222 / 245
第216話『秘密と自由──守られた創作の場』
しおりを挟む
霞が関の一角。文化庁の記録課に、一通の簡潔すぎる報告書が提出された。
件名:文化育成支援モデル校・つくば学園高等学校 調査報告
記:特記事項なし。
結論:対象校・対象生徒に問題なし。
備考:創作活動は極めて健全かつ先進的であり、支援対象として今後も注視に値する。
報告者:長峰 貴士
職位:文化庁文化創作振興課・特別審査官
それは数週間前まで、皇族絡みの情報機密の淵を歩き、
「調査継続の可否」すら揺らぐほどの圧力に晒されていた男の手によるものだった。
だがその報告書には、余計な修飾も、感情の介在もなかった。
ただ一言──「問題なし」と、記されている。
◇ ◇ ◇
「ふわぁあああ~、いい天気だなぁ~~っ!」
つくば学園高等学校の昼休み、グラウンドではサッカー部が声を張り上げ、
校舎の窓からは文化部員の笑い声が聞こえてくる。
春の光が差し込む教室の隅──
いつもの席に、いつものように腰をかけ、漫画のネームを描いている少年の姿があった。
──大和武尊。
「おーい、武尊ー! なんか、最近妙な奴いなくなったな。
あれだよ、あの堅物眼鏡の……文化庁の誰だっけ?」
部室に現れた千夏が、片手にジュースを持ちながら軽口を叩く。
「……ああ、長峰さん」
「そうそう! 長峰! 最近全然来ねーし、何も言わずに消えたよな。
うちの“殿下受け同人誌”とか絶対アウトだと思ったのに」
「……うん、まあ。何か、納得したんじゃない?」
武尊は淡く笑って、さらさらと鉛筆を走らせる。
「彼は、きっと“自由”を見に来たんだと思う。
最初は調べに来たかもしれないけど、帰るときにはもう、見てるだけでいいって思ってた」
「……へぇ。案外、ちゃんと人間だったんだな、あの人」
「うん。いい人だったよ」
その言葉に、睦月が静かに応える。
「──すべて、処理済です」
「処理済……って、睦月。それをサラッと物騒に言うなよ。怖いわ」
千夏が軽く引きつるが、睦月はいつもの無表情のまま首を傾ける。
「情報操作は合法範囲内。彼には“不確かな違和感”だけが残るよう調整済。
また、我らくノ一班は以降の監視対象から彼を除外した」
「だから怖いってば……」
苦笑しながら、千夏は部室の窓を開ける。
ふわりと風が吹き抜け、机の上のネーム用紙が一枚、ふわりと舞い上がった。
「──あっ、待って、それ──!」
小春が机の下からひょこっと顔を出す。
「新刊の下描きですぅ~!」と叫びながら、飛びついた。
「おおっと、あぶね……ん? これって──」
ひらひらと舞い戻った用紙には、制服姿の少年が笑顔で空を見上げるイラスト。
タイトルの仮文字がこう記されていた。
『好きって、言える国で』
武尊は恥ずかしそうに、耳を赤らめながら笑った。
「……なんか、描きたくなったんだよね。
“正体”とか“立場”とか、関係なく──ただ、“好き”を言える、そんな日常」
ことねが、その原稿にそっと紅茶の香りを添えながら呟く。
「それが……創作ってことかもね」
「記録じゃなくて、願いだもんね。……殿下の言葉」
ルナが、意味ありげに頷く。
イザベラは頬を染めながら、視線を逸らしつつもひと言。
「……わたくし、その願い、すごく好きですわ」
イレーネは勢いよくページを覗き込み、即座に自分のタブレットに“殿下微笑みシーン”を模写し始める。
「……あああああ! 新しい表情資料が爆誕しましたわ! これは次回作に!!」
武尊は照れながら、それでも静かにページをめくった。
やがて日が傾き、部活が終わる頃。
彼は帰宅途中の電車の中で、小さなノートを開いた。
──それは、誰にも見せない、自分だけの日記。
《二〇〇X年 四月某日》
最近、学校に来てた文化庁の人が、急にいなくなった。
もしかしたら、俺の“正体”に気づいたのかもしれない。
でも……それでも、何も言わずに帰っていった。
きっと、“見逃してくれた”んじゃなくて、“見守ってくれる”ことにしたんだと思う。
俺は、俺のままでいいんだって。
だから、俺は決めた。
“自由に描く”って。
どんな立場でも、どんな世界でも──“好き”を諦めないって。
その文字を綴ったあと、武尊はペンを置いて、そっと目を閉じた。
春の夜風が、車窓の外を滑っていく。
秘密は守られた。
だがそれは、誰かが“嘘”をついたからではない。
──誰かが、“願い”を信じたからだ。
そして武尊は、今日もまた、物語を描き続ける。
件名:文化育成支援モデル校・つくば学園高等学校 調査報告
記:特記事項なし。
