「匂いを嗅ぐ名探偵は、高校生活に巻き込まれる! 臭気判定士の能力で転校生の秘密を嗅ぎ取る青春ラブコメ」

本能寺から始める常陸之介寛浩

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第118話「正妻戦争一時停戦──でも恋は終わらない」

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 翌朝、教室の扉を開けた瞬間──僕は、思わず笑ってしまった。

 そこには、何気ない日常が戻っていた。

 ざわつくクラスメイト。
 笑い合う声。
 雑多な紙の匂いと、窓から入る秋風の匂い。

 そして──

 微かに、けれど確かに混じる“ヒロインたち”の香り。

 

 ミルクと杏仁の優しさ。
 墨とローズの知性。
 ウッディと汗の情熱。
 ホワイトムスクの静かな包容。
 そして、石けんと柔軟剤に包まれた甘さ。

 全部が、そこにあった。

 けれど、どれも昨日までの“戦いの香り”ではなかった。

 

 いぶきが僕に気づいて、そっと微笑む。

 紅葉は雑誌のページをぱらぱらとめくりながら、ちらとこちらを見る。

 美月は新しいノートを開いて、落ち着いた手つきでペンを走らせていた。

 ルナはいつも通り元気に隣の男子にじゃれて、でも一瞬だけ僕にウィンクを投げた。

 遥香はヘアゴムを結び直しながら、わざとらしく僕の前を通りすぎた。

 

 そして──アーニャが、少し遅れて教室に入ってきた。

 香りは……ほとんど感じなかった。

 いや、それは違う。

 香りを“抑えている”のだと、僕の鼻が理解していた。

 彼女はそっと僕に近づき、囁いた。

 

「……わたし、香りより先に、心で話してみたいと思った」

 

 その言葉に、僕は目を瞬く。

 アーニャが香りで“伝える”ことを手放すというのは──
 きっと、ものすごく勇気がいることだったと思う。

「ありがとう。俺……それ、ちゃんと受け取るよ」

 

 チャイムが鳴る。

 担任が入ってきて、日常の授業が始まる。
 ノートを開き、シャーペンの音が教室中に響く。

 でも。

 その日常の中でも、ふとした瞬間に漂ってくる。

 “恋の残り香”。

 昨日までのようにぶつかり合う香りはもうない。

 けれど、互いを意識する空気はまだ消えていなかった。

 

「……ねぇ白井」

 授業が始まる直前、ルナがボソッと耳元でささやいた。

「一応、伝えとくけどさ……香りでの勝負、まだ終わってないからね?」

 

「次は、もっとヤバいの持ってくるから、覚悟しといてよ☆」

 

 僕は小さくため息をつきながら、でも少しだけ口元が緩んだ。

 隣の席の美月が、僕の反応に気づいたようにクスッと笑った。

 

「恋って、たぶん……“香る”から、始まるものじゃない」

 紅葉の声が脳裏に蘇る。

「でも、“香ってしまう”ほど、誰かを想うことは、やっぱり恋なんだよ」

 

 ──そう、思う。

 香りが導いたこの青春。

 だけど今、僕の中には香りと同じくらい強く、“心”も残っている。

 選ぶのは難しい。
 決めるのは、怖い。

 でも、少しずつ。

 僕の中で、“ただの鼻”だったこの感覚が、恋の形を知り始めている。

 

 香り戦争は、今日で一旦の休戦を迎えた。

 でも──

 恋の残り香は、まだ、教室中に漂っていた。

 

 ──そして、物語はまだ、終わらない。

 

 つづく。
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