きなんだ。僕は、表現者だと思っている。僕の中に溜まっている物を形にして、吐き出したい。親父は、それが和菓子であり、僕は、音楽なんだ。だけど、親父は、
「食っていくためだ!」
と一喝した。兄のように、安定した職に就くのを待っている。結局、バイオリンで、挫折して、親父は、勝ち誇った顔をしていた。僕は、処刑台に送られる気分だった。
「一緒にやろう」
寧大が、声をかけてくれた。見かけた時に、僕は、バイオリンを持参し、一緒に弾いた。何にも、縛られずに。気分が良かった。
「バイオリン。いいと思う。けど、僕は、海の声が欲しい」
「僕の声?」
「一緒にやらないか?」
僕は、この時、バイオリンで食べていけないなら家業を継ぐという誓約書を書かされていた。
「顔出しは、マズいんだ」
「顔は、いらない。声だけでいい」
寧大と一緒に、極秘で、活動する事が決まった。バイオリンは、しばらく封印する事になった。朝は、親父に仕事を習い、合間を縫って、ルナの散歩に出かける。あの時、ルナのリードと絡まった白杖の女性の事が気になったが、しばらく会う事はなかった。もう、会う事はないと思っていた日、店の奥のテレビで、彼女の事を知る事になる。
「あれ?真行寺さんとこの娘さんでないか?」
テレビでは、地元の実業家の女性の特集を定期的に、放映している。地域の天気予報の後、視覚障害を持ちながら、キャリアを積んでいる女性の紹介をしていた。
「知っているの?」
仕込みを手伝いながら、僕は、聞いた。この間、すれ違った女性は障害を持ちながら、新たな事業を起こそうとしている話だった。
「よく、季節毎に生菓子をまとめて、納めさせてもらっていたんだよ。お母様が、お茶会をやられていてね」
「お茶会?」
お茶会で、使用する生菓子をまとめて、納める事は、よくある。そんな大きなお茶会を行うなんて、大きな家の娘さんに違いない。
「あんな事があって、目が見えなくなるなんて、可哀想だったけど、色々、仕事に取り組んでいるんだな」
親父は、しきりに感心している。
「あんな事?」
僕は聞いた。
「事故だよ。交通事故。一緒に乗っていた人は、亡くなったって聞いたよ」
「そうなんだ」
僕は、テレビの中で、微笑む彼女の顔を見つめた。目が見えないなんて、思えないほど、真っ直ぐに見つめる目線は、僕の方を見ていた。
「こうやって、頑張っている人も、いるのに。夢見ている奴は、いつまでも、目覚めん」
「はいはい」
親父の嫌味に、僕は、返事をする。あのすれ違った子は、事故で、目が見えなくなったのか。そんな事を思いながら、僕は、彼女の事が気になっていた。
しおりを挟む
感想 0

あなたにおすすめの小説

〜仕事も恋愛もハードモード!?〜 ON/OFF♡オフィスワーカー

i.q
恋愛
切り替えギャップ鬼上司に翻弄されちゃうオフィスラブ☆ 最悪な失恋をした主人公とONとOFFの切り替えが激しい鬼上司のオフィスラブストーリー♡ バリバリのキャリアウーマン街道一直線の爽やか属性女子【川瀬 陸】。そんな陸は突然彼氏から呼び出される。出向いた先には……彼氏と見知らぬ女が!? 酷い失恋をした陸。しかし、同じ職場の鬼課長の【榊】は失恋なんてお構いなし。傷が乾かぬうちに仕事はスーパーハードモード。その上、この鬼課長は————。 数年前に執筆して他サイトに投稿してあったお話(別タイトル。本文軽い修正あり)

魔法師団長の家政婦辞めたら溺愛されました

iru
恋愛
小説家になろうですでに完結済みの作品です。よければお気に入りブックマークなどお願いします。 両親と旅をしている途中、魔物に襲われているところを、魔法師団に助けられたティナ。 両親は亡くなってしまったが、両親が命をかけて守ってくれた自分の命を無駄にせず強く生きていこうと決めた。 しかし、肉親も家もないティナが途方に暮れていると、魔物から助けてくれ、怪我の入院まで面倒を見てくれた魔法師団の団長レオニスから彼の家政婦として住み込みで働かないと誘われた。 魔物から助けられた時から、ひどく憧れていたレオニスの誘いを、ティナはありがたく受ける事にした。 自分はただの家政婦だと強く言い聞かせて、日に日に膨らむ恋心を抑え込むティナだった。 一方、レオニスもティナにどんどん惹かれていっていた。 初めはなくなった妹のようで放っては置けないと家政婦として雇ったが、その健気な様子に強く惹かれていった。 恋人になりたいが、年上で雇い主。 もしティナも同じ気持ちでないなら仕事まで奪ってしまうのではないか。 そんな思いで一歩踏み出せないレオニスだった。 そんな中ある噂から、ティナはレオニスの家政婦を辞めて家を出る決意をする。 レオニスは思いを伝えてティナを引き止めることができるのか? 両片思いのすれ違いのお話です。

