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『写ってはいけない名前』
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古い資料室には、誰も触らない箱がある。
段ボールのラベルには、かすれた字で「昭和四十三年度卒業アルバム」とだけ書かれていた。
埃を払って開けると、封筒に入った集合写真が何枚か出てくる。
大学の卒業記念にしては、保存状態がよすぎた。
台紙の色も褪せておらず、裏面の印刷もはっきり読める。
けれど、その中の一枚──
ただ一枚だけ、違っていた。
封筒に、手書きの文字があった。
【※この中の“名前”を声に出してはいけません】
【読んでも、黙っていてください】
僕はそのとき、研究室の助手として片付けを任されていた。
誰もいない午後。
密閉された書庫の片隅で、一人だった。
封筒を開ける。
白黒の集合写真。
三十数名の若者たちが、大学本館の前で並んで写っていた。
誰も笑っていない。
昭和の空気。緊張感のある硬い姿勢。
下には、横一列に名前の一覧が印刷されていた。
けれど、ひとつだけ、名前の上に黒いインクが垂れていた。
細いペンで書いたような綺麗な楷書。
だがその名前の上だけ、滲んだような黒い染みが落ちている。
文字の判別は難しいが、うっすらと、漢字の輪郭が残っていた。
──見えてはいけない。
でも、目が離せなかった。
僕は、写真をまじまじと見つめた。
その瞬間、“その人物”と、目が合った。
中央やや右、二列目の男性。
髪は七三。大人びた顔。
だが──彼だけが、レンズではなく“僕”を見ていた。
他の学生は皆、まっすぐカメラを見ている。
なのに彼だけは、明らかに「写真の外」を見つめていた。
しかも、その視線は妙に生々しかった。
遠近感を持たないはずの写真なのに、立体感を持っていた。
まるで、目だけがこちらへ「浮かび出している」ように。
僕はその写真を、思わず裏返した。
裏面には、名前の一覧が鉛筆で書かれていた。
その最後の欄。
記されていた、にじんだ名前の一部。
僕は──読んでしまった。
その瞬間。
書庫の蛍光灯が、パチ、と点滅した。
乾いた空気がひとしきり揺れ、写真の表面がふるりと震えたように見えた。
「……気のせい、だよな」
小声で呟くと、耳元で返事が返ってきた。
【うん、気のせい】
振り返っても、誰もいない。
その夜からだった。
**
家に帰ってから、スマホのカメラが不調を起こした。
勝手にシャッターが切れる。
撮った覚えのない写真が、深夜にフォルダに追加される。
そこには──
僕が眠っている姿が写っていた。
構図は、天井から見下ろした角度。
部屋には天井カメラなど存在しない。
数日後、大学の構内で声をかけられた。
「あれ? 君……新しい子?」
研究室の先輩。僕のことを知っているはずなのに、妙に他人行儀だった。
「……もしかして、代わった?」
「え?」
「いや……なんか、声が違うような」
その日以来、何人もの知人が「どこか変わった」と言うようになった。
それだけではない。
ある朝、鏡に映る自分の顔が、“少しだけ”違っていた。
目尻のシワ。顎のライン。頬骨の高さ。
どれも微妙に、でも確かに、自分の顔じゃなかった。
写真を見直した。
あの集合写真。
目を凝らすと──中央やや右の男が、ほんのわずかに笑っていた。
最初は無表情だったはずなのに。
さらに、写真の端に、見覚えのない人物が一人“追加されて”いた。
スーツ姿。顔が不鮮明。
髪型と服が、僕に似ていた。
裏面の名前一覧にも、知らない名前が一つ、増えていた。
その最後の欄には──
“僕のフルネーム”が書かれていた。
震える手でスマホを起動したが、連絡先がいくつか消えていた。
SNSのアカウントはログインできず、写真アプリの中に、ある変化があった。
過去の写真。
友人たちと撮った集合写真。
そのなかで、僕のいた場所が“空白”になっていた。
代わりに、見知らぬ顔が写っていた。
目が、合った。
それは──あの集合写真の中央やや右の男の、その後の顔だった。
今夜も、あの写真は机の引き出しにある。
けれど、たまに──
引き出しの中で、紙が“こすれる音”がする。
