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『出張は戦場!ラブもトイレも逃さない』
第190話『夜の懇親会、酒とトイレと失言と』
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地方支社合同研修の初日が終わる頃、夕暮れの空には橙と紫のグラデーションが溶け込み、社会人たちの顔にも少しばかりの疲労と安堵がにじんでいた。
会場近くの居酒屋には、参加者の大半が集まり、テーブルごとに酒と話題が湧いていた。
「いやー!緊張したね、今日……!」
ミキが生ビールを一口あおると、そのままソファ席に倒れ込むようにして笑った。
「緊張と、あとトイレ我慢とで、ほんと……今日だけで一年分、老けた気がする」
「それな」
サバナが乾いた声で頷きながら、焼き鳥の串を解体している。その隣では、レイナが何やら見慣れぬ小袋をいじっていた。
「……おい。まさかそれ」
ハルカが低い声で問い詰めると、レイナは無邪気に笑う。
「立ちショングッズだよーん♡ アタシさ、研修会場のトイレが和式しかないって聞いて、念のためにね?」
「封印して」
その場の女子全員が即座に突っ込み、レイナはしぶしぶバッグにそれを戻す。
とはいえ、誰もがどこか、今夜の膀胱に不安を抱えていた。
冷房で冷え切った身体。飲み放題で水分を摂らされる状況。そして、近場のトイレがわずか一つ。
「ハルカちゃん、顔赤いよ? 飲みすぎ注意ね~?」
ナナがそう声をかけたとき、ハルカはようやく気づいた。
──ケントが、同じ空間にいるという事実。
少し離れた席、営業部の中心テーブルに座るケントは、スーツのネクタイを緩め、同僚に囲まれながら笑っていた。
「……あの人、社会人になっても、やっぱりちょっと浮いてるっていうか、無駄にカッコいいの、ズルい」
ミキがつぶやくと、ナナの視線がそっと動く。
「今でも、気になってる?」
その問いにハルカは言葉を詰まらせた。
飲み物を飲む。冷える。膀胱が悲鳴をあげる。
「そういう話してるとトイレ近くなるから……やめて……」
「わかる~!」と全員が声を揃えた瞬間だった。
場が一度、笑いに包まれた……その直後だった。
「ねえ、みんな。知ってる?」
酔いの回ったミキが、突然テーブルをトントンと叩き、声を潜めて言った。
「アタシ、高校の修学旅行のとき、バスの中で……一回、やっちゃったことあるんだよね」
一瞬、静寂が落ちた。
「やっちゃったって……何を?」
「そりゃ……アレだよ。隣がハルカでさ、でも起こせなくて……」
「うわああああああああ!!」
ハルカが頭を抱える。思い出したくもない記憶だった。あの夜の、ぬるい感触と焦り。座席の下に染み込んでいく液体の音。
「やめてよミキ、忘れたふりしてたのに!!」
「でもほら、青春ってそういうもんでしょ~? ハプニング込みで!」
レイナが笑い、エミリが「異文化的にはオープンな話題です!」とノリ出し、場が少しずつ明るさを取り戻していく。
だが、空気が和んだのも束の間。店内のトイレのドアが開くたびに、誰かの視線がそちらへ向いた。
「今のうちに……」
ハルカはグラスを置くと、席を立ちかけた。
しかし、その瞬間。
「ハルカさん」
ケントの声だった。
「ちょっと……この後、話せるかな」
場が静まり返る。
ナナが、レイナが、サバナが、皆一瞬息を止めた。
「え、あ、あの、話……って?」
「昼間の社内報、見たよ。“トイレが遠すぎる問題”ってやつ。君じゃないかって思った」
「…………っ」
顔が熱い。尿意と羞恥が同時に襲ってくる。心臓と膀胱が脈打つ。
「ちょ、ちょっと待って、トイレ行ってからでも──」
「うん。じゃあ、そのあとで」
ケントはやわらかく微笑んだ。
