「匂いを嗅ぐ名探偵は、高校生活に巻き込まれる! 臭気判定士の能力で転校生の秘密を嗅ぎ取る青春ラブコメ」

本能寺から始める常陸之介寛浩

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第95話「香りと本音と、傘の中の二人」

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 午後から、空は突然の雨模様になった。

 校舎の外に出たときには、空一面が鈍い灰色に染まっていて──
 僕は、傘を忘れていたことに気づいた。

「あー……やっちまったな」

 ため息まじりに、靴のつま先を見つめていたそのとき。

「白井くん」

 その声と同時に、ぽん、と頭上に差し出されたのは──
 一つの傘だった。

 振り返ると、そこにいたのは、いぶきだった。

 白いレインコートに身を包み、表情はいつも通り静かで、でも、どこか優しげだった。

「……相合い傘、平気?」

「……あ、うん。助かる」

 無言で並んで歩き出す僕たち。
 雨音が傘を叩くリズムだけが、周囲の音をかき消していた。

 だけどその静けさの中──

 僕の鼻は、はっきりと“違和感”を感じていた。

(……いぶき、香ってる?)

 無香だったはずの彼女から、今日はほのかに漂う微かな香り。
 たとえるなら──
 雨に濡れた柑橘の皮。やさしくて、どこか温かい。

 横に目をやると、いぶきはまっすぐ前を見ていた。

 そして、不意に口を開いた。

「私、ね。今までずっと……香らないことで、人との距離を保ってたの」

「香ると、情報が増えすぎて、苦しくなって……人の気持ちに、呑まれそうで」

 僕は黙って、傘の持ち手を少し彼女側に傾けた。

 いぶきは、そのまま言葉を続けた。

「でも最近は……白井くんがいて、匂いがあっても、怖くなくなって」

「……届いてもいい、って思ってる。白井くんなら、ちゃんと嗅いでくれるって」

 そう言って、彼女はほんの少しだけ、僕の腕に自分の腕を寄せた。

 初めてだった。

 彼女から“寄ってくる香り”。

 それは控えめで、けれど確かに“好き”の香りを含んでいた。

 僕はふっと笑って、囁くように言った。

「……いぶき、いい香りだ」

 

 いぶきは、声を出さずに笑った。

 頬が、わずかに赤くなっている。

 その微かな熱と香りは、雨音の中でもはっきりと感じられて──

 僕たちはただ、無言で同じ傘の中を歩いていた。

 まるでその空間だけが、恋と香りの密室になったかのように。

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