『闇憑き語り ――五百夜、目を逸らしてはならぬ物語』

本能寺から始める常陸之介寛浩

文字の大きさ
28 / 38

『写ってはいけない名前』

しおりを挟む
 古い資料室には、誰も触らない箱がある。

 段ボールのラベルには、かすれた字で「昭和四十三年度卒業アルバム」とだけ書かれていた。
 埃を払って開けると、封筒に入った集合写真が何枚か出てくる。

 大学の卒業記念にしては、保存状態がよすぎた。

 台紙の色も褪せておらず、裏面の印刷もはっきり読める。

 けれど、その中の一枚──
 ただ一枚だけ、違っていた。

 封筒に、手書きの文字があった。

【※この中の“名前”を声に出してはいけません】
【読んでも、黙っていてください】

 僕はそのとき、研究室の助手として片付けを任されていた。

 誰もいない午後。
 密閉された書庫の片隅で、一人だった。

 封筒を開ける。

 白黒の集合写真。

 三十数名の若者たちが、大学本館の前で並んで写っていた。

 誰も笑っていない。
 昭和の空気。緊張感のある硬い姿勢。

 下には、横一列に名前の一覧が印刷されていた。

 けれど、ひとつだけ、名前の上に黒いインクが垂れていた。

 細いペンで書いたような綺麗な楷書。

 だがその名前の上だけ、滲んだような黒い染みが落ちている。

 文字の判別は難しいが、うっすらと、漢字の輪郭が残っていた。

 ──見えてはいけない。
 でも、目が離せなかった。

 僕は、写真をまじまじと見つめた。

 その瞬間、“その人物”と、目が合った。

 中央やや右、二列目の男性。
 髪は七三。大人びた顔。

 だが──彼だけが、レンズではなく“僕”を見ていた。

 他の学生は皆、まっすぐカメラを見ている。
 なのに彼だけは、明らかに「写真の外」を見つめていた。

 しかも、その視線は妙に生々しかった。

 遠近感を持たないはずの写真なのに、立体感を持っていた。

 まるで、目だけがこちらへ「浮かび出している」ように。

 僕はその写真を、思わず裏返した。

 裏面には、名前の一覧が鉛筆で書かれていた。

 その最後の欄。
 記されていた、にじんだ名前の一部。

 僕は──読んでしまった。

 その瞬間。

 書庫の蛍光灯が、パチ、と点滅した。

 乾いた空気がひとしきり揺れ、写真の表面がふるりと震えたように見えた。

「……気のせい、だよな」

 小声で呟くと、耳元で返事が返ってきた。

【うん、気のせい】

 振り返っても、誰もいない。

 その夜からだった。

 **

 家に帰ってから、スマホのカメラが不調を起こした。

 勝手にシャッターが切れる。
 撮った覚えのない写真が、深夜にフォルダに追加される。

 そこには──
 僕が眠っている姿が写っていた。

 構図は、天井から見下ろした角度。
 部屋には天井カメラなど存在しない。

 数日後、大学の構内で声をかけられた。

「あれ? 君……新しい子?」

 研究室の先輩。僕のことを知っているはずなのに、妙に他人行儀だった。

「……もしかして、代わった?」

「え?」

「いや……なんか、声が違うような」

 その日以来、何人もの知人が「どこか変わった」と言うようになった。

 それだけではない。

 ある朝、鏡に映る自分の顔が、“少しだけ”違っていた。

 目尻のシワ。顎のライン。頬骨の高さ。
 どれも微妙に、でも確かに、自分の顔じゃなかった。

 写真を見直した。

 あの集合写真。
 目を凝らすと──中央やや右の男が、ほんのわずかに笑っていた。

 最初は無表情だったはずなのに。

 さらに、写真の端に、見覚えのない人物が一人“追加されて”いた。

 スーツ姿。顔が不鮮明。
 髪型と服が、僕に似ていた。

 裏面の名前一覧にも、知らない名前が一つ、増えていた。