その背中を見送ってから、ハルカは思った。
──私、この人の前だと、昔も今も、膀胱まで素直になれないんだ。
笑いと焦りと、少しの恋と。
夜の懇親会は、トイレとともに、まだまだ終わらない。
会場近くの居酒屋には、参加者の大半が集まり、テーブルごとに酒と話題が湧いていた。
「いやー!緊張したね、今日……!」
ミキが生ビールを一口あおると、そのままソファ席に倒れ込むようにして笑った。
「緊張と、あとトイレ我慢とで、ほんと……今日だけで一年分、老けた気がする」
「それな」
サバナが乾いた声で頷きながら、焼き鳥の串を解体している。その隣では、レイナが何やら見慣れぬ小袋をいじっていた。
「……おい。まさかそれ」
ハルカが低い声で問い詰めると、レイナは無邪気に笑う。
「立ちショングッズだよーん♡ アタシさ、研修会場のトイレが和式しかないって聞いて、念のためにね?」
「封印して」
その場の女子全員が即座に突っ込み、レイナはしぶしぶバッグにそれを戻す。
とはいえ、誰もがどこか、今夜の膀胱に不安を抱えていた。
冷房で冷え切った身体。飲み放題で水分を摂らされる状況。そして、近場のトイレがわずか一つ。
「ハルカちゃん、顔赤いよ? 飲みすぎ注意ね~?」
ナナがそう声をかけたとき、ハルカはようやく気づいた。
──ケントが、同じ空間にいるという事実。
少し離れた席、営業部の中心テーブルに座るケントは、スーツのネクタイを緩め、同僚に囲まれながら笑っていた。
「……あの人、社会人になっても、やっぱりちょっと浮いてるっていうか、無駄にカッコいいの、ズルい」
ミキがつぶやくと、ナナの視線がそっと動く。
「今でも、気になってる?」
その問いにハルカは言葉を詰まらせた。
飲み物を飲む。冷える。膀胱が悲鳴をあげる。
「そういう話してるとトイレ近くなるから……やめて……」
「わかる~!」と全員が声を揃えた瞬間だった。
場が一度、笑いに包まれた……その直後だった。
「ねえ、みんな。知ってる?」
酔いの回ったミキが、突然テーブルをトントンと叩き、声を潜めて言った。
「アタシ、高校の修学旅行のとき、バスの中で……一回、やっちゃったことあるんだよね」
一瞬、静寂が落ちた。
「やっちゃったって……何を?」
「そりゃ……アレだよ。隣がハルカでさ、でも起こせなくて……」
「うわああああああああ!!」
ハルカが頭を抱える。思い出したくもない記憶だった。あの夜の、ぬるい感触と焦り。座席の下に染み込んでいく液体の音。
「やめてよミキ、忘れたふりしてたのに!!」
「でもほら、青春ってそういうもんでしょ~? ハプニング込みで!」
レイナが笑い、エミリが「異文化的にはオープンな話題です!」とノリ出し、場が少しずつ明るさを取り戻していく。
だが、空気が和んだのも束の間。店内のトイレのドアが開くたびに、誰かの視線がそちらへ向いた。
「今のうちに……」
ハルカはグラスを置くと、席を立ちかけた。
しかし、その瞬間。
「ハルカさん」
ケントの声だった。
「ちょっと……この後、話せるかな」
場が静まり返る。
ナナが、レイナが、サバナが、皆一瞬息を止めた。
「え、あ、あの、話……って?」
「昼間の社内報、見たよ。“トイレが遠すぎる問題”ってやつ。君じゃないかって思った」
「…………っ」
顔が熱い。尿意と羞恥が同時に襲ってくる。心臓と膀胱が脈打つ。
「ちょ、ちょっと待って、トイレ行ってからでも──」
「うん。じゃあ、そのあとで」
ケントはやわらかく微笑んだ。
その背中を見送ってから、ハルカは思った。
──私、この人の前だと、昔も今も、膀胱まで素直になれないんだ。
笑いと焦りと、少しの恋と。
夜の懇親会は、トイレとともに、まだまだ終わらない。
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