「匂いを嗅ぐ名探偵は、高校生活に巻き込まれる! 臭気判定士の能力で転校生の秘密を嗅ぎ取る青春ラブコメ」

本能寺から始める常陸之介寛浩

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第14話:汗と制汗剤と、夏制服の距離感

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季節が変わると、匂いも変わる。

梅雨が明け、つくばの空には夏の陽射しが照りつけていた。
朝から30度近い気温。制服は夏服に切り替わり、女子は半袖のブラウスに。男子もシャツ一枚になった。

それだけで、匂いの密度が跳ね上がる。

僕の鼻は、朝のHR前から既にフル稼働だった。

(制汗剤のアルコール、柑橘系の香り、ローズ系、ミント系、石鹸、パウダー、ベビーフローラル……!)

全員が一斉に「夏の匂い対策」を始めたことで、教室はさながら**“香りの見本市”**状態。
女子たちが登校してくるたびに、様々な香りが交差し、混ざり、そして――“距離感”を揺さぶってくる。

そんな中。

「おっはよ~、白井っ!」

後ろから急接近してきたのは――白神 ルナだった。

「うわっ、ちょ、近……」

「なになに? 夏服のルナに鼻血出そうになってんの? やだ~変態~!」

彼女はからかいながら僕の机に寄りかかる。
腕がほんの少しだけ僕のシャツに触れていて、汗ばんだ肌のぬくもりとともに、フルーティな制汗剤の香りがふわりと鼻先に届く。

「……マンゴーとグレープフルーツ。新しいやつ?」

「え、わかるの? すごっ、やっぱ変態嗅覚だね~!」

「違う、これは“技能”だ。国家資格持ちだぞ」

「でもその技能で女子の汗の匂い当ててるの、どう考えてもアウトでしょ」

「ぐ……」

確かに、言い返せない。

「でもさー、夏って、距離感バグるよね。暑いから皆くっつかないようにしてるのに、逆に汗かいて近づくと余計に気になっちゃうっていうか」

「……それ、分かる」

不意に後ろから、柔らかな声がした。

振り返ると、久遠 美月が立っていた。
いつもより少しだけ前髪が額に貼りついていて、首筋にはうっすら汗の粒。
だけど、そこから漂ってくるのは、控えめなパウダーフローラルの制汗剤と、ほんの少しの肌の匂い――人間らしさだった。

「……白井くん、やっぱり今日も“香ってる”の?」

「うん。夏は特にね。香りが近くなるから」

「そっか……。だったら、少し距離取った方がいい?」

「……いや。今日は、むしろ“近くでいい”」

言った瞬間、僕は自分の口から出た言葉にびっくりした。
だけど、それが嘘じゃないのは、美月の匂いが、安心できるものだったからだ。

美月が、微かに頬を染めて、目を伏せる。

「……じゃあ、ちょっとだけ、そばにいさせて」

(え、やばい、これは……)

 

そんな中、教室の入り口でどよめきが起きた。

「おい、見たか? 1年の方で、熱中症で倒れた子がいるらしいぞ」

「保健室、いっぱいで2階の空き教室に運ばれたって」

その話に、僕の鼻がピクリと反応する。

(……昨日の教室に残ってた、“消毒液とアンモニアの混じった汗臭”と同じだ)

思わず立ち上がる。

「白井くん?」

美月とルナが同時に声をかける。

「ちょっと、気になる匂いがある。行ってくる」

「また? ほんとに“事件の匂い”か何か?」

「かもしれない。人が隠そうとする匂いって、だいたいろくなことじゃないから」

夏の陽射しが、教室の床を焦がしていた。
でも僕の嗅覚は、すでに次の“異変”を嗅ぎ取っていた。

香りと距離と感情が交錯する、夏。
その始まりを告げる一日だった。

 

つづく。
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