『遺伝子治療革命〈エピゲノム・プロトコル〉──倫理と進化の臨界点』

本能寺から始める常陸之介寛浩

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第54話 光と影の選択──内部対立ふたたび

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 つくば市、仮設拠点。

 壁に新たに貼り直された白い布。

 その上に描かれた
「命の自由連盟」の小さな紋章が、
 かすかに揺れていた。

 だが、
 その場の空気は、静かな緊張に満ちていた。

「──もう理想論だけでは、守れない」

 若手メンバーの一人、楠本(くすもと)が声を上げた。

「新適正派は、本気だ」

「彼らは自由を言葉で否定するだけじゃない」

「行動で、暴力で、
 わたしたちを潰しにきている」

「このまま手をこまねいていたら、
 また自由は奪われる!」

「だから──」

「一定の管理を、
 内部に取り入れるべきだ」

「たとえば、
 新規メンバーの適正スクリーニング」

「拠点内部での規律、行動ガイドラインの明文化」

「自由を守るために、
 必要な“最低限のルール”を!」

 拍手が起きた。

 少数ながら、支持する声が確かに広がっていた。

 彼らは「社会秩序派」と呼ばれるようになった。

 自由は必要だ。

 だが、それだけでは、世界は保てない。

 痛みと混乱の中で、
 彼らは現実的な「秩序」を選ぼうとしていた。

 対する「完全自由派」。

 麻子が、毅然と反論した。

「──それは、
 自由を名乗った別の支配だよ」

「管理する自由なんて、自由じゃない」

「怖いからって、
 痛いからって、
 すぐに秩序に縋るなら──」

「わたしたちが信じてきた自由は、
 ただの都合のいい言葉になってしまう」

 智翔も言った。

「失敗してもいい」

「間違えてもいい」

「でも、それを自分たちで引き受ける覚悟がなきゃ──」

「自由を選んだ意味がない!」

 声が重なった。

「理想は、理想のままでいいのか?」

「現実を無視して何になる!」

「わたしたちは夢を見たいんじゃない! 生き延びたいんだ!」

「じゃあ、秩序に戻るのか!」

「違う、でも……!」

 会議室は、激しく揺れていた。

 自由を守ろうとする者たちが、
 自由を信じきれずに、
 ぶつかり合っていた。

 結彩は、
 中央の席で、黙ってそれを見ていた。

 胸の中に、苦い痛みが広がっていた。

(みんな、正しい)

(でも、みんな、間違ってる)

 自由を守りたい。

 皆を守りたい。

 でも、
 どうすればいい?

 管理は、怖い。

 だけど、
 混乱も、確かに人を傷つける。

 自由と秩序。

 光と影。

 どちらも必要で、
 どちらも完全ではない。

 それが、
 この世界の現実だった。

 夜。

 会議は収拾がつかないまま、休憩に入った。

 結彩は、一人、屋上に立った。

 星が瞬いていた。

 未完成な、
 完璧とは言えない、
 それでも確かな光たち。

 奏人が、後ろから歩いてきた。

「……苦しいよな」

 結彩は、黙って頷いた。

「どっちも、守りたい」

「どっちも、手放したくない」

「でも──」

「きっと、
 全部は無理なんだ」

 結彩は、拳を握った。

「わたしたちは、選ばなきゃいけない」

「何を失っても、
 何を犠牲にしても、
 絶対に守りたいものを──」

「それを、
 選ばなきゃいけない」

 翌朝。

 再開された会議で、
 結彩は、ゆっくりと立ち上がった。

 皆が、彼女を見た。

 社会秩序派も。
 完全自由派も。

 結彩は、震える声を押し殺して言った。

「……わたしは」

「わたしは、
 管理された自由は、望まない」

「でも、
 無秩序な混乱も、望まない」

「だから──」

「最小限の秩序は、
 わたしたち自身で作る」

「誰かに強制されるんじゃない」

「わたしたちが、
 わたしたちのために、作るんだ」

「自由を、守るために」

「間違いを恐れずに、
 傷つくことを怖れずに」

「わたしたちは、
 この未完成な自由を、育てていこう」

 沈黙。

 長い、長い沈黙。

 やがて──

 一人、二人と、
 仲間たちが頷き始めた。

 完璧な答えなんて、ない。

 正解なんて、誰にもわからない。

 それでも。

 それでも、信じる。

 それでも、進む。

 未完成な自由を、生きるために。
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