『おしっこパニックで恋が始まる!?』

本能寺から始める常陸之介寛浩

文字の大きさ
192 / 203
『出張は戦場!ラブもトイレも逃さない』

第190話『夜の懇親会、酒とトイレと失言と』

しおりを挟む
 地方支社合同研修の初日が終わる頃、夕暮れの空には橙と紫のグラデーションが溶け込み、社会人たちの顔にも少しばかりの疲労と安堵がにじんでいた。

 会場近くの居酒屋には、参加者の大半が集まり、テーブルごとに酒と話題が湧いていた。

 「いやー!緊張したね、今日……!」

 ミキが生ビールを一口あおると、そのままソファ席に倒れ込むようにして笑った。

 「緊張と、あとトイレ我慢とで、ほんと……今日だけで一年分、老けた気がする」

 「それな」

 サバナが乾いた声で頷きながら、焼き鳥の串を解体している。その隣では、レイナが何やら見慣れぬ小袋をいじっていた。

 「……おい。まさかそれ」

 ハルカが低い声で問い詰めると、レイナは無邪気に笑う。

 「立ちショングッズだよーん♡ アタシさ、研修会場のトイレが和式しかないって聞いて、念のためにね?」

 「封印して」

 その場の女子全員が即座に突っ込み、レイナはしぶしぶバッグにそれを戻す。

 とはいえ、誰もがどこか、今夜の膀胱に不安を抱えていた。

 冷房で冷え切った身体。飲み放題で水分を摂らされる状況。そして、近場のトイレがわずか一つ。

 「ハルカちゃん、顔赤いよ? 飲みすぎ注意ね~?」

 ナナがそう声をかけたとき、ハルカはようやく気づいた。

 ──ケントが、同じ空間にいるという事実。

 少し離れた席、営業部の中心テーブルに座るケントは、スーツのネクタイを緩め、同僚に囲まれながら笑っていた。

 「……あの人、社会人になっても、やっぱりちょっと浮いてるっていうか、無駄にカッコいいの、ズルい」

 ミキがつぶやくと、ナナの視線がそっと動く。

 「今でも、気になってる?」

 その問いにハルカは言葉を詰まらせた。

 飲み物を飲む。冷える。膀胱が悲鳴をあげる。

 「そういう話してるとトイレ近くなるから……やめて……」

 「わかる~!」と全員が声を揃えた瞬間だった。

 場が一度、笑いに包まれた……その直後だった。

 「ねえ、みんな。知ってる?」

 酔いの回ったミキが、突然テーブルをトントンと叩き、声を潜めて言った。

 「アタシ、高校の修学旅行のとき、バスの中で……一回、やっちゃったことあるんだよね」

 一瞬、静寂が落ちた。

 「やっちゃったって……何を?」

 「そりゃ……アレだよ。隣がハルカでさ、でも起こせなくて……」

 「うわああああああああ!!」

 ハルカが頭を抱える。思い出したくもない記憶だった。あの夜の、ぬるい感触と焦り。座席の下に染み込んでいく液体の音。

 「やめてよミキ、忘れたふりしてたのに!!」

 「でもほら、青春ってそういうもんでしょ~? ハプニング込みで!」

 レイナが笑い、エミリが「異文化的にはオープンな話題です!」とノリ出し、場が少しずつ明るさを取り戻していく。

 だが、空気が和んだのも束の間。店内のトイレのドアが開くたびに、誰かの視線がそちらへ向いた。

 「今のうちに……」

 ハルカはグラスを置くと、席を立ちかけた。

 しかし、その瞬間。

 「ハルカさん」

 ケントの声だった。

 「ちょっと……この後、話せるかな」

 場が静まり返る。

 ナナが、レイナが、サバナが、皆一瞬息を止めた。

 「え、あ、あの、話……って?」

 「昼間の社内報、見たよ。“トイレが遠すぎる問題”ってやつ。君じゃないかって思った」

 「…………っ」

 顔が熱い。尿意と羞恥が同時に襲ってくる。心臓と膀胱が脈打つ。

 「ちょ、ちょっと待って、トイレ行ってからでも──」

 「うん。じゃあ、そのあとで」

 ケントはやわらかく微笑んだ。

 その背中を見送ってから、ハルカは思った。

 ──私、この人の前だと、昔も今も、膀胱まで素直になれないんだ。

 笑いと焦りと、少しの恋と。

 夜の懇親会は、トイレとともに、まだまだ終わらない。
しおりを挟む
感想 0

あなたにおすすめの小説

百合ランジェリーカフェにようこそ!

