同居のヒロイン達に夢精がバレる俺は、正妻戦争の中心にいるらしい件

本能寺から始める常陸之介寛浩

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第一二五話 バレンタインの暗黒チョコ──甘い罠と腹痛の午後

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バレンタイン翌日の朝。

 前日の告白劇と静かな感動の余韻が、まだ胸の奥でほのかに燻っていた。 俺は珍しく早起きして、穏やかな朝日を浴びながら制服のシャツに袖を通していた。

 そして、キッチンのテーブルの上に気づく。

 一つの包み。
 昨日まではなかった、小さな箱。

(……ん? なんだこれ)

 包装紙は金と黒のシックなツートン。 控えめなリボン。 添えられたメモには、ただ一言——

『遅れてごめんね。最後にどうしても、食べてほしかった』

 筆跡は柔らかくも、特徴的ではなかった。 差出人は……不明。

「誰だ……? でも、昨日みんなからもらったものは全部確認したし……」

 気になりつつも、俺は包みを開けた。

 中から出てきたのは、トリュフ型のチョコレート。
 色は濃く、艶やかなコーティングが美しい。
 香りは、ビターとスパイスが混ざったような……妙に惹かれる匂い。

(見た目は……完璧、だな)

 一口。

 舌に広がる、濃厚で重たい甘さ。
 けれど、その瞬間——

「……ん? ……え?」

 舌の奥に違和感。 苦味? いや、何か繊維のような……?

 噛んだ。

 ぶちっ。

(えっ……?)

 口の中に広がる、明らかに“おかしい”食感。
 そして、舌先に触れる“異質な硬さ”。

 慌てて吐き出す。

 紙ナプキンに出されたそれは——

 ……短い、黒っぽい毛。
 そして、レース地のピンク色の……布片。

「……ま、まさか……!?!?!?!?」

 頭が真っ白になる前に、腹部に“何か”が来た。

「ぐっ……あっ……!?」

 激痛。
 下腹部を直撃する波。
 胃が裏返り、腸が蠢くような感覚。

「……う、うそだろ……これ、毒……じゃ……」

 意識が朦朧とする中、俺は洗面台に駆け込んだ。

 その後の俺は、午前中すべてを保健室のベッドで過ごすことになる。
 まるで地獄だった。

「……お兄ちゃん!? 大丈夫!?」

 保健室に駆け込んでくる碧純。

「弘弥くん、まさかチョコで……?」(ひより)
「そんな……昨日、そんな変なの渡してないよ!? わたしじゃないよ!?」(瑠衣)
「誓って言います。私も“異物混入”などしません……!」(すみれ)
「我のチョコには、呪紋は込めたが毒性はない」(ユナ)
「アーデン家の贈答は、検査済みです!」(イザベラ)

 教室では、騒動が起きていた。

 保健室では、俺が青い顔で唸っていた。

「ううううう……っ……なんで俺が……こんな目に……」

 ひよりが、医師さながらに記録ノートをめくる。

「食後三分以内に腹痛発症、異物混入。状況証拠より……犯人は“当日以降に持ち込まれたもの”に限定されます」

「……待って、それって昨日以降の“追加チョコ”ってことじゃ……」

 全員の視線が、ある一点に集まった。

 ——俺の机の中。

 誰も知らない間に追加された、たった一箱の謎チョコ。

「誰……? 誰がそんなもの……!」

 碧純の目が潤む。

「お兄ちゃん……死なないで……」

「そこまで!?!?!」

 午後、俺は一時帰宅を許され、布団にくるまっていた。
 チョコの香りが、もうトラウマ。
 口に入れたあの毛と布の感触が、頭から離れない。

 しかし。
 誰が、なんのためにそんなことを……?

 思考が渦巻く。

(まさか、これって……嫉妬? 嫉妬でやられた? いや、じゃあ……誰が……)

 俺の頭の中で、ヒロインたちの顔が次々と浮かんでは消えていく。

(すみれ……そんなことするかな? ひより? でもあいつ、理性的だし……ユナ? いや、やりかねん……)

「……信じたいのに、疑わざるを得ないって……これが修羅場ってやつなのか……」

 俺はそのまま、熱にうなされながら意識を手放した。

 そして、その夜。

 月明かりの下、校舎の屋上で誰かが笑っていた。

「……ふふ、まだまだ甘いね、弘弥くん」

 その人物の手には、同じ包装紙。
 黒と金のリボン。
 そして、新たな小さな箱。

「“恋の戦場”に、毒もまた、愛の一部——でしょ?」

 微笑んだその唇には、ほのかに溶けかけたチョコレートの跡。

(つづく)

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