結論:対象校・対象生徒に問題なし。
備考:創作活動は極めて健全かつ先進的であり、支援対象として今後も注視に値する。
報告者:長峰 貴士
職位:文化庁文化創作振興課・特別審査官
それは数週間前まで、皇族絡みの情報機密の淵を歩き、
「調査継続の可否」すら揺らぐほどの圧力に晒されていた男の手によるものだった。
だがその報告書には、余計な修飾も、感情の介在もなかった。
ただ一言──「問題なし」と、記されている。
◇ ◇ ◇
「ふわぁあああ~、いい天気だなぁ~~っ!」
つくば学園高等学校の昼休み、グラウンドではサッカー部が声を張り上げ、
校舎の窓からは文化部員の笑い声が聞こえてくる。
春の光が差し込む教室の隅──
いつもの席に、いつものように腰をかけ、漫画のネームを描いている少年の姿があった。
──大和武尊。
「おーい、武尊ー! なんか、最近妙な奴いなくなったな。
あれだよ、あの堅物眼鏡の……文化庁の誰だっけ?」
部室に現れた千夏が、片手にジュースを持ちながら軽口を叩く。
「……ああ、長峰さん」
「そうそう! 長峰! 最近全然来ねーし、何も言わずに消えたよな。
うちの“殿下受け同人誌”とか絶対アウトだと思ったのに」
「……うん、まあ。何か、納得したんじゃない?」
武尊は淡く笑って、さらさらと鉛筆を走らせる。
「彼は、きっと“自由”を見に来たんだと思う。
最初は調べに来たかもしれないけど、帰るときにはもう、見てるだけでいいって思ってた」
「……へぇ。案外、ちゃんと人間だったんだな、あの人」
「うん。いい人だったよ」
その言葉に、睦月が静かに応える。
「──すべて、処理済です」
「処理済……って、睦月。それをサラッと物騒に言うなよ。怖いわ」
千夏が軽く引きつるが、睦月はいつもの無表情のまま首を傾ける。
「情報操作は合法範囲内。彼には“不確かな違和感”だけが残るよう調整済。
また、我らくノ一班は以降の監視対象から彼を除外した」
「だから怖いってば……」
苦笑しながら、千夏は部室の窓を開ける。
ふわりと風が吹き抜け、机の上のネーム用紙が一枚、ふわりと舞い上がった。
「──あっ、待って、それ──!」
小春が机の下からひょこっと顔を出す。
「新刊の下描きですぅ~!」と叫びながら、飛びついた。
「おおっと、あぶね……ん? これって──」
ひらひらと舞い戻った用紙には、制服姿の少年が笑顔で空を見上げるイラスト。
タイトルの仮文字がこう記されていた。
『好きって、言える国で』
武尊は恥ずかしそうに、耳を赤らめながら笑った。
「……なんか、描きたくなったんだよね。
“正体”とか“立場”とか、関係なく──ただ、“好き”を言える、そんな日常」
ことねが、その原稿にそっと紅茶の香りを添えながら呟く。
「それが……創作ってことかもね」
「記録じゃなくて、願いだもんね。……殿下の言葉」
ルナが、意味ありげに頷く。
イザベラは頬を染めながら、視線を逸らしつつもひと言。
「……わたくし、その願い、すごく好きですわ」
イレーネは勢いよくページを覗き込み、即座に自分のタブレットに“殿下微笑みシーン”を模写し始める。
「……あああああ! 新しい表情資料が爆誕しましたわ! これは次回作に!!」
武尊は照れながら、それでも静かにページをめくった。
やがて日が傾き、部活が終わる頃。
彼は帰宅途中の電車の中で、小さなノートを開いた。
──それは、誰にも見せない、自分だけの日記。
《二〇〇X年 四月某日》
最近、学校に来てた文化庁の人が、急にいなくなった。
もしかしたら、俺の“正体”に気づいたのかもしれない。
でも……それでも、何も言わずに帰っていった。
きっと、“見逃してくれた”んじゃなくて、“見守ってくれる”ことにしたんだと思う。
俺は、俺のままでいいんだって。
だから、俺は決めた。
“自由に描く”って。
どんな立場でも、どんな世界でも──“好き”を諦めないって。
その文字を綴ったあと、武尊はペンを置いて、そっと目を閉じた。
春の夜風が、車窓の外を滑っていく。
秘密は守られた。
だがそれは、誰かが“嘘”をついたからではない。
──誰かが、“願い”を信じたからだ。
そして武尊は、今日もまた、物語を描き続ける。
0
あなたにおすすめの小説
わたしの下着 母の私をBBA~と呼ぶことのある息子がまさか...
MisakiNonagase
青春
39才の母・真知子は息子が私の下着を持ち出していることに気づいた。
ネットで同様の事象がないか調べると、案外多いようだ。
さて、真知子は息子を問い詰める? それとも気づかないふりを続けてあげるか?