楠富 つかさ
青春
 主人公、下条藍はバイトを探すちょっと胸が大きい普通の女子大生。ある日、同じサークルの先輩からバイト先を紹介してもらうのだが、そこは男子禁制のカフェ併設ランジェリーショップで!?  ちょっとハレンチなお仕事カフェライフ、始まります!! ※この物語はフィクションであり実在の人物・団体・法律とは一切関係ありません。 表紙画像はAIイラストです。下着が生成できないのでビキニで代用しています。

わたしの下着 母の私をBBA~と呼ぶことのある息子がまさか...

MisakiNonagase
青春
39才の母・真知子は息子が私の下着を持ち出していることに気づいた。 ネットで同様の事象がないか調べると、案外多いようだ。 さて、真知子は息子を問い詰める? それとも気づかないふりを続けてあげるか?

クラスメイトの美少女と無人島に流された件

桜井正宗
青春
 修学旅行で離島へ向かう最中――悪天候に見舞われ、台風が直撃。船が沈没した。  高校二年の早坂 啓(はやさか てつ)は、気づくと砂浜で寝ていた。周囲を見渡すとクラスメイトで美少女の天音 愛(あまね まな)が隣に倒れていた。  どうやら、漂流して流されていたようだった。  帰ろうにも島は『無人島』。  しばらくは島で生きていくしかなくなった。天音と共に無人島サバイバルをしていくのだが……クラスの女子が次々に見つかり、やがてハーレムに。  男一人と女子十五人で……取り合いに発展!?

ヤンデレ美少女転校生と共に体育倉庫に閉じ込められ、大問題になりましたが『結婚しています!』で乗り切った嘘のような本当の話

桜井正宗
青春
 ――結婚しています!  それは二人だけの秘密。  高校二年の遙と遥は結婚した。  近年法律が変わり、高校生(十六歳)からでも結婚できるようになっていた。だから、問題はなかった。  キッカケは、体育倉庫に閉じ込められた事件から始まった。校長先生に問い詰められ、とっさに誤魔化した。二人は退学の危機を乗り越える為に本当に結婚することにした。  ワケありヤンデレ美少女転校生の『小桜 遥』と”新婚生活”を開始する――。 *結婚要素あり *ヤンデレ要素あり

どうしよう私、弟にお腹を大きくさせられちゃった!~弟大好きお姉ちゃんの秘密の悩み~

さいとう みさき
恋愛
「ま、まさか!?」 あたし三鷹優美(みたかゆうみ)高校一年生。 弟の晴仁(はると)が大好きな普通のお姉ちゃん。 弟とは凄く仲が良いの! それはそれはものすごく‥‥‥ 「あん、晴仁いきなりそんなのお口に入らないよぉ~♡」 そんな関係のあたしたち。 でもある日トイレであたしはアレが来そうなのになかなか来ないのも気にもせずスカートのファスナーを上げると‥‥‥ 「うそっ! お腹が出て来てる!?」 お姉ちゃんの秘密の悩みです。

プール終わり、自分のバッグにクラスメイトのパンツが入っていたらどうする?

九拾七
青春
プールの授業が午前中のときは水着を着こんでいく。 で、パンツを持っていくのを忘れる。 というのはよくある笑い話。

入れ替わり夫婦

廣瀬純七
ファンタジー
モニターで送られてきた性別交換クリームで入れ替わった新婚夫婦の話

不思議な夏休み

廣瀬純七
青春
夏休みの初日に体が入れ替わった四人の高校生の男女が経験した不思議な話

処理中です...