「匂いを嗅ぐ名探偵は、高校生活に巻き込まれる! 臭気判定士の能力で転校生の秘密を嗅ぎ取る青春ラブコメ」

本能寺から始める常陸之介寛浩

文字の大きさ
116 / 302

第117話「香らない告白──“好き”は香りに頼らない」

しおりを挟む
 静寂の教室に、ひとつだけ音が響いた。

 ──カタン。

 ドアが、ゆっくりと開いた音。

 

 僕はその瞬間、思わず息を止めた。

 風も止まり、雨も上がっていた。
 でも、香りはなかった。まったくの“無臭”。

 この教室を満たしていた“香りの記憶”は、今はどこにもない。
 それなのに──

 

「……いぶき?」

 

 思わず、名前を呼んでいた。

 姿はまだ見えない。香りも、ない。
 なのに、わかった。

 この無臭の気配。
 この静けさの中に滲む、“気持ちの色”。

 僕の嗅覚が、それを“香りではなく、心”で捉えた。

 

 そっとカーテンが揺れ、
 教卓の陰から彼女──いぶきが現れた。

 傘も差さず、髪の先に雨粒を残したまま。

 彼女は、ゆっくりと歩いてきて、僕の正面に立つ。

 

「……なんで、私ってわかったの?」

 

「……わかるよ。香らなくても」

 僕は立ち上がって、正面から彼女を見つめた。

「いぶきの気配って、静かで、優しくて。
 それが……この空間に、すごく自然に馴染んでて」

「何も香らないからこそ、“いぶきらしさ”が、はっきり伝わった」

 

 彼女の瞳が、わずかに揺れた。

 けれど、すぐに微笑んで──小さく、でもはっきり言った。

 

「香りがなくても、私は……あなたを好きでいられるよ」

 

 その言葉は、何の香りも纏っていなかった。

 でも、だからこそ。
 その“好き”は、すごく純粋で、すごく真っ直ぐだった。

 

「白井くんは、香りでたくさんのことを覚えてる人だけど……
 私は、“香りがなくても覚えててほしい”って思ったの」

 

「それって、わがままかな?」

 

 僕は首を横に振った。

「違う。むしろ……それが一番、嬉しいかもしれない」

「香りは……記憶に残る。でも、心に残るのは、“気持ち”だと思う」

 

 いぶきの瞳に、ぽつりと涙がにじむ。
 でも、それを拭わずに、僕の手をそっと握ってきた。

 その手も、ほんのりと冷たくて。
 でも、あたたかかった。

 香りのない空間で──

 僕は確かに、彼女の“想い”を感じていた。

 

「ありがとう、いぶき」

 

 夕暮れの光が、雲の隙間から射してきた。

 静かな教室。
 無香の空間。
 それでも、胸の中にあるのは──たしかな恋の匂いだった。

 

 つづく。
しおりを挟む
感想 0

あなたにおすすめの小説

父親が再婚したことで地獄の日々が始まってしまいましたが……ある日その状況は一変しました。

四季
恋愛
父親が再婚したことで地獄の日々が始まってしまいましたが……ある日その状況は一変しました。

どうしよう私、弟にお腹を大きくさせられちゃった!~弟大好きお姉ちゃんの秘密の悩み~

さいとう みさき
恋愛
「ま、まさか!?」 あたし三鷹優美(みたかゆうみ)高校一年生。 弟の晴仁(はると)が大好きな普通のお姉ちゃん。 弟とは凄く仲が良いの! それはそれはものすごく‥‥‥ 「あん、晴仁いきなりそんなのお口に入らないよぉ~♡」 そんな関係のあたしたち。 でもある日トイレであたしはアレが来そうなのになかなか来ないのも気にもせずスカートのファスナーを上げると‥‥‥ 「うそっ! お腹が出て来てる!?」 お姉ちゃんの秘密の悩みです。

百合ランジェリーカフェにようこそ!

楠富 つかさ
青春
 主人公、下条藍はバイトを探すちょっと胸が大きい普通の女子大生。ある日、同じサークルの先輩からバイト先を紹介してもらうのだが、そこは男子禁制のカフェ併設ランジェリーショップで!?  ちょっとハレンチなお仕事カフェライフ、始まります!! ※この物語はフィクションであり実在の人物・団体・法律とは一切関係ありません。 表紙画像はAIイラストです。下着が生成できないのでビキニで代用しています。

わたしの下着 母の私をBBA~と呼ぶことのある息子がまさか...

MisakiNonagase
青春
39才の母・真知子は息子が私の下着を持ち出していることに気づいた。 ネットで同様の事象がないか調べると、案外多いようだ。 さて、真知子は息子を問い詰める? それとも気づかないふりを続けてあげるか?

中1でEカップって巨乳だから熱く甘く生きたいと思う真理(マリー)と小説家を目指す男子、光(みつ)のラブな日常物語

jun( ̄▽ ̄)ノ
大衆娯楽
 中1でバスト92cmのブラはEカップというマリーと小説家を目指す男子、光の日常ラブ  ★作品はマリーの語り、一人称で進行します。

プール終わり、自分のバッグにクラスメイトのパンツが入っていたらどうする?

九拾七
青春
プールの授業が午前中のときは水着を着こんでいく。 で、パンツを持っていくのを忘れる。 というのはよくある笑い話。

ちょっと大人な物語はこちらです

神崎 未緒里
恋愛
本当にあった!?かもしれない ちょっと大人な短編物語集です。 日常に突然訪れる刺激的な体験。 少し非日常を覗いてみませんか? あなたにもこんな瞬間が訪れるかもしれませんよ? ※本作品ではGemini PRO、Pixai.artで作成した生成AI画像ならびに  Pixabay並びにUnsplshのロイヤリティフリーの画像を使用しています。 ※不定期更新です。 ※文章中の人物名・地名・年代・建物名・商品名・設定などはすべて架空のものです。

彼の言いなりになってしまう私

守 秀斗
恋愛
マンションで同棲している山野井恭子(26才)と辻村弘(26才)。でも、最近、恭子は弘がやたら過激な行為をしてくると感じているのだが……。

処理中です...