『遺伝子治療革命〈エピゲノム・プロトコル〉──倫理と進化の臨界点』

本能寺から始める常陸之介寛浩

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第49話 それでも、生きる理由

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 夜が明けるころ。

 つくばの空は、曇っていた。

 灰色の雲。
 まだ遠い春の気配。
 冷たい風が、街の片隅を吹き抜けていく。

 結彩は、仮設拠点の屋上に立っていた。

 コートのポケットに手を突っ込みながら、
 じっと東の空を見つめていた。

 未来なんて、
 すぐには変わらない。

 自由を選んだからといって、
 すべてが輝くわけじゃない。

 それどころか──

 痛みは、深くなった。
 孤独は、濃くなった。

 選ぶたびに、
 迷い、
 恐れ、
 立ち止まる。

 それでも──

 それでも、彼女はここにいる。

 逃げずに、
 立ち止まらずに、
 歩き続けるために。

 後ろから、奏人の足音がした。

「……寒いのに」

 苦笑しながら、隣に立つ。

「うん、寒いね」

 結彩も笑った。

 でも、心は不思議と静かだった。

 風の冷たさも、
 曇った空も、
 どこか受け入れられる気がした。

「なあ、結彩」

 奏人が、ポケットから小さな折りたたみメモを取り出した。

 それは、
 かつて彼らが書いた「自由憲章」の草案だった。

 汚れて、端が破れて、
 何度も握りしめられた痕がある。

「これ、見てたんだ」

 奏人は言った。

「こんな小さな紙切れに、
 俺たち、あんなに大きな夢を詰め込んでたんだなって」

「……今思うと、笑っちゃうくらい、無謀だよな」

「こんな紙一枚で、
 世界を変えられるって、本気で思ってたんだから」

 結彩は、微笑んだ。

「……うん、バカみたいだよね」

「でも、
 わたしたち、本気だった」

「本当に、
 世界を変えたかったんだ」

「誰かのために」

「自分のために」

「未来のために」

 奏人は、空を仰いだ。

「……世界は、まだ変わってない」

「いや、
 むしろ、もっと難しくなった」

「自由って、
 こんなにも苦しいんだなって、思い知らされた」

「でも──」

 奏人は、結彩を見た。

 その瞳には、
 確かな光があった。

「でも、
 俺は、諦めたくない」

「どんなに間違えても、
 どんなに孤独でも、
 どんなに痛くても──」

「自由を選んだことだけは、
 絶対に後悔したくない」

「それが、
 俺が生きる理由だ」

 結彩は、胸が熱くなるのを感じた。

 静かに、
 でも確かに。

 彼らは、この世界で、
 ちゃんと生きている。

 未完成なまま。
 傷だらけのまま。

 でも、それでも、生きている。

 リビングに戻ると、
 若い仲間たちも集まっていた。

 智翔、麻子、瑛士(えいじ)、花音(かのん)。

 皆、まだ頼りない。
 まだ不安だらけだ。

 でも、
 誰も目をそらしていなかった。

「……このままじゃ終われないよな」

 智翔が、拳を握りしめて言った。

「自由を手に入れたって言っても、
 まだ何も、守れてない」

「だから──」

「だから、
 これからだろ」

「俺たちが、
 生きて証明するんだ」

「自由って、
 孤独じゃないって」

「痛みを超えた先に、
 ちゃんと未来があるって」

 皆、頷いた。

 花音が、
 小さな声で呟いた。

「自由って、
 たぶん、怖いものだと思う」

「でも……」

「怖いままでも、
 一緒にいたい」

「信じたい」

「未来を」

 結彩は、皆を見渡した。

 どれだけ未熟でも、
 どれだけ小さくても、
 ここにあるのは、確かに希望だった。

「……ありがとう」

 結彩は、心からそう言った。

「わたしたちは、
 名もなき者たちかもしれない」

「世界を変える力なんて、
 ないかもしれない」

「でも──」

「信じることなら、できる」

「生きることなら、できる」

「この未完成な世界を、
 この未完成なわたしたちで、
 生き抜いてみせる」

「それが、
 わたしたちの──」

「生きる理由だ」

 外に出ると、
 ようやく雲の隙間から光が差していた。

 まだ弱々しい。
 まだ頼りない。

 でも──

 確かに、光だった。

 結彩と奏人、そして仲間たちは、
 その光に向かって歩き出した。

 一歩。
 また一歩。

 自由の重さを背負って。
 孤独を抱えて。
 それでも、生きるために。

 未来へ、向かって。
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