『夜、肌に触れるのは君じゃない――甘くて冷たい心霊体験短篇集』

本能寺から始める常陸之介寛浩

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『夜、肌に触れるのは君じゃない ――第四夜:北国の口づけは冷たくて長い』

第46話『列車のトンネルで、脚がひらく』

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 そのトンネルは、もう使われていなかった。

 函館本線の旧線区、山あいの廃道沿いに残された、かつて列車が走っていたレンガ造りのトンネル。線路はすでに撤去され、苔むした枕木と鉄の破片が残るだけ。けれど、夜にそこを訪れる人間は意外と多い。

 目的は──肝試しか、それとも背徳的なプレイか。

 ネットではこんな書き込みが話題になっていた。

「あの廃トンネルで“ヤる”と、女の身体が勝手にひらく」
「誰かが動かしてる感じ。男が何もしなくてもイケる」

 俺は正直そんな話、ただの釣りだろうと思っていた。けれど、沙也香は違った。

「本当に気持ちいいかどうか、私、確かめてみたい」

 彼女は笑いながらそう言って、俺を連れてきた。

 午前0時すぎ。車をトンネル近くの広場に停め、懐中電灯を頼りにふたりで歩く。途中から照明はなく、霧が出ていた。夏の終わりだというのに空気はひどく冷たく、耳がじんわり痛む。

 目的のトンネルは、開口部の上が崩れかけ、蔦が垂れ下がっていた。鉄のプレートが落ちて地面に刺さり、壁には「還れ」や「やめろ」といった落書き。

「入ろっか」

 彼女がそう言い、俺の手を引いて中へ。

 中は想像以上に暗く、湿気の強い匂いが鼻を突いた。奥から水が滴る音が響くたび、天井から何かが落ちてくるような錯覚がした。

 その場で彼女はコートを脱ぎ、スカートの裾をまくり上げ、下着を指ですべらせるように下ろした。

「ほら、暗くて見えないけど……気持ちいいこと、して」

 俺は言葉も出せず、立ち尽くしたまま息を呑んだ。こんなところで──本当にやるのか。

 指先が彼女の太ももに触れた瞬間だった。

 トンネルの奥から、女の声が響いた。

「……脚、ひらいていいよ」

 え? いま、誰かいたか?

 振り返っても、俺と沙也香以外に人影はない。だがその声は確かに届いていた。

「や……勝手に……」

 沙也香が震え声で呟く。

 彼女の脚が、意思と無関係にぐっと左右へ開かれていく。まるで誰かにひざ裏を押されるように、脚の開き方が極端に自然だった。

「これ、私じゃない……わたし、動かしてない……!」

 見れば、彼女の腰もゆっくりと前へ突き出されていた。背中を誰かの手に支えられているように、全身が誘導されている。

「ん……っ……うそ……あ、なんで……!」

 声が漏れ始めた。呼吸が荒くなる。俺が何もしていないのに、彼女の腰は上下に揺れ、脚はピンと緊張して痙攣をはじめていた。

 その動きに戸惑い、俺が声をかけようとした瞬間、足元の枕木がきしんだ。

 ギィィ……ギィ……。

 いや、違う。あれは音じゃない。

 呻き声だ。女の。

 俺のすぐ後ろから、耳のすぐそばに生温い息がかかる。

「……わたしも、入っていいよね?」

 その声が囁いたとたん、沙也香が絶頂した。

 腰を跳ね上げるように反り、何かに憑かれたように背を丸め、ガクガクと肩を震わせていた。そんな彼女のすぐ後ろ──暗闇の奥で、人のような影がにじんで見えた。

 

 次に我に返ったとき、トンネルを出ていた。俺は震えていた。沙也香も、放心したようにコートを着ることすら忘れていた。

 車の中で震えながら、彼女がぽつりと呟いた。

「わたし、イったとき……後ろに、もうひとつの手があった。あなたのじゃない、冷たくて、女の手だった……」

 

 それからだ。

 俺たちが普通の場所で愛し合おうとしても、沙也香の身体は俺の動きとは別に勝手に動きはじめる。

 脚がスッと開き、腰が勝手に前後する。
 ときには俺が止めても、彼女の体が一人でに震えて果ててしまう。
 まるで誰かの手が、背中から腰を包み込み、動かしているように。

 ある夜、寝ていると、布団の上で沙也香の身体が独りでに腰を揺らしていた。

 目は閉じたまま、唇だけが震えている。

「脚……ひらいて……あの子がまた、来てる……」

 俺は、何もできなかった。

 彼女の身体にもう一人、女が棲みついている。

 あのトンネルで、誰かが入り込んだ。

 沙也香の脚はもう、俺だけのものじゃない。
 誰かが夜ごと、奥から彼女の腰を操っている。

 ──俺たちは、もう“ふたり”じゃない。

【完】
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