百合ランジェリーカフェにようこそ!
楠富 つかさ
青春
主人公、下条藍はバイトを探すちょっと胸が大きい普通の女子大生。ある日、同じサークルの先輩からバイト先を紹介してもらうのだが、そこは男子禁制のカフェ併設ランジェリーショップで!?
ちょっとハレンチなお仕事カフェライフ、始まります!!
※この物語はフィクションであり実在の人物・団体・法律とは一切関係ありません。
表紙画像はAIイラストです。下着が生成できないのでビキニで代用しています。
クラスで1番の美少女のことが好きなのに、なぜかクラスで3番目に可愛い子に絡まれる
グミ食べたい
青春
高校一年生の高居宙は、クラスで一番の美少女・一ノ瀬雫に一目惚れし、片想い中。
彼女と仲良くなりたい一心で高校生活を送っていた……はずだった。
だが、なぜか隣の席の女子、三間坂雪が頻繁に絡んでくる。
容姿は良いが、距離感が近く、からかってくる厄介な存在――のはずだった。
「一ノ瀬さんのこと、好きなんでしょ? 手伝ってあげる」
そう言って始まったのは、恋の応援か、それとも別の何かか。
これは、一ノ瀬雫への恋をきっかけに始まる、
高居宙と三間坂雪の、少し騒がしくて少し甘い学園ラブコメディ。
彼女に振られた俺の転生先が高校生だった。それはいいけどなんで元カノ達まで居るんだろう。
遊。
青春
主人公、三澄悠太35才。
彼女にフラれ、現実にうんざりしていた彼は、事故にあって転生。
……した先はまるで俺がこうだったら良かったと思っていた世界を絵に書いたような学生時代。
でも何故か俺をフッた筈の元カノ達も居て!?
もう恋愛したくないリベンジ主人公❌そんな主人公がどこか気になる元カノ、他多数のドタバタラブコメディー!
ちょっとずつちょっとずつの更新になります!(主に土日。)
略称はフラれろう(色とりどりのラブコメに精一杯の呪いを添えて、、笑)
むっつり金持ち高校生、巨乳美少女たちに囲まれて学園ハーレム
ピコサイクス
青春
顔は普通、性格も地味。
けれど実は金持ちな高校一年生――俺、朝倉健斗。
学校では埋もれキャラのはずなのに、なぜか周りは巨乳美女ばかり!?
大学生の家庭教師、年上メイド、同級生ギャルに清楚系美少女……。
真面目な御曹司を演じつつ、内心はむっつりスケベ。
友達の妹が、入浴してる。
つきのはい
恋愛
「交換してみない?」
冴えない高校生の藤堂夏弥は、親友のオシャレでモテまくり同級生、鈴川洋平にバカげた話を持ちかけられる。
それは、お互い現在同居中の妹達、藤堂秋乃と鈴川美咲を交換して生活しようというものだった。
鈴川美咲は、美男子の洋平に勝るとも劣らない美少女なのだけれど、男子に嫌悪感を示し、夏弥とも形式的な会話しかしなかった。
冴えない男子と冷めがちな女子の距離感が、二人暮らしのなかで徐々に変わっていく。
そんなラブコメディです。
キャバ嬢(ハイスペック)との同棲が、僕の高校生活を色々と変えていく。
たかなしポン太
青春
僕のアパートの前で、巨乳美人のお姉さんが倒れていた。
助けたそのお姉さんは一流大卒だが内定取り消しとなり、就職浪人中のキャバ嬢だった。
でもまさかそのお姉さんと、同棲することになるとは…。
「今日のパンツってどんなんだっけ? ああ、これか。」
「ちょっと、確認しなくていいですから!」
「これ、可愛いでしょ? 色違いでピンクもあるんだけどね。綿なんだけど生地がサラサラで、この上の部分のリボンが」
「もういいです! いいですから、パンツの説明は!」
天然高学歴キャバ嬢と、心優しいDT高校生。
異色の2人が繰り広げる、水色パンツから始まる日常系ラブコメディー!
※小説家になろうとカクヨムにも同時掲載中です。
※本作品はフィクションであり、実在の人物や団体、製品とは一切関係ありません。
静かに過ごしたい冬馬君が学園のマドンナに好かれてしまった件について
おとら@ 書籍発売中
青春
この物語は、とある理由から目立ちたくないぼっちの少年の成長物語である
そんなある日、少年は不良に絡まれている女子を助けてしまったが……。
なんと、彼女は学園のマドンナだった……!
こうして平穏に過ごしたい少年の生活は一変することになる。
彼女を避けていたが、度々遭遇してしまう。
そんな中、少年は次第に彼女に惹かれていく……。
そして助けられた少女もまた……。
二人の青春、そして成長物語をご覧ください。
※中盤から甘々にご注意を。
※性描写ありは保険です。
他サイトにも掲載しております。
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる