『遺伝子治療革命〈エピゲノム・プロトコル〉──倫理と進化の臨界点』

本能寺から始める常陸之介寛浩

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第58話 星のない夜に

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 春の夜空は、
 妙に冷たかった。

 つい昨日までは感じなかった風の鋭さ。
 暗闇の深さ。

 ──星が、ない。

 つくば市の空には、
 厚い雲が広がっていた。

 まるで、
 この街全体を覆うように。

 仮設拠点・リビング。

 妙な沈黙が支配していた。

 いつもなら賑やかな若者たちも、
 今夜ばかりは声をひそめていた。

 そして、その中心に──

 一枚の紙が置かれていた。

【自由連盟離脱届】

 差出人の名は、
 元コアメンバーの一人、沢村恵理。

 自由連盟創設当初から支えてくれた仲間だった。

「……なんで」

 麻子が呟いた。

「なんで、
 何も言わずに──」

 瑛士も、唇を噛んだ。

「ここまで一緒にやってきたのに……!」

 結彩は、静かに紙を見つめていた。

 何も言えなかった。

 何も、考えられなかった。

 ただ、
 胸の奥に、
 鈍い痛みが広がっていった。

 夜。

 外に出ると、
 遠くから怒声が聞こえた。

「──自由連盟を解体しろ!」
「新適正主義に従え!」

 新適正派の支持者たちが、
 また仮設拠点の周囲に集まっていた。

 石が投げられる。
 ガラスが割れる。

 警察も、
 もはや積極的には介入してくれなかった。

 つくば市内部でも、
 自由連盟への不信は高まっていた。

 市議会は、
 新たな「秩序安定法案」の検討を始めていた。

(わたしたちは──)

(わたしたちは、
 世界を少しでも、変えられたんじゃなかったの?)

(それなのに──)

(どうして)

(どうして、
 こんなにも、追い詰められているんだろう)

 結彩は、
 ただ立ち尽くしていた。

 夜遅く。

 仲間たちは疲れ果て、
 それぞれの寝床へと散っていった。

 仮設拠点の廊下。

 結彩は、一人で歩いていた。

 誰もいない廊下。

 冷たく乾いた空気。

 まるで、
 世界中に取り残されたようだった。

(奏人……)

(あなたなら、
 今、何て言うだろう)

(わたしに──)

(何を、してほしいって、言うだろう)

 涙が溢れた。

 堪えようとしても、止められなかった。

(怖いよ)

(みんなが離れていくのが、怖い)

(信じていたものが、崩れていくのが、怖い)

(でも──)

(それでも──)

 結彩は、壁に背を預け、
 崩れるように座り込んだ。

 暗闇の中、
 ただ膝を抱えて、
 震えていた。

 翌朝。

 結彩は、少しだけ笑った。

 弱く、
 けれど確かに笑った。

(こんなことで、
 止まれない)

(たとえ、
 誰にも理解されなくなっても)

(たとえ、
 孤独に飲み込まれても)

(わたしは──)

(自由を、
 未来を、
 信じ続ける)

 そう決めた。

 自分自身に、
 小さな誓いを立てた。

 誰に認められなくてもいい。

 誰に笑われてもいい。

 わたしは、
 わたしのために、
 自由を信じる。

 それが、
 ここにいる意味だから。

 仮設拠点の屋上。

 まだ重たい雲の下。

 結彩は、顔を上げた。

 星は、見えなかった。

 でも──

 その向こうに、
 光があると、信じた。

 たとえ見えなくても。

 たとえ、遠くても。

 わたしたちは、
 この未完成な世界で、
 生きていく。

 未来を、
 信じて。
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