『おしっこパニックで恋が始まる!?』

本能寺から始める常陸之介寛浩

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『出張は戦場!ラブもトイレも逃さない』

第192話『恋の本音と、トイレの悲劇』

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 夜更け。ホテルの廊下はひっそりと静まり返り、カーペットを踏む音すらも吸い込まれてしまいそうだった。

 ──それでも、ハルカの心音だけは、やけに大きく聞こえていた。

 (やばい……このままじゃ、夢に出る……)

 耐え難い尿意で目が覚めたハルカは、バスルームつきの部屋にもかかわらず、ミキがまだ風呂にこもっていたため、仕方なく共用トイレに向かっていた。

 (ここ……だったはず)

 女子部屋が並ぶフロアの一角に設けられた共同トイレ。廊下の突き当たりにひっそりとあり、夜中に訪れるにはなんとも心細い雰囲気だ。

 ギシ……とスリッパの音を鳴らしながら角を曲がったその瞬間、ハルカはぴたりと足を止めた。

 そこに、立っていたのは──

 「……ケント……?」

 「……あ。よぉ」

 部屋着姿で立つ彼は、どう見ても“順番待ち”している空気感をまとっていた。

 (え、なんでこのタイミングで……!?)

 寝起きの脳が一気に覚醒する。尿意と緊張のダブルアタック。悪夢。

 「お前も、トイレ?」

 「……ち、違……う……って言ってももう遅いか」

 ハルカは目をそらし、廊下の壁に背を預けるように立った。こんな状況、青春漫画でも見たことがない。

 沈黙が、じわじわと重くなっていく。

 ──でも、ケントは笑っていた。

 「なんか懐かしいな。こういうの」

 「……なにが?」

 「高校のときもさ、何かあるとすぐ我慢してただろ、お前」

 「……覚えてたんだ」

 「うん。ていうか、お前、いつも顔に出てたし。ほっぺ膨らませて、眉間にしわ寄せて、口は真一文字で」

 「やめてっ、リアルな描写やめて……」

 ハルカは思わず顔を覆った。その仕草に、ケントがくすりと笑う。

 「でも、なんかさ。あの頃と変わってないな、俺ら」

 「……変わらないよ。変われないんだよ、バカ」

 「ん?」

 ハルカは、思い切ってケントの方を見た。薄暗い廊下、非常灯のわずかな光の中で、彼の横顔はどこか大人びて見えた。

 だからこそ、口から出た言葉も自然だった。

 「……わたし、ずっとあんたのせいでトイレ我慢してる気がする」

 一瞬、沈黙。

 静かな夜の廊下で、誰かの呼吸音さえ聞こえそうなほどに。

 「え、何それ、俺のせいなの?」

 「そう。だって、緊張するじゃん。話しかけられたり、近くに来たり、見られたり」

 「……ごめん、なんか俺、迷惑だった?」

 「……違うよ、バカ」

 ハルカは、頬を真っ赤にして小声で呟いた。

 「緊張するってことは……つまり、好きだったってこと」

 ケントの目が、少しだけ見開かれた。

 そして──ゆっくりと、口元がゆるむ。

 「……そっか」

 「あのね、今さらこういうの、ずるいよ。こんな廊下でさ、しかもトイレ待ちの状態で言わせないでよ……!」

 「いや、それはお前が……」

 「言わせたんだよ! もう! トイレ行く!!」

 ハルカは真っ赤な顔でくるりと背を向け、トイレのドアノブに手をかけた。

 ──が、無情にも。

 ガチャガチャ。

 「えっ……」

 回らない。鍵が、開かない。

 「ま、まさかの……使用中……?」

 背後のケントが言葉を詰まらせたその瞬間、ドアの向こうから水音が聞こえた。

 ──ジャー……

 「うわあああああああああ!!!!!」

 ハルカはその場に膝をつきかけた。心のダメージと、物理的な切迫感の両方が限界を超えていた。

 「おい、大丈夫か!? 立てる!?」

 「だ、だいじょうぶ……トイレって……音聞こえると余計やばいんだよぉぉ……」

 「ちょっ、俺の部屋近いから、とりあえずそっち──」

 「行かない! 絶対に行かない! そっち行ったらもう、なんか、負ける気がする!!」

 その必死の拒絶に、ケントは苦笑いを浮かべながらも、そっと彼女の背に手を添えた。

 「変わってないな、本当に。お前は、ずっとお前のままだ」

 「……うるさい」

 でも、どこかで思っていた。
 この人とこうして会話しているとき、自分は昔と何も変わっていない。

 膀胱の限界も、恋心の限界も──なぜかいつも、同時にやってくるのだった。
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