 その最後の欄には──
 “僕のフルネーム”が書かれていた。

 震える手でスマホを起動したが、連絡先がいくつか消えていた。

 SNSのアカウントはログインできず、写真アプリの中に、ある変化があった。

 過去の写真。
 友人たちと撮った集合写真。
 そのなかで、僕のいた場所が“空白”になっていた。

 代わりに、見知らぬ顔が写っていた。

 目が、合った。

 それは──あの集合写真の中央やや右の男の、その後の顔だった。

 今夜も、あの写真は机の引き出しにある。

 けれど、たまに──

 引き出しの中で、紙が“こすれる音”がする。

 まるで、まだ“増える余白”があるかのように。
しおりを挟む
感想 0

あなたにおすすめの小説

意味が分かると怖い話(解説付き)

彦彦炎
ホラー
一見普通のよくある話ですが、矛盾に気づけばゾッとするはずです 読みながら話に潜む違和感を探してみてください 最後に解説も載せていますので、是非読んでみてください 実話も混ざっております

(ほぼ)5分で読める怖い話

涼宮さん
ホラー
ほぼ5分で読める怖い話。 フィクションから実話まで。

奇談

hyui
ホラー
真相はわからないけれど、よく考えると怖い話…。 そんな話を、体験談も含めて気ままに投稿するホラー短編集。

百合ランジェリーカフェにようこそ!

楠富 つかさ
青春
 主人公、下条藍はバイトを探すちょっと胸が大きい普通の女子大生。ある日、同じサークルの先輩からバイト先を紹介してもらうのだが、そこは男子禁制のカフェ併設ランジェリーショップで!?  ちょっとハレンチなお仕事カフェライフ、始まります!! ※この物語はフィクションであり実在の人物・団体・法律とは一切関係ありません。 表紙画像はAIイラストです。下着が生成できないのでビキニで代用しています。

【⁉】意味がわかると怖い話【解説あり】

絢郷水沙
ホラー
普通に読めばそうでもないけど、よく考えてみたらゾクッとする、そんな怖い話です。基本1ページ完結。 下にスクロールするとヒントと解説があります。何が怖いのか、ぜひ推理しながら読み進めてみてください。 ※全話オリジナル作品です。

むっつり金持ち高校生、巨乳美少女たちに囲まれて学園ハーレム

ピコサイクス
青春
顔は普通、性格も地味。 けれど実は金持ちな高校一年生――俺、朝倉健斗。 学校では埋もれキャラのはずなのに、なぜか周りは巨乳美女ばかり!? 大学生の家庭教師、年上メイド、同級生ギャルに清楚系美少女……。 真面目な御曹司を演じつつ、内心はむっつりスケベ。

どうしよう私、弟にお腹を大きくさせられちゃった!~弟大好きお姉ちゃんの秘密の悩み~

さいとう みさき
恋愛
「ま、まさか!?」 あたし三鷹優美(みたかゆうみ)高校一年生。 弟の晴仁(はると)が大好きな普通のお姉ちゃん。 弟とは凄く仲が良いの! それはそれはものすごく‥‥‥ 「あん、晴仁いきなりそんなのお口に入らないよぉ~♡」 そんな関係のあたしたち。 でもある日トイレであたしはアレが来そうなのになかなか来ないのも気にもせずスカートのファスナーを上げると‥‥‥ 「うそっ! お腹が出て来てる!?」 お姉ちゃんの秘密の悩みです。

【1分読書】意味が分かると怖いおとぎばなし

響ぴあの
ホラー
【1分読書】 意味が分かるとこわいおとぎ話。 意外な事実や知らなかった裏話。 浦島太郎は神になった。桃太郎の闇。本当に怖いかちかち山。かぐや姫は宇宙人。白雪姫の王子の誤算。舌切りすずめは三角関係の話。早く人間になりたい人魚姫。本当は怖い眠り姫、シンデレラ、さるかに合戦、はなさかじいさん、犬の呪いなどなど面白い雑学と創作短編をお楽しみください。 どこから読んでも大丈夫です。1話完結ショートショート。

処理中です...