「匂いを嗅ぐ名探偵は、高校生活に巻き込まれる! 臭気判定士の能力で転校生の秘密を嗅ぎ取る青春ラブコメ」

本能寺から始める常陸之介寛浩

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第96話「紅葉の香りは記録される」

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 放課後、図書館の奥──
「関係者以外立ち入り禁止」の札がかけられた、そのさらに奥の資料室に、僕は呼び出されていた。

「よく来たわね。白井くん」

 そこにいたのは、本郷 紅葉。

 静かに本を閉じ、メガネの奥からまっすぐ僕を見つめる。

「今日はね、“香りの実験”をしてもらうわ」

「……香りの、実験?」

「ええ。“あなたがどの香りに、どんな記憶を抱いているか”を、ね」

 そう言って、紅葉は机の上に整然と並べられた小瓶を指差した。

 そこには──
 香木、柔軟剤を染み込ませた布、お香、うっすら汗を含んだシャツの端布……などが置かれていた。

「何か……本格的だな」

「これは科学と恋の融合よ。楽しんでちょうだい」

 そう言いながら、紅葉は白衣を羽織り始める。

(なんでこんなときだけ本気なんだ、この人……)

 

 香り一つひとつを目を閉じて“聞く”。
 どこかで体験したことのある香りもあれば、初めてのものもある。

 でも──何よりも、紅葉の香りは、記憶の深層に入り込んでいた。

 それはたとえば──

 ・勉強中にふと近づいた瞬間、首元から漂った墨のような香り
 ・紙をめくる指先に残っていた、古書と香油の残り香
 ・微かに混じる、深夜残業あとのカフェラテとインクの匂い

 一つひとつが、“好き”とは別の感情を呼び起こしてくる。

 敬意、信頼、安心、そして──

「ねぇ、白井くん」

 不意に、紅葉が言った。

「この香り、覚えていてくれる?」

 その声は、小さくて。
 でも、真っ直ぐだった。

 僕はそっと目を開けた。

 目の前にいるのは、香りの記録魔で、データ信者で、
 でも実は、とても不器用な女の子だった。

「記録しなくても、覚えてるよ」

「……紅葉の香りって、俺の中では“知識と優しさ”の匂いだから」

 紅葉の肩が、すこしだけ揺れた。

 次の瞬間、彼女はメガネの縁を押し上げて、そっぽを向く。

「ふ、ふんっ……ちょっと予想外の答えだったわ」

「でも……記録には、残しておく。今の、あなたの言葉と、表情と──香り」

 その笑みは、少しだけ照れくさそうで、
 でも確かに、“女の子”の香りが混ざっていた。

 

 嗅覚の記憶は、時に文字よりも強く残る。

 だからこそ、紅葉の香りは──
 きっとこれからも、僕の中で消えることはないと思った。

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