19 / 24
第18話 『アイコンのないアカウントに、返事を書いた夜』
しおりを挟む
それは、ある雨の夜だった。
カーテンの隙間から薄ぼんやりとした外灯の光が差し込んでいて、
部屋の中はテレビもつけず、ただノートPCの液晶だけが明るかった。
ファンの低いうなりと、雨の音が混ざり合って、やけに静かだった。
その日、俺はいつものように「Web小説投稿サイト」の自分の作品ページを開いていた。
更新ボタンを押す癖は、もう何百日も前から抜けなかった。
コメントは、ない。
いいねも、ブクマも、なかった。
ただ、一番下に──ひとつだけ、“新着メッセージ”の通知があった。
それは、灰色の初期設定アイコンと、ひらがなだけの適当なID名。
「aiueo_4629」──読みづらい、誰かの捨てアカウントのような名前。
はじめまして。
このお話、ずっと読んでます。
最初のころに比べて、すごく文体が変わりましたね。
でも、私は昔の話も、今の話も、どっちも好きです。
そう書かれていた。
淡々と、でもどこか、あたたかい文章だった。
誰かに読まれてるって、ちゃんと伝わってますよ。
あなたの話、すごく静かだけど、深いなって思います。
たまに、泣きそうになります。
それだけの短いメッセージだった。
だけど、指が震えた。
いつからか、読者と名乗る人からのメッセージは来なくなっていた。
そもそも、最初から「読者」なんて、実在していたのかさえ分からない。
PVは毎日ゼロに近く、コメント欄はいつも白紙。
ランキングには、一度も載らなかった。
投稿数が4000を越えても、変わることはなかった。
だけど──
この灰色のアイコンだけが、いま、ここに“存在”を残した。
まるで、忘れられた漂流瓶が海を渡って届いたような、そんな感触だった。
返事を書くのは、怖かった。
もしかしたら、間違えて送られたものかもしれない。
誰かと勘違いされているだけかもしれない。
あるいは──ほんの気まぐれか、悪意のない善意か。
それでも、何かを返さずにはいられなかった。
だから俺は、メッセージウィンドウを開いた。
こんばんは。
メッセージ、ありがとうございました。
この作品、読んでくださっていたんですね。
正直、誰にも届いていないと思っていました。
それでも、何年も書き続けていたのは、
どこかで“誰か”に伝わるんじゃないかと、
勝手に信じていたからです。
今夜、その“誰か”に出会えた気がしました。
本当にありがとうございます。
返信が届くかどうかも分かりませんが、
これだけは、ちゃんと伝えたかったです。
書いていて、よかったです。
指を止めて、しばらく画面を見つめた。
何度か言葉を削っては書き直し、最終的に「送信」ボタンを押した。
それだけのことなのに、胸が熱くて仕方なかった。
その夜、眠れなかった。
久しぶりに、夜中に窓を開けた。
冷たい風が部屋の空気を撫でていく。
何も変わっていないはずなのに、
「伝わる」ということが、これほどまでに世界を変えるのかと思った。
翌朝、目が覚めたときには、スマホの通知はなかった。
ログインしなおしてみても、メッセージ欄に新着はなかった。
たぶん、もう返事は来ないのだろう。
アカウントも、すぐに消えてしまうのかもしれない。
名前すらも、本物ではなかったのかもしれない。
でも、それでもいい。
あの夜、あのメッセージは、確かに届いた。
誰かの“読んでます”が、この灰色の世界に、色を落とした。
俺は今日も、小説を書く。
たぶん、明日も。
誰にも読まれないかもしれない。
でも、
たったひとつの“灰色のアイコン”が、俺の中の“やめない理由”になった。
それだけで、今日という日は、少しだけ救われる。
カーテンの隙間から薄ぼんやりとした外灯の光が差し込んでいて、
部屋の中はテレビもつけず、ただノートPCの液晶だけが明るかった。
ファンの低いうなりと、雨の音が混ざり合って、やけに静かだった。
その日、俺はいつものように「Web小説投稿サイト」の自分の作品ページを開いていた。
更新ボタンを押す癖は、もう何百日も前から抜けなかった。
コメントは、ない。
いいねも、ブクマも、なかった。
ただ、一番下に──ひとつだけ、“新着メッセージ”の通知があった。
それは、灰色の初期設定アイコンと、ひらがなだけの適当なID名。
「aiueo_4629」──読みづらい、誰かの捨てアカウントのような名前。
はじめまして。
このお話、ずっと読んでます。
最初のころに比べて、すごく文体が変わりましたね。
でも、私は昔の話も、今の話も、どっちも好きです。
そう書かれていた。
淡々と、でもどこか、あたたかい文章だった。