まるで、まだ“増える余白”があるかのように。
段ボールのラベルには、かすれた字で「昭和四十三年度卒業アルバム」とだけ書かれていた。
埃を払って開けると、封筒に入った集合写真が何枚か出てくる。
大学の卒業記念にしては、保存状態がよすぎた。
台紙の色も褪せておらず、裏面の印刷もはっきり読める。
けれど、その中の一枚──
ただ一枚だけ、違っていた。
封筒に、手書きの文字があった。
【※この中の“名前”を声に出してはいけません】
【読んでも、黙っていてください】
僕はそのとき、研究室の助手として片付けを任されていた。
誰もいない午後。
密閉された書庫の片隅で、一人だった。
封筒を開ける。
白黒の集合写真。
三十数名の若者たちが、大学本館の前で並んで写っていた。
誰も笑っていない。
昭和の空気。緊張感のある硬い姿勢。
下には、横一列に名前の一覧が印刷されていた。
けれど、ひとつだけ、名前の上に黒いインクが垂れていた。
細いペンで書いたような綺麗な楷書。
だがその名前の上だけ、滲んだような黒い染みが落ちている。
文字の判別は難しいが、うっすらと、漢字の輪郭が残っていた。
──見えてはいけない。
でも、目が離せなかった。
僕は、写真をまじまじと見つめた。
その瞬間、“その人物”と、目が合った。
中央やや右、二列目の男性。
髪は七三。大人びた顔。
だが──彼だけが、レンズではなく“僕”を見ていた。
他の学生は皆、まっすぐカメラを見ている。
なのに彼だけは、明らかに「写真の外」を見つめていた。
しかも、その視線は妙に生々しかった。
遠近感を持たないはずの写真なのに、立体感を持っていた。
まるで、目だけがこちらへ「浮かび出している」ように。
僕はその写真を、思わず裏返した。
裏面には、名前の一覧が鉛筆で書かれていた。
その最後の欄。
記されていた、にじんだ名前の一部。
僕は──読んでしまった。
その瞬間。
書庫の蛍光灯が、パチ、と点滅した。
乾いた空気がひとしきり揺れ、写真の表面がふるりと震えたように見えた。
「……気のせい、だよな」
小声で呟くと、耳元で返事が返ってきた。
【うん、気のせい】
振り返っても、誰もいない。
その夜からだった。
**
家に帰ってから、スマホのカメラが不調を起こした。
勝手にシャッターが切れる。
撮った覚えのない写真が、深夜にフォルダに追加される。
そこには──
僕が眠っている姿が写っていた。
構図は、天井から見下ろした角度。
部屋には天井カメラなど存在しない。
数日後、大学の構内で声をかけられた。
「あれ? 君……新しい子?」
研究室の先輩。僕のことを知っているはずなのに、妙に他人行儀だった。
「……もしかして、代わった?」
「え?」
「いや……なんか、声が違うような」
その日以来、何人もの知人が「どこか変わった」と言うようになった。
それだけではない。
ある朝、鏡に映る自分の顔が、“少しだけ”違っていた。
目尻のシワ。顎のライン。頬骨の高さ。
どれも微妙に、でも確かに、自分の顔じゃなかった。
写真を見直した。
あの集合写真。
目を凝らすと──中央やや右の男が、ほんのわずかに笑っていた。
最初は無表情だったはずなのに。
さらに、写真の端に、見覚えのない人物が一人“追加されて”いた。
スーツ姿。顔が不鮮明。
髪型と服が、僕に似ていた。
裏面の名前一覧にも、知らない名前が一つ、増えていた。
その最後の欄には──
“僕のフルネーム”が書かれていた。
震える手でスマホを起動したが、連絡先がいくつか消えていた。
SNSのアカウントはログインできず、写真アプリの中に、ある変化があった。
過去の写真。
友人たちと撮った集合写真。
そのなかで、僕のいた場所が“空白”になっていた。
代わりに、見知らぬ顔が写っていた。
目が、合った。
それは──あの集合写真の中央やや右の男の、その後の顔だった。
今夜も、あの写真は机の引き出しにある。
けれど、たまに──
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まるで、まだ“増える余白”があるかのように。
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