星渡る舟は、戻らない

蘇 陶華

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母の告白

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どうして、気になるのか。
ただのバイオリンが好きな男だ。
才能なんて、ある訳がない。
自分への当てつけで、ライブ会場の前で、弾いただけ。
どうして、気になるのか。
何度も、自分に聞いてみたが、答えは出ない。
もう一人の自分を見ているよう。
そう、感じた。
バイオリンケースが、自分と同じだった。
誰かが、真似たのか、書き殴ったサイン。
「こんなの、誰だって、真似る事ができる」
そう言い訳した。
彼が気になるのは、もう一つだった。
あの盲目のモデル。そして、事務所の社長が、彼を気に入っていた事。
どうして、才能もない彼を?
本当に才能がないのか?
いや・・・自分が嫉妬しているのは、まだ、未完成ながらも、情熱的な彼の技術だ。
確かに、古典的な楽曲なら、自分は、勝つ事ができるだろう。
ただ・・・今の音楽。
自分は、あまりにも、基本に縛り付けられている。
彼の自由な表現力が羨ましかった。
嫉妬している。
自分は、彼の存在を知って、嫉妬を感じている。
「いやだ・・・」
初めて感じた、恐怖。不安感。
全て、彼からだった。
「あいつは、一体・・何者なんだ?」
年齢は、自分とあまり、変わりない。
競演が近いというのに、練習に集中できない。
きっと、その場には、彼女が来るだろう。
自分の事務所の社長なんだから、当たり前だ。
そう、思いたかった。
あいつが、来るから、社長が現れる訳ではない。
いつになく、感情的になっていた。
「蒼?」
突然、取った携帯の声は、蒼の不調さを、感じ取っていた。
「ホテルのロビーに居るんだけど、迎えにきてくれないの?」
それは、久しぶりに聞く、母の声だった。
「ママ?本当に来たの?」
来ると言って、来なかった事は多かった母が、珍しく現れた。
蒼の滞在しているホテルに姿を現す事は、滅多になかった。
亡くなった父の顔わりに、必死で、働いてきた母親。
「忙しいんじゃ・・・」
そう言いながらハッとした。
母親の会社は、澪の親会社と取引がある。
その伝手で、事務所と契約したのだから。
「仕事で?」
「それだけではないわ」
母親は、言った。
「どうしても、蒼に逢いたかったの」
「僕に?」
「確認したい事があって・・・」
「わざわざ、日本にまできて」
「日本にいるから、来たのよ。蒼」
母親は、間を置いて言った。
「きちんと、言っておきたい事があるの」
母親の声は、深刻だった。
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