誰かに読まれてるって、ちゃんと伝わってますよ。
あなたの話、すごく静かだけど、深いなって思います。
たまに、泣きそうになります。
それだけの短いメッセージだった。
だけど、指が震えた。
いつからか、読者と名乗る人からのメッセージは来なくなっていた。
そもそも、最初から「読者」なんて、実在していたのかさえ分からない。
PVは毎日ゼロに近く、コメント欄はいつも白紙。
ランキングには、一度も載らなかった。
投稿数が4000を越えても、変わることはなかった。
だけど──
この灰色のアイコンだけが、いま、ここに“存在”を残した。
まるで、忘れられた漂流瓶が海を渡って届いたような、そんな感触だった。
返事を書くのは、怖かった。
もしかしたら、間違えて送られたものかもしれない。
誰かと勘違いされているだけかもしれない。
あるいは──ほんの気まぐれか、悪意のない善意か。
それでも、何かを返さずにはいられなかった。
だから俺は、メッセージウィンドウを開いた。
こんばんは。
メッセージ、ありがとうございました。
この作品、読んでくださっていたんですね。
正直、誰にも届いていないと思っていました。
それでも、何年も書き続けていたのは、
どこかで“誰か”に伝わるんじゃないかと、
勝手に信じていたからです。
今夜、その“誰か”に出会えた気がしました。
本当にありがとうございます。
返信が届くかどうかも分かりませんが、
これだけは、ちゃんと伝えたかったです。
書いていて、よかったです。
指を止めて、しばらく画面を見つめた。
何度か言葉を削っては書き直し、最終的に「送信」ボタンを押した。
それだけのことなのに、胸が熱くて仕方なかった。
その夜、眠れなかった。
久しぶりに、夜中に窓を開けた。
冷たい風が部屋の空気を撫でていく。
何も変わっていないはずなのに、
「伝わる」ということが、これほどまでに世界を変えるのかと思った。
翌朝、目が覚めたときには、スマホの通知はなかった。
ログインしなおしてみても、メッセージ欄に新着はなかった。
たぶん、もう返事は来ないのだろう。
アカウントも、すぐに消えてしまうのかもしれない。
名前すらも、本物ではなかったのかもしれない。
でも、それでもいい。
あの夜、あのメッセージは、確かに届いた。
誰かの“読んでます”が、この灰色の世界に、色を落とした。
俺は今日も、小説を書く。
たぶん、明日も。
誰にも読まれないかもしれない。
でも、
たったひとつの“灰色のアイコン”が、俺の中の“やめない理由”になった。
それだけで、今日という日は、少しだけ救われる。
0
あなたにおすすめの小説
俺を振ったはずの腐れ縁幼馴染が、俺に告白してきました。
true177
恋愛
一年前、伊藤 健介(いとう けんすけ)は幼馴染の多田 悠奈(ただ ゆうな)に振られた。それも、心無い手紙を下駄箱に入れられて。
それ以来悠奈を避けるようになっていた健介だが、二年生に進級した春になって悠奈がいきなり告白を仕掛けてきた。
これはハニートラップか、一年前の出来事を忘れてしまっているのか……。ともかく、健介は断った。
日常が一変したのは、それからである。やたらと悠奈が絡んでくるようになったのだ。
彼女の狙いは、いったい何なのだろうか……。
※小説家になろう、ハーメルンにも同一作品を投稿しています。
※内部進行完結済みです。毎日連載です。
ヤンデレ美少女転校生と共に体育倉庫に閉じ込められ、大問題になりましたが『結婚しています!』で乗り切った嘘のような本当の話
桜井正宗
青春
――結婚しています!
それは二人だけの秘密。
高校二年の遙と遥は結婚した。
近年法律が変わり、高校生(十六歳)からでも結婚できるようになっていた。だから、問題はなかった。
キッカケは、体育倉庫に閉じ込められた事件から始まった。校長先生に問い詰められ、とっさに誤魔化した。二人は退学の危機を乗り越える為に本当に結婚することにした。
ワケありヤンデレ美少女転校生の『小桜 遥』と”新婚生活”を開始する――。
*結婚要素あり
*ヤンデレ要素あり
つまらなかった乙女ゲームに転生しちゃったので、サクッと終わらすことにしました
蒼羽咲
ファンタジー
つまらなかった乙女ゲームに転生⁈
絵に惚れ込み、一目惚れキャラのためにハードまで買ったが内容が超つまらなかった残念な乙女ゲームに転生してしまった。
絵は超好みだ。内容はご都合主義の聖女なお花畑主人公。攻略イケメンも顔は良いがちょろい対象ばかり。てこたぁ逆にめちゃくちゃ住み心地のいい場所になるのでは⁈と気づき、テンションが一気に上がる!!
