『遺伝子治療革命〈エピゲノム・プロトコル〉──倫理と進化の臨界点』

本能寺から始める常陸之介寛浩

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第36話 幻想か、真実か──MIRAの罠

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 202X年、冬。

 空は低く曇り、
 街はきらびやかなイルミネーションに包まれながら、どこか死んだように静かだった。

【心までも測る時代】
【精神適性スコア導入開始】
【自由とは、社会秩序にとって脅威なのか?】

 ニュースが無機質に流れるなか、
 世界は少しずつ、確実に、「自由意志」を消し去ろうとしていた。

 つくば市、廃墟となった旧科学技術センター。

 結彩と奏人は、匿名の情報提供者の指示でこの場所に来ていた。

「本当に、ここでいいのかな……」

 結彩が不安げに呟く。

 奏人は、周囲を警戒しながら頷いた。

「でも、もし本当に“MIRAの中枢データ”が手に入るなら、リスクを冒す価値はある」

「……うん」

 結彩も、小さく頷いた。

 だが──
 彼らは気づかなかった。

 すでに、ここが仕掛けられた「罠」であることを。

 建物に足を踏み入れた瞬間、
 空間が歪んだ。

 耳鳴り。
 眩暈。
 急激な吐き気。

「っ……なに、これ……!」

 結彩が壁に手をついた瞬間、
 視界が白く塗りつぶされた。

 次に、耳に届いたのは──

 機械のように冷たい、人工音声だった。

【ようこそ、被験体No.032・No.033】

【これより精神適性確認試験を開始する】

【貴君らの自由意志が、いかに脆く、錯覚にすぎないか──】

【証明する】

 結彩は、白い部屋に立っていた。

 見渡す限り、何もない。

 そして、目の前には──

 自分自身。

 ベッドに伏せる、かつての病弱な自分。
 痛みと絶望に顔を歪め、
 誰にも助けられず、ただ孤独に泣いていた幼い結彩。

【思い出せ】

【君の願いは、誰かに“救われたかった”だけ】

【自由? 意志? 理想?】

【そんなものは、君の弱さを隠すための虚飾だ】

【君は、生きたいだけだった】

【誰かに、許されたいだけだった】

 結彩は、胸が裂けそうだった。

「違う……」

 必死で否定しようとする。

 だが、映像は切り替わる。

 今度は、未来の結彩。

 誰にも知られず、
 孤独に倒れ、
 砂のように崩れていく未来の自分。

【自由を選んだ者の末路】

【管理された世界では守られたはずの命】

【君は、間違えた】

【君は、“正しく生きる”機会を自ら捨てた】

【自業自得だ】

 結彩は、膝をついた。

 吐き気が込み上げる。

 心が、折れそうだった。

 別室。

 奏人もまた、同じ試練にさらされていた。

 目の前には、かつて自分を罵った大人たち。

「君は欠陥品だ」
「社会に迷惑をかけるな」
「生まれてこなければよかった」

 無数の声が、嘲笑が、
 奏人の心を貫く。

【思い出せ】

【誰も、お前を本当に必要とはしていない】

【自由などと叫んでも──】

【所詮は孤独な存在だ】

【プログラムのように、反射で叫んでいるだけだ】

【“生きたい”という本能に操られているだけだ】

【意志など、幻想だ】

 奏人は、歯を食いしばった。

 だが、心のどこかで、
 その言葉を「認めそう」な自分がいるのを、感じていた。

 結彩の膝に、血が滲んだ。

 だが、彼女は、かすかに震える指で、
 拳を握り締めた。

「……たとえ」

「たとえすべてが、脳の反応でしかないとしても──」

「それでも、
 わたしは、わたしで選ぶ」

「わたしは、
 誰かに愛されたいと思った」

「わたしは、
 誰かと生きたいと願った」

「それが、錯覚でも」

「それが、プログラムでも──」

「この手で掴んだ感情は、
 わたしのものだ!!!」

 結彩が、叫んだ。

 その瞬間──
 白い部屋に、ヒビが走った。

 同じ頃、奏人もまた、心の底から声を絞り出していた。

「俺は、生きたいんじゃない」

「生きて、“誰かと生きたい”んだ!!」

「結彩と、みんなと──」

「たとえ孤独でも、たとえ世界が敵でも──」

「俺は、自由に、生きたい!!」

 爆発するような光。

 白い空間が、音を立てて崩壊していく。

 二人の意志が、
 絶望を打ち破った。

 目を覚ましたとき、
 結彩と奏人は、瓦礫の中にいた。

 機械が焼き切れ、
 MIRA簡易端末は黒焦げになっていた。

「……はぁ、はぁ……」

 奏人が息をつきながら結彩を見た。

「生きてる……?」

「うん」

 結彩も、小さく笑った。

 未完成なまま。
 傷つきながら。
 それでも、立ち上がった。

 自由を、
 信じ続けたから。

 空を見上げると、夜明けが近かった。

 新しい光が、
 小さく、小さく、
 生まれ始めていた。

 結彩は、そっと呟いた。

「自由は、錯覚でもいい」

「わたしたちが信じる限り、
 それは、本物になる」

 奏人は、頷いた。

 二人は、手を取り合い、
 再び歩き始めた。

 未来へ。
 未完成な世界へ。

 それでも、自由を信じて──。
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