『遺伝子治療革命〈エピゲノム・プロトコル〉──倫理と進化の臨界点』

本能寺から始める常陸之介寛浩

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第32話 新型適正検査──心までも測る時代へ

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 冬の冷たい風が、街路樹を揺らしていた。

 都市の喧騒は変わらなかった。
 人々は、今日も通勤し、買い物をし、スマートフォンを覗き込んでいた。

 だが、その日。
 世界はまた、静かに“監視社会”へと一歩近づいた。

【速報】
【倫理適正庁、新型適正検査システム「MIRA」正式発表】
【遺伝子に加え、精神適性スコア化へ】
【社会全体に「安全・安心な人材基準」を──】

 ネットニュースは、その情報で埋め尽くされていた。

 結彩は、固唾を飲んでモニターを見つめていた。

 ──精神まで、測る……?

 嫌な予感が、背中を走った。

 午後。
 《命の自由連盟》本部・会議室。

 天城朔弥が、プロジェクターに資料を映し出した。

【MIRA(Mind Integrity and Risk Assessment)】

 ──精神の安定性
 ──攻撃性・逸脱傾向
 ──秩序維持適合度
 ──社会協調性
 ──倫理的判断力

 脳波パターン、心拍変動、瞳孔反応、表情筋データをリアルタイムで測定し、
 被験者の「精神適性スコア」を算出する。

 検査にかかる時間はわずか五分。
 結果は即座にクラウドへ送信され、個人IDと紐づけられる。

「つまり──」

 天城は、静かに言った。

「考えたことすら、監視される時代が来たということだ」

 会議室に、重い沈黙が落ちた。

「遺伝子だけじゃない……心まで」

 結彩が、呆然と呟いた。

「それって、もう、人間じゃない……」

「うん」

 奏人が、低く答えた。

「人間を、“管理可能な存在”に変える技術だ」

 天城は、さらに言葉を続けた。

「MIRAは、まず公共職員への適用が義務化される」

「次は、教育機関。
 次は、医療機関。
 そして、民間企業すべてへ」

「拒否すれば──社会的存在を失う」

「どんな思想を持っているか。
 どんな感情を抱いたか」

「すべてが、数字になる」

「笑ったら、
 怒ったら、
 悲しんだら、
 愛したら──
 それすら、点数で測られる」

「そんな未来が、目の前に来ている」

 夜。

 結彩は、ぼんやりと窓の外を見ていた。

 人々は、何も変わらない日常を過ごしているように見えた。

 けれど、本当は違った。

 ──みんな、知ってる。
 ──でも、目を背けてる。

 新型検査への希望的観測も、ネットには溢れていた。

「これで犯罪予防が進む」
「より安全な社会に」
「適正な人材登用ができる」
「自由は大事だけど、秩序も必要だよね」

 正しそうな言葉たちが、静かに自由を殺していく。

 誰も、ナイフを振りかざしたりしない。

 ただ、笑いながら、
 ただ、「普通」の顔をして、
 隣人を、友人を、家族を、
 適正と不適正に分け始める。

 それが、いちばん恐ろしかった。

 翌日。

 つくば市の公共施設で、試験的に「MIRA簡易検査」が導入された。

 駅前には、無料検査ブースが設置された。
 パンフレットには、こう書かれていた。

【あなたの安心のために。】
【未来のために、自分を知ろう。】
【たった五分で、未来が変わる!】

 列を作る人々。

 順番を待ちながら、談笑する若者たち。
 手を引かれた子供たち。

 検査を「イベント」のように楽しむ空気。

 結彩は、遠くからそれを見つめていた。

「……これが、現実なんだ」

 奏人も、隣で歯を食いしばった。

「誰も、悪意がない。
 ただ、流されるだけだ」

「でも、それが一番怖い」

 その夜。

 天城たちは、緊急作戦会議を開いた。

「MIRAに対抗するには、まず情報を広めるしかない」

 天城は言った。

「MIRAの危険性。
 精神の自由が、どう侵されるか」

「市民たちに、知ってもらうんだ。
 “知らないうちに、心まで測られる未来”の恐ろしさを」

「ただの陰謀論だと思われても構わない。
 時間がない」

 結彩は、拳を握った。

「わたし、やる」

「わたしたちが、動かなきゃ」

「未来は、また、誰かに奪われる」

 奏人も、力強く頷いた。

「たとえ世界が敵になっても──
 自由だけは、渡さない」

 彼らは、立ち上がった。

 未完成なまま。
 恐れを抱えたまま。

 それでも、前に進む。

 未来を、自分たちの手で守るために。
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