聖女など面倒な事はする気はない!サクッと攻略終わらせてぐーたら生活をGETするぞ!
ご都合主義ならチョロい!と、野望を胸に動き出す!!
+++++
・重複投稿・土曜配信 (たま~に水曜…不定期更新)
妻からの手紙~18年の後悔を添えて~
Mio
ファンタジー
妻から手紙が来た。
妻が死んで18年目の今日。
息子の誕生日。
「お誕生日おめでとう、ルカ!愛してるわ。エミリア・シェラード」
息子は…17年前に死んだ。
手紙はもう一通あった。
俺はその手紙を読んで、一生分の後悔をした。
------------------------------
百合ランジェリーカフェにようこそ!
楠富 つかさ
青春
主人公、下条藍はバイトを探すちょっと胸が大きい普通の女子大生。ある日、同じサークルの先輩からバイト先を紹介してもらうのだが、そこは男子禁制のカフェ併設ランジェリーショップで!?
ちょっとハレンチなお仕事カフェライフ、始まります!!
※この物語はフィクションであり実在の人物・団体・法律とは一切関係ありません。
表紙画像はAIイラストです。下着が生成できないのでビキニで代用しています。
敵に貞操を奪われて癒しの力を失うはずだった聖女ですが、なぜか前より漲っています
藤谷 要
恋愛
サルサン国の聖女たちは、隣国に征服される際に自国の王の命で殺されそうになった。ところが、侵略軍将帥のマトルヘル侯爵に助けられた。それから聖女たちは侵略国に仕えるようになったが、一か月後に筆頭聖女だったルミネラは命の恩人の侯爵へ嫁ぐように国王から命じられる。
結婚披露宴では、陛下に側妃として嫁いだ旧サルサン国王女が出席していたが、彼女は侯爵に腕を絡めて「陛下の手がつかなかったら一年後に妻にしてほしい」と頼んでいた。しかも、侯爵はその手を振り払いもしない。
聖女は愛のない交わりで神の加護を失うとされているので、当然白い結婚だと思っていたが、初夜に侯爵のメイアスから体の関係を迫られる。彼は命の恩人だったので、ルミネラはそのまま彼を受け入れた。
侯爵がかつての恋人に似ていたとはいえ、侯爵と孤児だった彼は全く別人。愛のない交わりだったので、当然力を失うと思っていたが、なぜか以前よりも力が漲っていた。
※全11話 2万字程度の話です。
私が王子との結婚式の日に、妹に毒を盛られ、公衆の面前で辱められた。でも今、私は時を戻し、運命を変えに来た。
MayonakaTsuki
恋愛
王子との結婚式の日、私は最も信頼していた人物――自分の妹――に裏切られた。毒を盛られ、公開の場で辱められ、未来の王に拒絶され、私の人生は血と侮辱の中でそこで終わったかのように思えた。しかし、死が私を迎えたとき、不可能なことが起きた――私は同じ回廊で、祭壇の前で目を覚まし、あらゆる涙、嘘、そして一撃の記憶をそのまま覚えていた。今、二度目のチャンスを得た私は、ただ一つの使命を持つ――真実を突き止め、奪われたものを取り戻し、私を破滅させた者たちにその代償を払わせる。もはや、何も以前のままではない。何も許されない。
友人(勇者)に恋人も幼馴染も取られたけど悔しくない。 だって俺は転生者だから。
石のやっさん
ファンタジー
パーティでお荷物扱いされていた魔法戦士のセレスは、とうとう勇者でありパーティーリーダーのリヒトにクビを宣告されてしまう。幼馴染も恋人も全部リヒトの物で、居場所がどこにもない状態だった。
だが、此の状態は彼にとっては『本当の幸せ』を掴む事に必要だった
何故なら、彼は『転生者』だから…
今度は違う切り口からのアプローチ。
追放の話しの一話は、前作とかなり似ていますが2話からは、かなり変わります。
こうご期待。
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる