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第192話『春風、君へ──殿下、答えを探し始める』
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春の午後。
空には柔らかな光が漂い、校舎の窓を抜けて、木々の間を抜けて、そっと誰かの背中を撫でていく。
教室の隅。放課後の喧騒が去った後の静寂の中で、大和武尊は、ノートを開いていた。
それは──誰にも見せることのない、自分だけの“日記”。
机の中にそっとしまっていた、小さな黒革のノート。
開いたページに、彼は少しだけためらいながらも、万年筆を走らせる。
「──俺は、ずっと“選ばれる側”だと思ってた」
文字は、まっすぐで、どこか硬かった。
「誰かに告白されるのを待って、好きだって言われて、そこから先も全部“流れ”に任せていればいいって──そう思ってたんだ」
ふう、とひとつ息をついて、視線を窓の外へと向ける。
校庭には、吹奏楽部の音が遠くに響いていた。
誰かが部室で笑い声を上げている。
普通の春。
どこにでもある、青春の風景。
──だけど、自分は。
「……“選ばなきゃいけない”のかもしれない」
日記に書いたその言葉が、胸に重くのしかかる。
彼は──ずっと、“優しさ”で逃げてきたのかもしれなかった。
誰も傷つけたくないから。
全員に笑っていてほしいから。
だから、答えを出さずに、曖昧なままでいた。
だけど。
(ことねのあの言葉──)
『今までのは全部、おふざけだと思ってたでしょ。でも違うよ』
本気のまなざしで、自分を見つめた少女。
(千夏の視線──)
強がりながらも、目を逸らしながらも、それでもそばにいてくれた。
(イザベラの微笑み──)
貴族のプライドの奥にある、純粋な「ひとりの女の子」としての彼女。
(ルナの明るさ──)
ぶっきらぼうな言葉の裏に隠れた、“誰よりもまっすぐな好意”。
(イレーネの情熱──)
狂気的でありながら、心からの推し愛と、王女としての誇りを重ねて伝えてくれる言葉。
──全員が、“本物”だった。
だからこそ、曖昧なままではいけない。
(……俺が、選ばなきゃ)
彼はペンを止め、日記の最後に、こう記した。
「答えを探す旅は、今始まったばかりなんだ」
その瞬間、窓がカタリと音を立てて揺れた。
春風が吹き込む。
どこか温かく、どこか切ない、春の匂いを含んだ風が、彼の前髪をふわりと揺らす。
「……春か」
呟きとともに、立ち上がる。
夕暮れの中、昇降口へ向かう途中。
そこには、誰もいないと思っていた階段の踊り場に、ひとりの少女がいた。
「……武尊」
声がした。
ふり向けば──ことねが立っていた。
「どうしたの?」
「……別に。ちょっと、風が気持ちよかったから」
ことねは微笑み、窓のそばに手を置いた。
「春ってさ、“何かが始まる”季節なんだって。私、信じてるの」
「俺も……そんな気がする」
ふたりの間に、風が吹き抜ける。
その風は、教室の中から、廊下を抜け、校門の先の桜並木へと続いていく。
まだ花びらは残っている。
ほんのわずかでも、確かに──その枝の先には、未来が咲きかけている。
◆
夜。
帰宅した武尊は、机に向かい、再びペンを取った。
「……春は、まだ始まったばかり」
そう書いて、ノートを閉じる。
その上に、小さな桜の花びらが落ちた。
それは、制服の肩にくっついていたものだろう。
何かの“運命”のように、それは静かにノートに舞い降りた。
「──君たちの想いに、いつかちゃんと答えるから」
まだ、選べない。
まだ、決められない。
だけど、それは逃げではない。
ただ、誰よりも真剣に、彼は“想い”と向き合おうとしていた。
答えを探す旅の始まり。
それが、春という季節の名前だった。
(続く)
空には柔らかな光が漂い、校舎の窓を抜けて、木々の間を抜けて、そっと誰かの背中を撫でていく。
教室の隅。放課後の喧騒が去った後の静寂の中で、大和武尊は、ノートを開いていた。
それは──誰にも見せることのない、自分だけの“日記”。
机の中にそっとしまっていた、小さな黒革のノート。
開いたページに、彼は少しだけためらいながらも、万年筆を走らせる。
「──俺は、ずっと“選ばれる側”だと思ってた」
文字は、まっすぐで、どこか硬かった。
「誰かに告白されるのを待って、好きだって言われて、そこから先も全部“流れ”に任せていればいいって──そう思ってたんだ」
ふう、とひとつ息をついて、視線を窓の外へと向ける。
校庭には、吹奏楽部の音が遠くに響いていた。
誰かが部室で笑い声を上げている。
普通の春。
どこにでもある、青春の風景。
──だけど、自分は。
「……“選ばなきゃいけない”のかもしれない」
日記に書いたその言葉が、胸に重くのしかかる。
彼は──ずっと、“優しさ”で逃げてきたのかもしれなかった。
誰も傷つけたくないから。
全員に笑っていてほしいから。
だから、答えを出さずに、曖昧なままでいた。
だけど。
(ことねのあの言葉──)
『今までのは全部、おふざけだと思ってたでしょ。でも違うよ』
本気のまなざしで、自分を見つめた少女。
(千夏の視線──)
強がりながらも、目を逸らしながらも、それでもそばにいてくれた。
(イザベラの微笑み──)
貴族のプライドの奥にある、純粋な「ひとりの女の子」としての彼女。
(ルナの明るさ──)
ぶっきらぼうな言葉の裏に隠れた、“誰よりもまっすぐな好意”。
(イレーネの情熱──)
狂気的でありながら、心からの推し愛と、王女としての誇りを重ねて伝えてくれる言葉。
──全員が、“本物”だった。
だからこそ、曖昧なままではいけない。
(……俺が、選ばなきゃ)
彼はペンを止め、日記の最後に、こう記した。
「答えを探す旅は、今始まったばかりなんだ」
その瞬間、窓がカタリと音を立てて揺れた。
春風が吹き込む。
どこか温かく、どこか切ない、春の匂いを含んだ風が、彼の前髪をふわりと揺らす。
「……春か」
呟きとともに、立ち上がる。
夕暮れの中、昇降口へ向かう途中。
そこには、誰もいないと思っていた階段の踊り場に、ひとりの少女がいた。
「……武尊」
声がした。
ふり向けば──ことねが立っていた。
「どうしたの?」
「……別に。ちょっと、風が気持ちよかったから」
ことねは微笑み、窓のそばに手を置いた。
「春ってさ、“何かが始まる”季節なんだって。私、信じてるの」
「俺も……そんな気がする」
ふたりの間に、風が吹き抜ける。
その風は、教室の中から、廊下を抜け、校門の先の桜並木へと続いていく。
まだ花びらは残っている。
ほんのわずかでも、確かに──その枝の先には、未来が咲きかけている。
◆
夜。
帰宅した武尊は、机に向かい、再びペンを取った。
「……春は、まだ始まったばかり」
そう書いて、ノートを閉じる。
その上に、小さな桜の花びらが落ちた。
それは、制服の肩にくっついていたものだろう。
何かの“運命”のように、それは静かにノートに舞い降りた。
「──君たちの想いに、いつかちゃんと答えるから」
まだ、選べない。
まだ、決められない。
だけど、それは逃げではない。
ただ、誰よりも真剣に、彼は“想い”と向き合おうとしていた。
答えを探す旅の始まり。
それが、春という季節の名前だった。
(続く)
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