「匂いを嗅ぐ名探偵は、高校生活に巻き込まれる! 臭気判定士の能力で転校生の秘密を嗅ぎ取る青春ラブコメ」

本能寺から始める常陸之介寛浩

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第88話:手をつないで、香りの世界へ

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 放課後の空気は、まだ夏の熱を引きずっていた。

 教室を出た僕は、ひとり校門を出て、いつもの帰宅ルートとは逆方向に足を向けた。

 制服のシャツを緩めながら、ふと感じる。

 ──後ろから、誰かの視線。

 振り返ると、そこにはやっぱり、遥香がいた。

 制服の袖をまくり、額に少し汗をにじませながら、小走りで僕に追いついてくる。

「ねえ白井、どこ行くの?」

「え? ああ……ちょっと用事。別にやましいとこじゃないけど……面白いかは分からないよ?」

「いいの」

 遥香はにこっと笑って、僕の手をそっと握った。

「白井のことなら、なんでも知りたいから。それで十分」

 手のひらがふれる。
 汗ばみ気味の指先から、微かに甘くて乾いた夏の匂い。

 僕は少しだけ顔をそらして言った。

「じゃあ……ついてきなよ」

 電車に揺られて数駅──

 到着したのは、駅から少し離れた地域公民館。

 白井「ここ。週一で通ってる場所なんだ」

 遥香「へぇ……和風?」

 彼女は不思議そうに公民館の玄関を見回した。

 案内されたのは、畳敷きの静かな和室。

 部屋の隅に置かれた香炉からは、やわらかく甘い煙が漂っていた。

「香道……って、知ってる?」

「香木を焚いて、その香りを“聞く”っていう文化。
 気持ちを落ち着けて、心で香りを感じるんだ」

「へぇ……なんか、白井っぽいね」

「……どういう意味だよ」

「静かでさ。優しくて、ちょっとだけ変態で」

 僕がむっとする前に、遥香は畳にぺたんと座り込んだ。

「でも、いい匂い。……すごく落ち着く」

 香りは、沈香系。
 ほんの少し甘さと深さを含んだ静かな煙が、空間に溶けていく。

 僕はそっと香炉に火を足しながら言った。

「俺にとって、香りって“記憶を聴く”ためのものなんだ」

「残らないけど、消えない。そういうのが、好きなんだ」

 遥香は、目を閉じてその言葉を噛み締めるように頷いた。

「……なんか分かる気がする」

「私も……あの夜のこと、忘れようとしたけど、忘れられなかった」

「でも今は、思い出しても怖くない。たぶん、それって……」

 目を開けた遥香は、僕の顔を見て、少し照れたように笑った。

「白井の香りが、残ってるからかも」

 夕暮れの光が差し込む中で、僕は少しだけ顔を赤らめた。

 ……気づけば、ずっと彼女の手を握ったままだった。

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