腹黒上司が実は激甘だった件について。

あさの紅茶
恋愛
私の上司、坪内さん。 彼はヤバいです。 サラサラヘアに甘いマスクで笑った顔はまさに王子様。 まわりからキャーキャー言われてるけど、仕事中の彼は腹黒悪魔だよ。 本当に厳しいんだから。 ことごとく女子を振って泣かせてきたくせに、ここにきて何故か私のことを好きだと言う。 マジで? 意味不明なんだけど。 めっちゃ意地悪なのに、かいま見える優しさにいつしか胸がぎゅっとなってしまうようになった。 素直に甘えたいとさえ思った。 だけど、私はその想いに応えられないよ。 どうしたらいいかわからない…。 ********** この作品は、他のサイトにも掲載しています。

俺様上司に今宵も激しく求められる。

美凪ましろ
恋愛
 鉄面皮。無表情。一ミリも笑わない男。  蒔田一臣、あたしのひとつうえの上司。  ことあるごとに厳しくあたしを指導する、目の上のたんこぶみたいな男――だったはずが。 「おまえの顔、えっろい」  神様仏様どうしてあたしはこの男に今宵も激しく愛しこまれているのでしょう。  ――2000年代初頭、IT系企業で懸命に働く新卒女子×厳しめの俺様男子との恋物語。 **2026.01.02start~2026.01.17end**

子持ち愛妻家の極悪上司にアタックしてもいいですか?天国の奥様には申し訳ないですが

霧内杳/眼鏡のさきっぽ
恋愛
胸がきゅんと、甘い音を立てる。 相手は、妻子持ちだというのに。 入社して配属一日目。 直属の上司で教育係だって紹介された人は、酷く人相の悪い人でした。 中高大と女子校育ちで男性慣れしてない私にとって、それだけでも恐怖なのに。 彼はちかよんなオーラバリバリで、仕事の質問すらする隙がない。 それでもどうにか仕事をこなしていたがとうとう、大きなミスを犯してしまう。 「俺が、悪いのか」 人のせいにするのかと叱責されるのかと思った。 けれど。 「俺の顔と、理由があって避け気味なせいだよな、すまん」 あやまってくれた彼に、胸がきゅんと甘い音を立てる。 相手は、妻子持ちなのに。 星谷桐子 22歳 システム開発会社営業事務 中高大女子校育ちで、ちょっぴり男性が苦手 自分の非はちゃんと認める子 頑張り屋さん × 京塚大介 32歳 システム開発会社営業事務 主任 ツンツンあたまで目つき悪い 態度もでかくて人に恐怖を与えがち 5歳の娘にデレデレな愛妻家 いまでも亡くなった妻を愛している 私は京塚主任を、好きになってもいいのかな……?

極上イケメン先生が秘密の溺愛教育に熱心です

朝陽七彩
恋愛
 私は。 「夕鶴、こっちにおいで」  現役の高校生だけど。 「ずっと夕鶴とこうしていたい」  担任の先生と。 「夕鶴を誰にも渡したくない」  付き合っています。  ♡-♡-♡-♡-♡-♡-♡-♡-♡-♡-♡-♡-♡-♡-♡-♡-♡  神城夕鶴(かみしろ ゆづる)  軽音楽部の絶対的エース  飛鷹隼理(ひだか しゅんり)  アイドル的存在の超イケメン先生  ♡-♡-♡-♡-♡-♡-♡-♡-♡-♡-♡-♡-♡-♡-♡-♡-♡  彼の名前は飛鷹隼理くん。  隼理くんは。 「夕鶴にこうしていいのは俺だけ」  そう言って……。 「そんなにも可愛い声を出されたら……俺、止められないよ」  そして隼理くんは……。  ……‼  しゅっ……隼理くん……っ。  そんなことをされたら……。  隼理くんと過ごす日々はドキドキとわくわくの連続。  ……だけど……。  え……。  誰……?  誰なの……?  その人はいったい誰なの、隼理くん。  ドキドキとわくわくの連続だった私に突如現れた隼理くんへの疑惑。  その疑惑は次第に大きくなり、私の心の中を不安でいっぱいにさせる。  でも。  でも訊けない。  隼理くんに直接訊くことなんて。  私にはできない。  私は。  私は、これから先、一体どうすればいいの……?

王太子妃専属侍女の結婚事情

蒼あかり
恋愛
伯爵家の令嬢シンシアは、ラドフォード王国 王太子妃の専属侍女だ。 未だ婚約者のいない彼女のために、王太子と王太子妃の命で見合いをすることに。 相手は王太子の側近セドリック。 ところが、幼い見た目とは裏腹に令嬢らしからぬはっきりとした物言いのキツイ性格のシンシアは、それが元でお見合いをこじらせてしまうことに。 そんな二人の行く末は......。 ☆恋愛色は薄めです。 ☆完結、予約投稿済み。 新年一作目は頑張ってハッピーエンドにしてみました。 ふたりの喧嘩のような言い合いを楽しんでいただければと思います。 そこまで激しくはないですが、そういうのが苦手な方はご遠慮ください。 よろしくお願いいたします。

偽装夫婦

詩織
恋愛
付き合って5年になる彼は後輩に横取りされた。 会社も一緒だし行く気がない。 けど、横取りされたからって会社辞めるってアホすぎません?

処理中です...